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魔女っ子コロネと危険なヘルキャット

作者: 文月斜

剣と魔法とモンスターが日常的な非日常。

多人数参加型ロールプレイングゲーム『Destiny&Daemons』の世界には、今日も多くの冒険者たちが富と名声とカタルシスを求め群れ集う。

サービスの正式開始から約1年。

爆発的人気を背景に次々と公開される新マップには、きらびやかな装備品で身を固めた上位のプレイヤーキャラクターが我先にと押し寄せ、個人とクランの両ランキングは数分ごとに目まぐるしく入れ替わりを繰り返していた。



「さーて、今日も元気に一稼ぎ!」

復帰ポイントであるセントラル・キャッスルタウンの広場に姿を現した美少女魔術師コロネは、小柄な体にいささか不釣り合いな長い杖(スタッフ)を器用に回転させながらポーズを決めた。

プロフィールには【弱冠16才の見習い魔術師】と書かれているが、β版公開当初から経験を積んできた彼女のレベルは既に最上位の50に到達している。【趣味はきれいな貝がら集め☆】というのも真っ赤な嘘で、吸血鬼の心臓や人狼の牙といった希少素材の探索に日々余念がない。そもそも海のマップが未公開だ。補足しておくとレベル51から60までの実装予定は年明けだそうである。

なお彼女を操るプレイヤーの現実での名は中田耕吉(41)、北陸某県の職員として勤めているが、無論『D&Daemon』の世界にそのことを知る者はいない。現実の日々がいかに泥臭く貧しかろうと、ここでの自分は生粋の魔法少女であり名うてのお宝ハンターなのだ。異論を挟む者は丸焼けか氷漬けか杖で泣くまで叩かれるのがいいか、どれでも好きな罰を選ぶがいい――おっといけない、やさぐれてしまった。コロネはキュートな女の子。レベル50だってキュートなのである。


広場を出たコロネはそのまままっすぐ大通りを抜けて、いつものように町の酒場へと向かった。彼女は酒など飲まないが、儲け話は酒場から始まるものと世間の相場が決まっている。そしてなによりこの世界では、キャラクターが食べたものの味もリアルに感じることができるのだ。そのため、冒険者の中にはレベリングやクエストそっちのけで食道楽に走るものも少なからずいた。


「あっ、コロネさん! お久しぶりッス!」


酒場のドアを抜けると、重そうな全身鎧に身を包んだ客の一人が兜の面頬を上げて挨拶してきた。

戦士職の中でも古株で、40レベルを超える実力者だったはずだが、以前コロネに喧嘩を吹っ掛けて蛙に変えられてからというもの、彼女に全く頭が上がらなくなっている。

他の客たちも有名人の来店に気付いて、続々とコロネの周囲に集まってきた。


「みんなおはよう! 今日もよろしくねっ」


キャラクター設定(メイキング)通りの可愛らしい音声で、コロネは彼らに挨拶を返した。

まだ新人の冒険者の何人かは、彼女の笑顔に魅了されて、しまりのない笑みを浮かべている。

と、酒場のマスターがカウンターの奥から彼女に声を掛けた。


「コロネちゃん、いいところに来たね。ちょうど今、新しい依頼(クエスト)が入ってきたところだよ」

「なになに? 儲け話?」

「君が喜びそうな依頼さ。報酬を見てごらんよ」

「えー本当? こないだみたいに四万歩あるいて500JP(ジュエルポイント)なんてのは嫌だよ!」


この世界では基本通貨単位であるジュエルポイントと、より上位の課金通貨であるマネーポイントの両通貨が流通している。

が、示された依頼書を覗き込んで、コロネは驚きの声を上げた。


「報奨金1万MP!? 副報酬には新色の魔法結晶を人数分ですって!」

「な、すごいだろう。どっちも見た事がないほどの豪華報酬だ。それだけ危険もあるだろうが」

「マスター、私やります」


思わず敬語になりながらコロネは即答した。これは祝・リリース一周年の特別イベントの一環に違いない。実際の所マスターはNPCであり、もともとコロネは依頼(クエスト)の更新時刻を見越して来店しているのであるが、この規格外の報酬は彼女の予想を大きく超えていた。


「応募は受け付けたよ、コロネ。でも依頼の条件で『単独不可』だから、誰か仲間を募らないと」


「だったら(オレ)が行こう」


カウンターで名物の地鶏のソテーを食べていた青年がこちらに向き直って言った。

灰色のローブは安物に見えて、裏地全体にミスリル銀糸の刺繍が施された最高級の逸品である。

眼識に優れた者であれば、彼の手の内に収まる魔法の(ワンド)に希少な透輝石(ディオプサイト)があしらわれている事にも気付くだろう。

彼こそはコロネより先にレベル50に到達した唯一の魔術師・(ギョウ)だ。実名(リアルネーム)を晒して顧みない、コロネの苦手な相手である。


「あー……暁? 久しぶりよね……」


張り付いたような笑顔で彼女がお断りの文句を選んでいると、


「応募を受け付けたよ、暁。――すぐに出発しますか?」

「――はい 」

「話を聞きなさいよっ!」


コロネの叫びはクエスト開始のSE(効果音)に無情に掻き消された。

急速に歪み始める視界の中、マスターが見飽きたサムアップで二人の転送を見送った。



一瞬の浮揚と落下の感覚に続いて視界に色が戻ってくると、既にコロネは見知らぬ山林の中に立っていた。

クエストの開始位置に転移したのだ。舌打ちをキャラで抑えつつ、彼女は周囲を見回した。ストーム・マウンテンの景色と似ているが木々の背丈が桁違いに高く、禍々しい怪鳥の声が谺している。


