はじまり
私の名前はモモ。
私の愛すべき夏休みの初日が、まさかこんな風に始まるなんて…、思ってもみなかった。
*
昼過ぎに起きて、寝癖をつけたままバイトに行くお兄ちゃんをにこやかに送り出したら、私以外誰もいない一人きりのホーム・スウィート・ホームを満喫するはずだったんだ。
そっから遅めの朝ごはんにと熱湯を注いだカレーヌードルが出来上がるよりも早くピンポンが鳴って、ドアを開けたら同じ地区に住んでるマナカ先輩が立っていた。
(え?先輩?なになに?!わ、私服初めて見た。かわいい。私は今なに着て生きてる?寝まき兼部屋着。少し脂臭い。歩兵の駒が前にも後ろにもびっしり印刷してあるよれによれたTシャツ一丁、ありがたみのない毛玉だらけのパンイチJK。クソ、よりにもよってなぜ歩兵。中学時代の私センス尖ってすぎだろ。先輩引かないで!あ、そうだこれお兄ちゃんのお下がりってことにしよう。)
…突然のピンチを脱さんと頭をフル回転させられた呑気なひとときは、コンマ1秒ほど。
先輩の顔を見て自分のクソダサ夏休みコーデのことなんかすぐにどうでも良くなった。
とても怯えた顔をしてる。
真夏のグラウンドにいる時も柔らかでサラサラなびいていた長い髪は、汗で顔のいたるところにはりつき、呼吸はペースが乱れて荒い。
先輩。先輩どうしたの?何かただごとではない、良くないことを今から知らされる?
夢の中にいるような、現実が曖昧になる感じがした。てかなんかうんこクッサ…。
「一体どうし…」被せて先輩が言う
「モモちゃん、お兄さんがやられた」
「どういうこ…」また被せて先輩が言う
「"ビッグ・便"に…」
*
連続殺人鬼"ビッグ・便"
まるで岩のような巨体は目撃情報によると3mを超えていて、マジで岩肌のような肌はでこぼこしていてマジで岩肌のような肌なのだという。
なんといっても一番の特徴は体臭。
ものすごく人のうんこ臭いのだ。
このゲキクサ殺人鬼が現れたのは今から半年前。
"田舎町で大便まみれの変死体見つかる"という生々しい見出しは世間を震撼させた。
この事件を担当した解剖医の証言がまた奇妙で、彼らの腸内は綺麗さっぱり何もなく空洞だったと語っている。
金目のものには目もくれず、どういうトリックを使っているのか分からないが便だけを全部抜く変態的シリアルキラー"ビッグ・便"の犠牲者は、この半年で15名はくだらない。
次の標的になることを恐れた人々は、消臭剤、芳香剤、香水といったいい匂い系の商品を買い占めてたちまちどこの店も連日品切れになった。
*
モモは矢の如く走り出た。
お兄ちゃん、あなたは3日おきにしか風呂に入らない。
お兄ちゃん、あなたの一本糞はスイートコーンみたいにデカくてよくトイレの水を溢れさせる。
お兄ちゃん、私が授業中に我慢できずおならを出して恥ずかしさのあまり学校に行けなくなった時、あなたは平日の真昼間に家でスマホをいじる妹の存在をちっとも不思議がらないで
「これ、多分当たりだわ」
と、"準新作"シールが貼られた得体の知れないホラー映画のDVDをチラつかせた。
私たちはテレビの前に腰かけ、再生。
画面揺れがひどく、音声は風を拾いまくってボワボワうるさい。字幕の感じが普通の映画と違くて、なんか読みにくい。英語が分からない私でも棒読みだと分かるやる気のない役者。
「これ本当に準新作?なんか古くね?」
「いや、制作は10年前とからしい。10年越しに日本にやってくるなんてすげーね」
1時間ちょっとで映画は終わり、短いスタッフロールが流れた後兄はレビューを投稿、妹は久しぶりによく寝た。
家族がクソにまみれて死ぬなんてありえない。
たまたま鳥の群れが一斉にフンをして、偶然その下にいたとか、そういうおもしろハプニングじゃないの?
だんだん臭いが強くなる。
クソクソ、クソが、これは人のクソの臭いだ。
2話に続く…