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第九話 入学式の朝

 ピピピピ、ピピピピ。


 高校入学式の朝、俺は枕元に置いたいつもよりも早く鳴るようにセットしたスマホのアラームを止めた。

 流石に、いつもよりも早く起きると眠気が勝っている。

 しかし、今日から俺の高校生活が始まると思うと何だか感慨深いものがある。


「「すー、すー」」


 何とか目を覚ますと、俺の両側から聞こえる寝息の正体を見て思わず苦笑してしまった。

 寝息の正体その一は、俺の妹の麻衣だった。

 麻衣は小さい頃からトイレで起きた後に俺のベッドに潜り込んでくることがあり、それは未だにたまにあった。

 流石に頻度は減ったのだが、兄としてはそろそろ自立して欲しいものだ。

 寝息の正体その二は、俺のはとこの姫華だった。

 昨日初めて寝ぼけて俺のベッドに入ったらしく、まさかの二連チャンだった。

 まだ家に来たばっかりだし、寝ぼけて自分の部屋が分からなくなる可能性がある。

 とはいえ、今日は早く起きないといけないので、俺はむっくりとベッドから起き上がった。


 ギュッ。


 すると、姫華が俺のことを抱き枕みたいに抱きしめていたのだ。

 そういえば姫華のベッドにも抱き枕があるなど思いつつ、俺を掴んでいる姫華の手を解いた。


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。


「おい、二人とも起きろ」

「「うーん……」」


 俺が二人の体を揺すっても、二人は全く起きる気配がなかった。

 入学式に遅刻する訳にはいかないので、俺は二人の耳元にあと一分後にアラームが大音量で鳴るように設定したスマホを置いた。


 三、二、一。

 ジリジリジリ、ジリジリジリ!


