第四話 まさかの新入生代表挨拶?!
ギコギコギコ。
「おー、駅だ」
「今日はまだ入学式だから、学生の姿は殆どないな」
自転車に乗っている俺たちの眼前に、古びた小さな駅舎が飛び込んできた。
三十分から一時間に一本くらいの頻度で電車が運行していて、通勤通学時間になるとそこそこの人出があった。
駅舎は開業当時の古いものだが、そこそこ広い待合スペースがある。
そして、駅前はこれまた古びた商店街になっていて、最近はシャッターを降ろしている店もあった。
そんな田舎あるあるな光景を横目に、俺は姫華を乗せながら自転車を漕いでいった。
ギコギコギコ。
「結構な坂」
「姫華、これから毎日この坂を登って行くんだぞ」
「えー」
自転車を漕ぐ俺の背後から姫華がブーイングを言うが、実は高校の校舎に行く直前にそこそこの坂道があった。
姫華は坂道を見て思わずげんなりしていたが、これから毎日この坂を登らないとならないのだ。
体が弱い姫華にとって、最後の関門とも言えよう。
「これからは、毎日熊に自転車で乗っけて貰う」
姫華が最終手段と言わんばかりに言ってきたが、そもそも通学距離が近いから自転車通学自体許可されないかもしれない。
俺としては、毎日歩いて通学すれば姫華の体力がつくんじゃないかなと思っていた。
そして、俺たちは何とか校門に辿り着いた。
サーッ。
「桜が咲いているー」
「校門から暫く桜並木になっているみたいだな。ちょっと葉桜になりかけているが、入学式までは何とか持つだろう」
「きれー」
感情表現に乏しい姫華が、珍しく目の前の景色に見とれていた。
良いタイミングで風が吹いていて、桜の花びらが花吹雪のように舞っていた。
サーッと風の音も聞こえてきて、それだけ幻想的な目を奪われる光景なのだろう。
俺も、素直に綺麗な光景だと感じだ。
「じゃあ、行くぞ」
「うん」
俺は、自転車から降りて押しながら進み始めた。
あと姫華よ、歩くのが面倒くさいと自転車の荷台に乗ったままだぞ。
俺は、不思議そうに俺の顔を見上げている姫華を見て思わず苦笑してしまったのだった。
「じゃあ、自転車置き場に乗ってきた自転車を置いてくるからちょっと待っていろ」
「分かった」
俺たちは、何とか九時五分前に校舎前に到着した。
俺はササッと自転車置き場に自転車を置き、姫華とともに来賓と教職員用の昇降口に向かった。
というのも、まだ入学前なので下駄箱がどこに割り当てられるか分かっていないからだ。
俺たちは、靴を空いているところに入れてスリッパを履いた。
そして、直ぐ目の前に職員室があるので引きドアを開けようとした。
ガラガラガラ。
「おっ、熊か。タイミング良かったな」
いきなり引きドアが開き、目の前に小柄な女性が現れた。
茶髪のウェーブのかかったロングヘアに勝ち気な瞳の持ち主で、黒系のスーツに白衣を身に纏っていた。
細身なので服の上からもスタイルの良さが引き立っているが、男っぽいざっくばらんな性格だ。
どうして俺が目の前にいる女性をそこまで知っているのかと言うと、何を隠そうこの女性が俺と姫華の親戚でこの高校の養護教諭でもある瀬川光なのだ。
「えーっと、光ねえ……じゃなかった。瀬川先生?!」
「はは、熊に先生と言われるのは何だか新鮮だな。学校では先生呼びでな、間違っても『光お姉ちゃん』って呼ばないように」
瀬川先生は、いたずらっ子のようにニヒヒと笑いながら俺の呼び方に返答した。
瀬川先生は、そのまま姫華にも話しかけた。
「姫華も、会うのは随分久しぶりだな。昔に比べれば大きくなったな」
「おっきくなった」
何故か姫華がドヤ顔で答えているけど、瀬川先生も姫華が入院している時に見舞いに行ったりしていた。
なので、瀬川先生も姫華とも会ったことはある。
だが、瀬川先生が姫華と会ったのは姫華が小学生の頃なので、幾ら姫華の身長が低いとは言え昔と比べれば大きくなっている。
それは、流石に俺でも分かるぞ。
「じゃあ、早速保健室に行くぞ。場所は、この廊下の突き当たりだ」
「えー」
姫華は、廊下の先を見て思わずブーイングをしていた。
あんた、どれだけ動くのが嫌なんですかい。
俺だけでなく、瀬川先生も駄目だこりゃってなってしまった。
とはいえ、歩けば直ぐなのだから俺たちは保健室に向けて歩き始めた。
そして、歩き出して程なくして瀬川先生が衝撃的なことをサラリと言ってきた。
「そういえば、熊も姫華も入学式の日は集合時間よりも一時間早く来いよ。今年度の新入生代表挨拶を姫華がやるのだから」
「頑張る」
「はっ?!」
新入生代表挨拶を、姫華がやる?!
俺は、瀬川先生が言ったことが何が何だか分からなかった。
「要は、姫華が入学試験トップだってことだ。中学一年時の内申が良くないが、それは病気で入院していたからだ。二、三年時の内申は、体育以外は文句ない。既に話す内容を提出してもらっているが、修正するところがないと国語の先生が褒めていたぞ」
「ぶいっ」
姫華の実力を初めて知ったので、俺は思わずあんぐりとしてしまった。
というのも、この高校は最上位クラスではないにしろ、そこそこの進学校だったからだ。
姫華がまたまたドヤ顔をしているが、俺は事実を飲み込むのに少々時間がかかってしまったのだった。