第十話 クラスメイト
「「疲れた……」」
ようやく新入生代表挨拶の猛練習から解放された俺と姫華は、両親とともに体育館から移動して早めに受付を済ませた。
そして教室に着いたら、二人揃って思わず机に突っ伏してしまったのだ。
ちなみに席順は決まっていて、机の上に出席番号が書かれた書類と荷物が置いてあった。
荷物を全て机の中に入れると、俺と姫華は同時にダウンしてしまった。
「姫華、生きているか?」
「死んでいる……」
俺は机に突っ伏したまま姫華の様子を聞いてみたが、案の定姫華は完全にくたばっていた。
まあ入学式本番までまだ時間はあるし、少しすれば回復するだろう。
俺の場合は、体力よりも精神的に疲れた。
あんなに、みっちりと礼儀作法をやるとは思わなかったよ。
今日分かったのは、母さんは普段は優しいのに実はバリバリの体育会系だということだった。
そして、瀬川家の女性は基本的に優秀だけどみんな体育会系らしい。
唯一の例外が、口から魂が抜けそうな姫華だってことだった。
トタトタトタ、ガラッ。
「一番乗……り?」
すると、突然教室のドアが開き、如何にもギャルっぽい女性が姿を現した。
茶髪の少しウェーブのかかったロングヘアで、背は高くスタイルもかなりいい。
俺は明るくて賑やかそうなその女性をチラッと見て、また机に突っ伏した。
「なんだ、美緒か……」
「おい、熊行! 人のことを見て、つまらなそうに返事をするな!」
俺にビシッと指を指して文句を言っているこの女性は、実は俺と同じ中学出身の戸川美緒という。
中学の時もクラスの中心人物で、何かと騒がしい奴だ。
すると、美緒は荷物を自席に置いて俺の席の前でしゃがみ込んだ。
「というか、なんで体力オバケの熊行がそんなに疲れているの?」
「はとこで、首席様の新入生代表挨拶に一時間つきあわされた。しかも、何故か母さんまで熱血教師に……」
「ほうほう。ということは、あの子が熊行から連絡貰ったはとこちゃんですな。さっそく挨拶しなければ」
俺が机に突っ伏したまま姫華を指さすと、美緒の興味は一瞬で俺から姫華に移った。
そして、美緒はバッグの中から飴を取り出して姫華の席の前に座った。
「姫華ちゃん、熊行と同じ中学の戸川美緒よ。飴舐める?」
「舐める……」
姫華はもそっと起き上がって、美緒から飴を貰って口に含んだ。
どうやら、美緒は俺の関係者ってことで姫華の警戒心は少し緩かったみたいだ。
「だいぶ熊行のおばさんにしごかれたみたいね。おばさん、昔から運動会の応援とかもの凄かったよ。その分、お弁当も張り切っていたけど」
「うん、私もまさかおばさんがあんなに熱血だと思わなかった。本番前なのに、もう疲れた……」
再び机の上に突っ伏した姫華の頭を、美緒が苦笑しながら撫で撫でしていた。
とはいえ、姫華も愚痴を言えるくらいに回復したみたいだな。
実のところ、俺も母さんの熱血具合には同意するところがあった。
ボスッ。
「ふむふむ、体が弱いからはとことして気にかけている子があの子ね。沙織からスマホの写真を見せてもらったが、確かに日本人離れした美人だな」
「一輝、いきなり背中に寄りかかりながら話をするな……」
そして、いきなり俺の背中に寄りかかりながら話をしてきたのは、これまた俺と同じ中学出身の麻生一輝だった。
ちょっと茶髪気味のメッシュで、体型はごく標準と言うよう。
一輝も美緒と同じくコミュニケーションに長けていて、中学の時は一輝と美緒がクラスの中心だった。
そして、お互いに妹も同級生なので、家族ぐるみの仲だったりする。
その妹の沙織から一輝に姫華の話を言っていたみたいなので、余計な説明の手間が省けて助かった。
「シスコン熊行に、更に磨きがかかったって沙織が言っていたぞ。そりゃ、麻衣ちゃんだけじゃなくてあんなに可愛いはとこと同居しているんだもんな」
おい、沙織よ。
お前は、兄貴になんてことを言っているのだ。
そもそも、誰がシスコンだ。
すると、姫華の頭を撫でていた美緒までもがウンウンと一輝の話に頷いていた。
「というかさ、熊行は贅沢だよね。おばさんも麻衣ちゃんも超美人だし、それに加えてお人形さんみたいに可愛い姫華ちゃんまで一緒なのよ。お陰で、熊行は昔から美人慣れしすぎてすっかり面食いになっちゃったし……」
おい、美緒よ、誰が面食いだ!
俺は、思わずガバッと起き上がった。
すると、何と既にクラスの半分の席が埋まっていたのだ。
コイツら、これだけの人がいる前で俺のことをけちょんけちょんに言っていたのかよ……
「今は、熊行がクラスの注目を集めておけ。どうせ入学式が終われば、姫華ちゃんは否応にも注目されるだろう」
「そうそう。あたしらも気をつけるけど、先ずは熊行が姫華ちゃんの防波堤になってあげないとね」
どうやら一輝と美緒は、姫華が新入生代表挨拶をすることによってクラスだけでなく多くの人の注目を浴びると読んでいた。
まあ姫華は体躯は小さいが、金髪青眼はひと目を引くものがある。
ただ、姫華は人見知りもあるからコミュニケーションが下手くそだ。
ここははとこ様のためにもう少し頑張らないと思いながら、俺はもう一度机に突っ伏したのだった。




