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現恋セレクト

クールビューティーな生徒会長が「義理チョコなど不毛」と言いつつ僕にチョコを手渡してきたけどこれは

「ところで柊さん」

「なにかな向井くん」


 昼休みの生徒会室。窓から差し込む澄んだ陽光(ひかり)のなか呼びかけに答えるのは、私物のティーセットで優雅に紅茶をたしなむ女生徒。

 絵画じみた光景に思わず見惚れかけた僕は、視線を壁のカレンダーに逸らしながら言葉をつなぐ。


「今日はバレンタインデーだ」

らしいね(・・・・)。私も下級生の女子からいくつかチョコをいただいたよ。ほんのり頬を染めて、愛らしいものだ」


 (ひいらぎ) 千弦(ちづる)。それが彼女──校内成績ランキングトップにして校内(非公式)美少女ランキングのクールビューティ部門第一位にも輝く、我が校のカリスマ生徒会長の名。

 対する僕こと向井(むかい) 文矢(ふみや)は、彼女と同じ生徒会に属する地味な書記だ。


 先代生徒会長が中学の卒業文集を見て気に入ったとかで、けっこう強引にスカウトされたのが一年生の後半だった。まあ僕自身、もともと文章を書くことが好きだったこともあり、なんだかんだ楽しくやってる。


「とぼけないでほしい。きみとていっぱしの女子高生だ、ひと月も前から今日の準備をしていたんじゃないのか」

「ふん、甘いね向井くん。きみはチョコレートより甘い」


 役員会議にも使われる大机の上に飲みかけのティーカップを置いて彼女は、反対側に座る僕を嘲笑う。

 スカウトされたころすでに副会長だった彼女とは、いっしょに生徒会報を作ったりするうち、こんなノリで軽口を叩き合う関係になっていた。なんというか、妙に波長が合う。


「まずもって、女子高生なら脳内は色恋でいっぱいだろうなんて先入観に呆れるが、それは今回は置いておこう」


 背の半ばまであった黒髪を、ばっさりショートカットにしたのは昨年の生徒会選挙の立候補直前だった。

 モデルばりの長身とスタイルも相まって、もとからの男子票に加え女生徒からの支持も爆発、圧倒的大差で対立候補をねじ伏せた。


「シミュレーション通りだ」と不敵に言い放ったあのときの彼女の姿は、今も目に焼きついている。


 そんな彼女が、横に流した前髪の分け目から片側だけ覗く凛々しい眉の下、涼しげなアーモンドアイで僕を()めつけてくる。どこの学園モノに君臨させても恥ずかしくない、絵に描いたようなカリスマ生徒会長だ。


 ──だが、調べはついてる。部員募集広告の会報一面掲載と引き換えで料理部部長から得た情報によれば、彼女は一か月前からチョコ作りの特訓を受けているはず。


「いいかい向井くん。私は()()()からすでに綿密な計画のもと準備をしてきた」

「……いちねん……まえ……?」


 ………そういうことか………。


 ここで白状してしまおう。僕は彼女、柊さんのことが好きだ。人としてはもちろん、恋愛対象として大好きだ。

 そして彼女が手作りチョコを渡す相手は僕でないことも解りきっている。どんなに波長が合おうと、カリスマ美少女生徒会長と地味な書記では天秤が絶対的に釣り合わない。ガシャーンってなって僕はお空に飛んでいくだろう。


 なので納得すると同時に、少しのダメージも受けていた。その世界一幸せな誰かに向けられた彼女の想いが、思いのほか深いことを知ってしまったから。


「ふ。そんなことだから義理チョコもまともにもらえないんだ、きみは」

「うぐぐ……」

「おや、図星だったか」


 動揺する僕を見て、彼女は可憐な唇に不敵な笑みを浮かべる。

 まさに図星だ。せめて彼女から義理チョコだけでも貰って、それを思い出にしていろいろ諦めようというのが僕の立てた計画だった。


「ああ、もしかして私から義理チョコをもらえないものかと期待して、話題に出したのかな?」


 ギクゥッ、と表情(かお)にゴシック体が浮かび上がってもおかしくない鋭角な指摘。案の定、彼女は勝ち誇ったように大きくうなずく。


「ふっ、きみのことは何でもお見通しさ向井くん。そして当てが外れたね、義理チョコなんて不毛なものを、私は誰にも渡さないよ」

「……そう……なんだ……」


 絶望で机に突っ伏す僕。ゴンと当たった額に、ひんやりした固さと痛みが広がる。


「というわけで」


 机の反対側で立ち上がり、つかつかと彼女が歩み寄る気配がした。


「私からきみにこれをあげよう」

「……うん……?」


 ゆっくり顔を上げると、真横に立つ彼女はふわり柔らかに微笑みながら、リボンのついた小箱を片手で差し出していた。


「ええと、これは?」

「チョコだとも」

「でも、義理チョコは不毛だから渡さないって」

「そう。つまりこれは義理チョコではない」

「は……?」


「いわゆる『本命チョコ』さ。もちろん私の真心のこもった手作りだとも」


 なんだ、この状況は。彼女にからかわれているのか?


