第七話 妹の親友
ササッ。
予想外の展開に姫華は素早く俺の後ろに移動して、俺の脇からニュッと顔を覗かせていた。
俺はちょっと苦笑しながら、姫華に目の前にいる三人について説明した。
「姫華、朝出かける前に麻衣が言っていただろうが。友達が遊びに来るって」
「そういえば、そんなことを言っていたような……」
姫華が俺の脇から見上げながら、「あっ」って表情をしていた。
そして、姫華は俺の背中から脇に出てきた。
一方で、麻衣の幼馴染にも動きがあった。
全員が興味深そうに姫華のことを見ていて、特に黒髪ショートヘアの如何にも元気そうな子が目を爛々と輝かせていた。
取り敢えず自己紹介をしないといけないので、俺は姫華と一緒に麻衣の部屋の中に入った。
「よいしょ、っと」
「お兄ちゃん、そのセリフオヤジ臭いよ」
麻衣の隣にあぐらで座ったのだが、当の麻衣はちょっと苦笑していた。
姫華はというと、俺と麻衣の間にちょこんと正座していた。
そして、俺は目の前でうずうずしている三人にある注意をした。
「あー、新しい人を構いたい気持ちは分かるが、自己紹介が終わるまで落ち着いていろよ」
「はーい!」
黒髪ショートヘアの子が元気よく返事をしていたが、このくらいなら姫華は大丈夫みたいだ。
なので、先に姫華に挨拶させようとした。
そうしたら、姫華は俺の袖を持ってプルプルと涙目で首を振っていた。
ったく、仕方ないなあ。
麻衣も、姫華の行動に思わず苦笑していた。
「あー、コイツは瀬川姫華だ。俺と同じ歳で、通う高校も一緒だ。親の仕事の都合で、家から高校に通うことになった」
「姫華、です……」
「わー、パチパチ!」
姫華が何とか挨拶をすると、黒髪ショートヘアの子が思いっきり拍手をしていた。
そして、今度は麻衣の幼馴染が順に自己紹介をした。
「花井美香です! 姫華ちゃん、宜しくね!」
「古川凛です。ふふ、とても可愛らしい先輩ですね」
「えっと、麻生沙織、です。姫華先輩、宜しくお願いします」
美香はソフトボールをやっているスポーツ少女で、常に明るくて賑やかな存在だ。
凛は見た目は天然茶髪のロングヘアでギャルに見える顔立ちだけど、吹奏楽をやっている芸術タイプだった。
そして、沙織は黒髪おかっぱに眼鏡をかけている大人しい子なのだけど、頭が良くて中学の生徒会の会計をしている。
麻衣はコミュニケーションに優れているけど、四人とも性格がバラバラなのに小学の時からいつも一緒にいた。
そして、沙織にはある秘密があった。
「姫華、沙織には一輝という俺の同級生になる兄がいて、同じ高校に通うぞ」
「それは、ちょっと気になる情報」
一輝は沙織と正反対のイケメンキャラな性格だが、悪いことはしない性分だ。
姫華が同じ高校に通うということは既に伝えているし、人見知りな性格の姫華でもきっと大丈夫なはずだ。
姫華は目の前にいる大人しい性格の沙織から兄の一輝のことを連想しているみたいだが、直接会えば色々と分かるだろう。
お互いに自己紹介を終えたところで、ようやく麻衣の部屋に来た本来の目的を説明することに。
姫華は、ブレザーのポケットから目つきの悪いウサギのぬいぐるみを取り出した。
「麻衣、このぬいぐるみ貰ってもいいかな?」
「えっ、もちろんいいけど、これってヤンキーウサギのぬいぐるみだよね。そういえば、お兄ちゃんに似合っているってあげたのに、ずーっと部屋に放置されていたやつだ!」
めでたくヤンキーウサギという謎のぬいぐるみは姫華のものになったのだけど、今度は麻衣が俺にジト目を向けてきた。
よく見ると、美香たち三人も俺のことをジト目で見ていた。
「思い出したよ。まだ小学校低学年だった麻衣ちゃんが、『お兄ちゃんに似ているの』って言って、わざわざ自分のお小遣いを出して買ったんだよね」
「たまたま四人の家族で、百貨店に遊びに行った時ですよね。私も思い出したわ」
「熊行さん、麻衣ちゃんに酷いことをしていますね」
うう、口々に俺を非難する美香たちに加えて、姫華すら非難の目を俺に向けていた。
これが、俗に言う四面楚歌って奴なのか。
流石に謝らないと思い、俺は麻衣の方に向き直った。
「麻衣、ごめん」
「いいよ。いつも、お兄ちゃんの部屋に行った時に、ずっと本棚の上にあるなあって思っていただけだから。模様替えしても捨てることはしなかったから、それは嬉しかったけどね」
麻衣が頬をちょっとぷくっとさせながら返事をしたけど、あまりにわけ分からないぬいぐるみなので捨てたら呪われそうだと思い出したのは黙っておこう。
すると、麻衣がこんなことを俺に言ってきた。
「じゃあ、お詫びにお兄ちゃんの炒飯をお昼ご飯に作って。それで許してあげる」
「「「おおー!」」」
麻衣がちょっとニヤリとしながら俺に昼食のリクエストをしたら、美香たちは思わず期待の声を上げていた。
母さん直伝の料理の一つで、味にも結構自信があった。
まあ、このくらいで許してくれるのなら安いものだろう。
ここで、炒飯を作ってと言い出した張本人が、あることを思い出していた。
「あっ、そういえば朝冷蔵庫の中を見たら、卵が残り少なかったっけ」
炒飯で一番肝心なものがないとあごに手を当てながら麻衣が言ったが、作る前に卵がないと気がつくよりもよほど良かった。
念の為に、もう一回冷蔵庫の中を見てから買い足しに行こう。
「姫華ちゃん、連絡先交換しよう!」
「えっ、う、うん……」
そして、姫華は美香の明るさに押されてスマホを取り出した。
この分なら大丈夫だと思い、俺は麻衣に軽く視線を送ってから部屋を後にしたのだった。