第2話: 織田信長との対面――試される戦の知識
湊は冷たい風を感じながら、巨大な城郭の前庭を歩いていた。
重厚な石垣がそびえ、見張り台の上には武士たちの鋭い視線が光る。まるで、この城そのものが侵入者を拒む意思を持っているかのようだ。
「これが……信長の城」
ゲームの中で何度も目にした光景が、今、現実として目の前に広がっている。湊は心臓が高鳴るのを感じながら、武者たちの後を追い、敷石を踏みしめて歩を進めた。
周囲の兵士たちは湊の服装――ジーンズにTシャツという現代的なスタイルを興味深そうに見ている。
「異国の者か」と囁く声が聞こえるが、湊は表情を崩さないように気を引き締めた。
やがて一行は大きな木戸を通り抜け、湊は信長の居城の中へ案内された。
城内は木材の軋む音が響き、冷たい外気とは対照的に、静けさと威厳に満ちていた。広間へと続く廊下には源平合戦を描いた襖が並び、微かな琵琶の音が緊張感をさらに高めている。
「信長様の御前だ。無礼のないようにせよ」
案内役の武者が低い声で告げた。湊が小さく息を呑むと、大きな襖が静かに開いた――。
広間に入った瞬間、湊の目に飛び込んできたのは、中央に座る一人の男だった。
鋭い眼差し、堂々たる態度、そして玉座に座る圧倒的な存在感――織田信長。湊は何度もゲームの中で目にしてきた信長の姿が、今、目の前にあることに驚きを隠せなかった。
信長は湊を冷たく見据え、口を開いた。
「……お前が奇妙な者か」
その低く冷ややかな声に、謁見の間の空気が一層重くなる。湊は必死に冷静を装い、深く頭を下げた。
「結城湊と申します。長旅の途中、道に迷い、この地にたどり着いてしまいました。お騒がせして申し訳ございません」
信長は湊の服装に興味を示し、じっと観察していた。
「ふむ、その装束……見たことがないな。異国の者か、それとも何か別の存在か?」
湊は背筋に冷や汗を感じた。自分の姿がこの世界では異様であることに気づきながらも、慎重に言葉を選んだ。
「これは、旅の途中で異国の者から譲り受けたものです」
信長は湊の服装をじっくり観察した後、鼻を鳴らして言った。
「ほう、異国の品か……。珍妙な物だが、まあよい。だが、お前、ただの旅人には見えぬな」
信長の視線が鋭さを増す。湊はその問いに一瞬戸惑ったが、ここで自分の知識を隠しては信長の信頼を得られないと判断し、意を決して答えた。
「実際に戦場に立ったことはありませんが、戦略については学んできました。兵の配置や補給線の確保、敵の動きを読む知識には自信があります」
信長はその言葉に少し驚いたようだったが、すぐに冷徹な微笑を浮かべた。
「ふん、知識だけで戦に勝てるとでも?」
その挑発的な言葉に、湊は冷静を保ちながらも強い口調で返した。
「知識がなければ、いくら兵を動かしても勝利にはつながりません。無策で臨む戦は、負け戦と同じです」
信長はしばし湊を見つめ、満足げにうなずいた。そして鋭い声で告げた。
「ほう、面白い。……試してやろう」
その言葉に、湊の心臓が大きく跳ね上がる。信長は湊の知識を試すための試練を与えようとしていた。
「次の戦で、兵の配置と補給線の確保を任せる。さらに、敵の動きを読み、戦術を提案せよ。お前の知識が本物ならば、それを証明してみせよ」
信長の視線が一層冷たくなる。
「もし失敗すれば、その時はそこで命を落とすことになる」
湊は深く頭を下げ、息を整えた。
この試練を乗り越えなければ、この世界で生き抜くことはできない。そして、父の謎を解くためにも、この世界で信長の信頼を得ることが必要だ――。
「分かりました。この命に代えても、結果を出してみせます」
信長は微かに笑みを浮かべ、湊に背を向けた。
「新しいものには興味がある。戦の知恵、どれほどのものか見せてもらおう」
こうして湊の試練は始まった。この奇妙な世界で、湊は生き抜く道を探しながら、目の前に待ち受ける試練へと一歩を踏み出した――。