蔵の中
年を越す前に蔵の掃除をすることになった。
他の兄弟家族は母屋の大掃除に手を取られ、末妹の私が申しつけられた。渋々、箒を握って裏庭にある蔵へ赴いた。
私はこの蔵が嫌いだった。剥がれかけた漆喰の壁、屋根瓦はところどころ欠けている。窓などはなく、小さな建物に大量の埃と暗闇を内包しているに違いない。
もっと幼い頃は、この中に何かが潜んでいる気がしていた。日光も入らない屋内で這いずり回り、虫や鼠を食べて生き長らえている。きっと肌の色は白く、異様に手足は細長い。髪の毛はまばらに抜け落ちていることだろう。その目は爛々《らんらん》として赤い。
それが蔵から出てしまえば、きっと私たち一家は残らず貪り食われてしまうだろう。勝手にそういった想像をして、晩に布団の中で震えていた。
何が仕舞われているかは知らない。欠けた壺や火鉢、古着、もう遊ばなくなった人形などの品々が眠っているのだろうか。何にせよ、隅々まで掃除するのは私一人の手には余る。積もった埃を掃き出すのが関の山だろう。
ここで二の足を踏んでいても仕方がない。私は布巾で口を覆い、預かった鍵を差しこんで蔵戸を開けようとした。ところが鍵は開いた音はしたのに、戸はまるで動かない。年月が経って建てつけが悪くなっているのだろうか。
片手ではいくら力を入れても開かず、箒を漆喰の壁に立てかけて、両手で蔵戸に指をかけた。渾身の力を開けて開こうと、地面の土を強く踏み締めた。
その直前で、蔵戸にわずかな隙間ができた。
呆気に取られた私の眼前で、鉤爪が生えた白く長い指が戸にかかっていた。明らかに手の位置とは低い位置で、蔵の中から赤く爛々とした目がこちらを見上げていた。
なぜか泣きそうな目つきをして、蔵に潜んでいたものは言った。
「開けるな」
その一言は懇願に聞こえた。