「ちょっと! まだ依頼の中身も見てないのに!」

「安心しろ、もう記録(ログ)は確認済みだ」


隣に並んで実体化した暁が憎むべき冷静さで言った。


「この山の中から目標の怪物を探し出して倒す。そして山頂の庵で待つ依頼人の所に報告に行く。それだけだ、簡単だろう?」

「どんな怪物よ」

「知らん」

「このエリアの広さは? 地図は?」

「知らん、地図はない」


このバカ! 唐変木!

それではルートも目的地も分からないまま山を登るのと一緒ではないか。だが百戦錬磨の魔法少女はこの程度のことでは挫けない。

努めて明るく、


「じゃあマッピングは任せて!」


と胸を張ってみせて、懐から取り出した羊皮紙と魔法の羽根ペンで自動書記を開始する。虹色の羽根ペンはひとりでに宙を舞って、忙しげに周囲の地形図と冒険の記録を記し始めた。脳筋の戦士たちが相手なら称賛の口笛が聞こえてくるはずのところだが、暁は軽く鼻を鳴らしてさっさと歩き始める。思わず背後から雷撃魔法でも撃ち込んでやりたくなるような態度である。だが銀糸のローブの魔法反射効果を知っているので、下手をすれば自分が黒焦げになりかねない奇襲の案は慎重に思い止まった。


「時間がない、急ぐぞ!」


何故か急に焦り出した暁の後を追って、コロネは小走りに山道を進んだ。




二時間後。

ふたりは遂に討伐目標の怪物と遭遇していた。

四頭立ての馬車ほどもある黒猫、さらにその両隣には人間より一回り大きな目玉らしき巨体が浮かび此方を向いている。巨眼のボディからは更に多数の枝が伸び、その先端にはそれぞれ小さな目玉が一つずつ付いていた。まずい、これはまずい物が出てきた。コロネは震える声で言った。


「あ、あの目玉は……!」

「ん? あれは希少食材の野菜だな。クエストのついでに採って帰ろう」


なんだ野菜か。なら何も問題はない。


黒猫は巨大化していても手足のバランスが猫なので無闇にかわいい。だがそう思って油断した一瞬の隙に破壊槌の一撃のような猫パンチが繰り出され、小柄なコロネの身体は文字通り空中に跳ね上げられた!

続いて後肢による砂掛けと魔界の鈴の音が襲い掛かり、地面に叩きつけられた後も執拗な追撃が繰り返される。


「こ……この畜生! じゃなかった、悪い子ね!」


危険水準まで減少したライフに一瞬本音が出かけたが、キュートさを堅持してコロネは跳ね起きた。獲物の再起に興奮した魔猫は背中の毛を逆立てて唸り声を上げる。怪物の顋が大きく開かれ、少女の身体をいままさに噛み砕かんとした時、暁の放った衝撃波が怪物の鼻面を直撃した。


(今だ!)


握り直した魔法の杖を敵に向け、コロネは必殺の氷撃呪文を叩き込む。瞬時にして氷点下まで低下した空間の中で、憐れな黒猫は猛烈な吹雪に包まれ絶倒した。




「――という次第さ」

「なるほどー、コロネちゃん危ないとこだったんだ。今回も悪のブラウスに助けられたね」


暁の話を聞き終えたマスターが、皿に盛り付けた目玉野菜の煮浸しを皆に配りながらそう言った。


「運がよかっただけだよー。あと悪の、じゃないから。リネーム済みだから」


唇を尖らせてコロネが装備品の名を訂正する。


「おお、この野菜イケるぞ!」

「酒が進む!」

「我らが大魔術師二人に乾杯!」


二人の手柄話に盛り上がった客たちは、めいめい勝手な賛辞を述べては杯を重ねていた。

多額の報奨金が入ったので、今夜はコロネの奢りだ。


「副賞の魔法結晶ってのはどこにあるんスか?」


ちゃっかりタダ酒にありついている重戦士がコロネに訊いた。


「目の前にあるじゃん。コレだよ」

「えっ、これッスか! どう見ても岩塩にしか……」

「だから岩塩なの! 次の公開予定マップが古代の海だからそのプロモーション」


あとあと役に立ちそうなので、霊薬(エリクサ)用の小瓶に入れて持っておくことにする。


「海マップが公開されるんスか! その情報の方が大発表だ」

「告知が出るのは来週だからね、今はここにいる皆だけの秘密」

「うわー楽しみだなあ、今度はオレも一緒に連れてって下さいよ!」

「その装備で海って大丈夫なの……」


少女は呆れ顔で鉄の塊のような戦士を眺めながら、次なる冒険の地へと思いを馳せていた。

来週末の連休は、久々の徹夜になりそうであった。

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