第二話 歓迎会
「おお、あの漫画が置いてある」
「これって、バトルものだけど面白いよね」
夕食前のタイミングで、本当に姫華と麻衣が俺の部屋にやってきた。
二人とも既にラフな服に着替えており、俺の本棚にある漫画をあれこれと手に取っていた。
そのままベッドに寝転んで、二人仲良く漫画を見始めた。
姫華と麻衣、以前からの知り合いにせよ仲良くなるの早くないか?
俺はベッドの上で漫画の話をしている二人を見て、思わず苦笑してしまったのだった。
「わあ、今日はいつもよりも豪華な食事が並んでいるよ!」
夕食の時間となり、俺たちは食堂に移動した。
食卓の上には色とりどりの料理が並んでいて、食欲を誘う美味しそうな匂いも漂っていた。
麻衣がニコニコしながら席に着き、俺は麻衣の左隣の指定席に座った。
「ふふ、今日は姫華ちゃんの歓迎も兼ねているのよ。張り切って作ったわ」
茶碗にご飯を盛りながらニコリと話すのが、俺と麻衣の母親である瀬川玲奈だ。
齢四十を過ぎているのに未だに若々しく、茶髪ショートカットに抜群のスタイルを誇っていた。
母さん曰く、特に特別なことは何もしていないというのだから不思議だ。
そんな母さんは普段は給食センターの栄養士として働いていて、料理はお手の物だ。
間違いなく、俺の体を料理面で支えてくれている。
そして、そんな母さんと結婚した父さんが瀬川浩介だ。
本当にごく普通の父さんで、明るい性格の母さんとは真逆の落ち着いた性格だ。
そして、父さんは瀬川家に婿養子に入っている。
瀬川本家には母さんの兄がいるので婿養子に入る必要はなかったのだけど、父さんは父さんで三男で家を継ぐ必要も無かったらしい。
「じゃあ、私はこっち」
そして、姫華は俺の左隣に座った。
なんというか、姫華もさも当たり前といった感じでサラリと座るなあ。
全員が座ったところで、母さんが姫華に色々と話し始めた。
「姫華ちゃんも、昔と比べると随分体が強くなったわね。これからは、おばさんが姫華ちゃんの体調を考えた食事を作るわ」
「おばさん、お願いします」
姫華は、母さんにペコリと頭を下げた。
姫華は小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返していた。
まともに学校に通えるようになったのも、中学二年からだった。
俺と麻衣も何回か入院している姫華を見舞ったことがあり、その際に今のお互いの呼び方が定着した。
そして、母さんは俺と麻衣にもあることを話した。
「熊行も麻衣も、姫華ちゃんの面倒をよく見て上げるのよ。その、学校関連で姫華ちゃんに色々あったって知っているでしょう。特に熊行は同じ学校に通うんだから、姫華ちゃんのことをよく面倒を見てあげるのよ」
「母さん、大丈夫だよ。その辺の事情は理解しているよ」
「私は、もう姫ちゃんとお友達だもんね!」
俺と麻衣は母さんに問題ないと言うが、姫華は様々な境遇が重なり親友という存在がいなかった。
元々親の仕事の関係で転校を繰り返し、更に入退院を繰り返していたので中々一つの学校に長く通えなかった。
更に、ようやく通えた中学時代も、その特徴的な容姿と幼い体躯もあってか腫れ物扱いされていた。
幸いにしてイジメを受けることはなかったが、代わりに姫華は一人でいることが多く、その結果として読書に没頭していた。
ちなみに、俺たちは姫華にとって家族枠になるらしく、姫華なりにコミュニケーションは問題ないという。
高校三年間はうちの家から通えることになったし、俺と同じ中学から進学する奴はコミュニケーション能力が高い。
最初を乗り切れば大丈夫だと、俺は楽観視していた。
「じゃあ、冷めないうちに食べましょう。いただきます」
「「「いただきます」」」
母さんは、ちょっとしんみりとした空気を変えるべく明るく振る舞っていた。
ちなみに、今日の料理は見た目は豪華だが姫華の体調を考慮した消化の良いものだった。
流石は栄養士な母さんだけあって、味もバッチリだった。
すると、サラダを食べている姫華が俺のことをじーっと見ていた。
というか、俺の茶碗を見つめていた。
「おっきい……」
「あはは、お兄ちゃんのお茶碗は既にどんぶりサイズだよね」
麻衣が苦笑しながら補足していたが、俺は日頃からうごくのもあってかかなりの食事量だ。
その為、ほぼどんぶりの茶碗でご飯を食べていた。
しかも、おかわり付きだ。
少食の姫華からすれば、俺の食事量は衝撃的なのだろう。
久々に、姫華の驚いた表情をみた気がした。
こうして、少し賑やかな夕食が進んでいったのだった。
ジャー、ジャー。
夕食後、俺は母さんと一緒に台所で食器を洗っていた。
普段だったら麻衣が食器を洗うことが多いのだが、姫華が少し食べすぎたので部屋で様子をみていた。
父さんは風呂に入っているので、仕方なく俺が食器を洗っていた。
すると、母さんが俺に明日の予定について話していた。
「熊行、明日は姫華ちゃんを光ちゃんのところに連れて行くんでしょう? お母さんお仕事だから、ちゃんと制服を着て失礼のないようにするのよ」
実は、明日俺は一足先に入学予定の高校に姫華を連れて行くことになっていた。
うちの親戚の瀬川光がその高校の養護教諭をしていて、体の弱い姫華の健康チェックなどをすることになっていたからだ。
俺も、親戚への挨拶ついでに姫華の引率としてついて行くことになっている。
たまに顔を合わせる親戚なんだが看護師の資格も持っているので、これから姫華が高校生活を送る上で助けになるだろう。
そして、食器を洗い終えた俺は、姫華の部屋に向かった。
コンコン。
「俺だ、入るぞ」
「どーぞ」
部屋に入ると、そこには体調が戻ったのか、ベッドの上で麻衣と一緒に話をしている姫華の姿があった。
俺は、元気な姿にホッとしつつ姫華に声をかけた。
「姫華、明日は九時に学校に行くぞ。寝坊しないようにな」
「大丈夫、私いつも寝るの早いから」
姫華は、問題ないと間髪入れずに返答した。
今日は麻衣も姫華と一緒に寝るみたいだし、多分大丈夫か。
「じゃあ、俺は部屋にいるから。何かあったら言ってくれて」
「うん、お休み」
「お休み、お兄ちゃん」
俺は、二人に挨拶を返してから姫華の部屋のドアを閉めた。
ふう、思ったよりも姫華に気を使ってきたからか、結構疲れている。
俺も今日は早く眠りそうだなと思いながら、自室に入ったのだった。