「「わっ?!」」


 すると、耳元で聞こえる大音量のアラームに、二人は飛び上がって起きたのだ。

 ちょっと滑稽な二人の姿に、俺はほんの少しだけクスッとしてしまった。


「お兄ちゃん、この起こし方はないと思うよ!」

「そう、あり得ないの!」


 麻衣ばかりか、姫華までプリプリしながら俺に文句を言ってきた。

 俺としては、最初に声をかけながら揺すった時点で起きて欲しかった。


 ガチャ。


「あら、みんなここにいたのね。早く着替えなさいね」

「「はーい」」


 バタン。


 そして、如何にも何もなかったかのように母さんが部屋に入ってきて、そして普通に声をかけて出ていった。

 うん、やはり母さんがある意味最強だった。

 返事をした二人が部屋を出て行ってから、俺はベッドの布団を直して新しい制服に着替え始めたのだった。


「今日は麻衣ちゃんが出るのが一番遅いから、戸締まりをしっかりとやるのよ」

「お母さん、大丈夫だよ」


 朝食時に母さんが麻衣に戸締まりの注意を言っていたが、これからは何もなければ俺と姫華が家を一番遅く出ることになる。

 なお中学は既に給食も始まっているので、麻衣は夕方まで帰ってこない予定だ。

 麻衣は美術部に入っているが、なんと作品をタブレットで描いているという。

 最近の美術部は、本当に進化している。

 俺たちも手早く朝食を食べて、身支度を整えた。

 今日は車に乗って高校に向かうので、歩かなくていいと密かに姫華が一番喜んでいた。


「麻衣ちゃん、行ってくるね」

「麻衣、行ってくるぞ」

「行ってきます」

「いってらっしゃーい」


 母さん、俺、姫華は、玄関で見送っている麻衣に声をかけてから、父さんの車に乗り込んだ。

 といっても、車なら数分で着く距離に高校があるので、あっという間に入学式用の臨時駐車場に到着した。

 車から降りて歩いて校門に差し掛かると、この前見た桜の花は何とか咲いていた。


 サァー。


「おおー」

「綺麗よね、昔からこの光景は変わらないわ」


 ちょうどいい具合に風が吹いたので、桜の花びらが綺麗に宙を舞っていた。

 姫華は単に綺麗な光景に感嘆の声を上げていたが、母さんは自分が学生の時を思い出していた。

 よく考えれば、母さんも俺が通う高校の卒業生なんだよなあ。

 そして、何故か母さんが俺たちのことを先導しながらずんずんと校門をくぐって歩いて行った。


「卒業以来だから、本当に懐かしいわ。校舎も体育館も……あっ、弓道場も昔のままね」


 ちょっと浮かれ気分の母さんに苦笑しながら、俺たちは最初の目的地である体育館に向かった。

 体育館は椅子がズラッと並べられていて、靴のまま体育館に入れるように床にはシートが敷かれていた。

 更に壇上には演台も並べられていて、入学式の看板も設置してあった。

 この様子を見ると、入学式が間近に迫ってきたと感じることが出来た。

 すると、俺たちの背後から声をかけてくるものがいた。


「おっ、遅れないで来たな。玲奈さんと浩介さんがいるから、大丈夫だと思ったがね」


 ニヤリとしながら姿を現したのは、スーツに身を包んだ瀬川先生だった。

 流石に、今日は白衣は着ていなかった。

 そして、瀬川先生と一緒に中年男性が姿を現した。

 グレーのスーツに身を包んでいて、ちょっと白髪混じりのショートヘアだったのだが、地味な印象の先生だった。

 すると、母さんがその地味な先生のところに歩み寄った。


「伊東先生、おはようございます。本日は宜しくお願いいたします」

「瀬川さんこそ、優秀なお二人の引率で大変ですね」


 いきなり二人が和やかに話し始めたので、状況がいまいちよく分かっていないのだけど。

 ここは、状況をよく知っている人に話を聞いてみよう。


「瀬川先生、あの先生はどなたですか?」

「国語担当の伊東先生で、姫華の新入生代表挨拶の添削もしている。俳句に関しては、かなり有名な人だ。あと、玲奈さんは市の栄養士だから、出張授業に来ることがあるぞ」


 おお、何という事実なのでしょうか。

 瀬川先生曰く、伊東先生は穏やかで優しく不良の公正も何回もしたという、ある意味強者だという。

 今も生徒の人気ナンバーワンで、男女問わず慕われているという。

 能ある鷹は爪を隠す典型例らしい。

 そして、瀬川先生はさっそく姫華の新入生代表挨拶の練習を始めた。


「熊、姫華、お前らはA組で同じクラスだ。えーっと、熊はこの椅子で姫華はこの椅子に座るように。ちなみに、担任は伊東先生だぞ」

「はい」


 瀬川先生、まだクラス分けも見ていないのにクラスも担任も言わないでよ……

 一種の楽しみが削がれてしまい、俺はガクッとしながら指示された席に座った。

 そして、伊東先生に父さんがあることを聞いていた。


「先生、姫華の練習風景を写真に収めてもいいでしょうか?」

「もちろん構いません。ああ、できればデータを頂けるとありがたいです。何故か、練習風景を撮影したものが残っておらず……」

「では、後日息子経由でデータをお渡しいたします」


 父さんは伊東先生に許可を取ると、カバンから一眼レフカメラを取り出した。

 昔から写真を撮るのが趣味なので、カメラには結構拘っていた。

 そして、望遠レンズに付け替えると、カシャカシャとテスト撮影を始めた。

 今度は、母さんが瀬川先生の隣に移動した。


「光ちゃん、新入生代表挨拶って昔から変わっているかしら?」

「いえ、大きくは変わっていません。そういえば、玲奈さんも由美さんも新入生代表でしたね」


 母さんと瀬川先生の話を聞いて、瀬川家の女性ってスゲーなって思ってしまった。

 瀬川先生はスポーツ推薦でこの高校とは別のところに行ったけど、学業も優秀だったらしい。

 そして、ここからおかしい展開になってしまった。


「ふふ、おばさんが姫華ちゃんのことをビシバシ指導してあげないとね」

「あの、程々……」


 姫華の願いも虚しく、母さんと瀬川先生によって姫華はスパルタ指導を受けてしまったのだ。

 姫華は手順こそ直ぐに覚えたのだが、姿勢や立ち居振る舞いなどを瀬川先生と母さんから細かく指導されていた。


「熊、いい機会たからあんたも一緒にやりなさい」

「はっ?!」


 そして、瀬川先生の一言により何故か俺まで新入生代表挨拶の練習をする羽目になった。

 しかも、父さんは写真を撮ってばっかりだし、伊東先生はクラス準備があると体育館から出ていった。

 こうして熱血教師二人を止める者がいなくなった結果、俺と姫華は一時間近くに渡って新入生代表挨拶の猛練習をする羽目になったのだった。

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