「え……いや、ちょっとまってどういうこと?」

「どういうこともこういうこともない。()()()()()()だよ」

「えっだってそれは、えっまって!?」

「落ち着きたまえ向井くん」

「いや逆に柊さんはなんでそんな冷静? それ、ほんとに本命なの?」


 いかにクールビューティで鳴らすカリスマ美少女生徒会長と言えど、顔色一つ変えずに淡々と本命チョコを渡すものだろうか? いや経験ないからわからないけど!


「言ったろ。一年前から綿密に計画し準備していたと」

「一年……前……?」

「そう、ちょうど一年前の今日だ。一日がかりでも切っ掛けが掴めず渡しそびれたきみへの本命チョコを、持ち帰って一人の自室で食べた。それはもうカカオ95%を超えるほろ苦さだったよ」

「そ……そうなんだ……?」

「以来、同じ辛酸……いや、ほろ苦を舐めることなきように、ひたすらシミュレーションしてきたのさ」


 なる……ほど……。彼女が冷静で淡々としているおかげで、僕も少しずつ落ち着きを取り戻していた。同時にじわじわ嬉しさが込み上げてくる。これ、夢じゃないよな。


「言っただろ向井くん。君の思考はすべてお見通しなのさ。だから安心して、断ってくれていい」

「……え……? なんで?」

「だってきみが欲しかったのは義理チョコだろう? つまり私との恋愛は望んでいないということだ」


 いやいやいや、ちょっと待って柊さん。そんなわけないじゃないか。


「なので男女交際に関しては遠慮なく断ってくれていい。せめてチョコは持ち帰って食べてもらえたら嬉しいが、無理はしなくていい。そのへんもシミュレーション済みだ」

「いや断らないよ。僕もずっと柊さんのことが好きだし」

「うんうん、そうだろう。私はきみのことならなんでもお見通しで…………え? いまなんて?」


 椅子から立ち上がった僕は、可愛らしくラッピングされた小箱を受け取りながらはっきり伝えた。


「断らない。きみのことが、好きだから」


 彼女は頬を赤く染めつつ両目と口をぽかんと開け、そのまま固まってたっぷり五秒後、首をぷるぷる横に振る。


「いやいやいや! きみが私を好きなわけない! そんな素振りぜんぜん無かったし……」

「そりゃあそうさ、迷惑だろうと思ってたし」

「迷惑なわけないじゃないか! でも、私なんかのどこがいい? こんな1ミリの可愛げもない……」


 今度は凛々しい眉を寄せ、困惑の表情。


なんか(・・・)じゃないよ。柊さんは、話していてとにかく楽しいんだ。きっと波長が合うってやつだと思う。だから一緒にいるだけで安らげるし、あともちろん……めちゃくちゃ美人だし……」


 駆け引きなんかできないから、とにかく思っていたことを思うまま伝える。聞きながら彼女の表情は、困惑したり赤くなったりぐるぐる行き来している。


「そんな……私が向井くんに思ってることと、ほとんど一緒じゃないか……美人ではないけど……」

「それは言われなくてもわかってるよ、僕は美人でもイケメンでもない」

「い、いやでもきみの顔はほら……近所の柴犬を思い出すというか……見ててほっこりするから、ほんとに好きなんだよ!」

「そ、そっか。ありがとう」


 喜んでいいのか判断に困るこのフォローには、さすがに苦笑するしかない。


「ううう、こっちの展開のシミュレーションは手薄なんだ……」


 僕の微妙な反応に彼女が頭を抱えたそのとき、部屋の外から昼休み終わり五分前の予鈴(チャイム)が鳴り響いていた。


「じゃ……じゃあ向井くん、また放課後(あとで)!」

「うん。またね柊さん」


 生徒会室から教室まで距離のある彼女は、逃げるように部屋を出て行く。対して僕の教室はすぐ近くなので、少しだけ余裕がある。

 愛らしくラッピングされた手のひらサイズの小箱を見つめ、ゴクリ生唾をのみこむ。

 抗いがたい誘惑に負け、リボンをほどき蓋を開けていた。


「……これ……は……!?」


 イチゴ味なのだろうピンク色のハート型のチョコが、甘酸っぱい香りを伴ってぎっしりつめこまれていた。しかも同封の小さなカードには、シンプルに「大好き♡」と手書きされている。


 ──ギャップに萌え尽きて意識の飛んだ僕は、まんまと授業に遅れてしまう。そして教師に怒られる間もずっと、顔のニヤケを抑えるのに必死だった。

(お楽しみいただけましたら☆やいいねを願いいたします!モチベになりまくります!)

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― 新着の感想 ―
最高だー!!!
口からチョコレートが止まらない(^ρ^).....
?:左舷砲撃手、弾幕薄いぞ!何やってる! A:紙装甲に予想外の反撃へのまともな対応期待するだけ無駄ですよ 向井くんは一か月で柊さんを完全轟沈させるお返しプランを練らなきゃならんな! 大丈夫だ!…
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