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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第一章 そのヤニカスはタバコ代を稼ぐため、アイドルになる。
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第七話 ヤニカスアイドル、爆誕

「皆さんこんにちはー! ファルベ総合チャンネル、生配信の時間だよ!」


 事務所の撮影スペースにて。

 花子の掛け声と同時に、動画チャンネルの生配信が始まった。

 撮影スペースはテレビスタジオに比べたら簡素なものだが、事務所内で完結できるため重宝されている。


「今日は私、瑠璃川花子と!」

「宍戸夏実と☆」

「櫨染早織の三人でお送り致しますわ」


 三人が初見の視聴者のためにも名乗る。

 花子は普段通りの様子、早織も変わらずティーカップを片手に持っているが、夏実だけ妙にテンションが高く、涼香にみせた威圧的な態度がみられない。


「――といったけど、今日はもう一人……今日ファルベ・プロダクションに入ったばかりの子もいるの!」

「その子、とっても可愛いんだよ☆」

「夏実さん、その言葉を呑まないでくださいまし?」

「あは? なんでかなー?」



「夏実のやつ、相変わらずキャラ作ってんなぁ」


 そう呟いたのは、三人とは反対側の離れた場所にいる翔一。

 その隣には、和人の姿もあった。


「アイドルって、そういうイメージがあるが、実際そんな感じなのか?」

「まぁな。夏実は極端過ぎるが。その隣の早織も、気品のあるお嬢様ぶってるが、実家はかなり貧乏だ。……この話は本人は当然、早風にも言うなよ」

「も、もちろん……」


(逆に、裏表がない花子が異常ってわけか……いや、誰にも見せてない顔があるのかもしれねぇけど)


 ちなみに早風はカメラマンのすぐ隣にいる。こうしないと、早織は彼に視線を向ける癖が強いため、カメラ目線から外れることが多くなる。他アイドルとの会話の際は視線が自然になるよう、早風が移動することも屡々。

 早風をスタジオ外に出してしまった場合、本人が調子を崩してミスを連発してしまうため、非常に面倒くさいアイドルだ。

 また、この場にいない零は、万が一アイドルを狙う不審者がいても素早く発見できるよう、外の周辺を巡回している。




「それでは、新人アイドルの紹介です! 涼香先輩! どうぞ!!」


 花子の掛け声と同時に、涼香がカメラ内に入ってくる。


「みなさんこんにちわ~! 新人アイドルです! 精一杯頑張るので、みんな応援してね~!」


 涼香は予想外にも、ぶりっ子を演じてきた。


(あれ、キャラ作ってる。良かった~……)


 と和人が安心した瞬間――


「――とかキャラ作ってるアイドルを潰すために入った、茜宮涼香だ。よろしく、アイドルの賽銭箱ども」


 瞬く間に普段の涼香に戻り、タバコを咥える。

 当然、スタジオ内は禁煙なので火は点けられない。


(…………火を点けないだけ抑えてるな! 偉いぞ!!)


 初手で問題発言をしているにも関わらず、和人は喫煙しないことに感心していた。


「あはは! 先輩、ファンは人間だから、箱じゃないですよ!」

「ファ、ファンを大切にしてほしいな~☆」(打ち合わせと全然違うじゃない!!)

「とても個性的ですわ。わたくしには及びませんが」


 一番なんとかしなきゃいけない花子が爆笑し、夏実はキャラを壊さないためにも下手なツッコミを入れられない。早織に至っては何故かマウントを取ろうとしていた。


「人間なわけあるか。見返りがないのに金を落としていくんだぞ? アイドルに彼氏ができたとしても返金してくれないんだぞ?」


 涼香が困惑した顔でそう言った。



「あの新人、見てる分にはおもしれぇな……見てる分にはな」


 涼香を見た翔一が、第一印象を述べた。


「……あんな感じでも、やってけるのか?」

「案外いけるぞ」

「えっ?」


 予想外の答えを出した翔一に、和人は驚く。


「アイドルとしてかは置いといて、あの逆張りスタイルは芸能界では普通にいる。当然批判は受けるが、奇妙な魅力に惹かれるファンも少なくない。問題があるとすれば……ヘイトが向かう先だ。

 発言の内容によっては他のアイドルや、所属している事務所に向くこともある。ヘイトを自分にだけ向かうようにしなければ、あっという間に追放されるぞ。仮に、自分にだけ向かうようにしても、普通の人間なら耐えきれずに蒸発するが……彼女は問題なさそうだな」

「そう言ってくれると、俺も安心する……」


(やっぱこの人、まともだな……最初に仲良くなれて良かった気がする)


 和人は自身のスマホを取りだし、生配信のコメントを確認する。


『草。』『よく事務所が採用してくれたな、この子』『配信外でも先輩アイドル見下してそうで嫌い』『というか、彼女未成年じゃね?』


(案の定、印象は良くねぇよな……)


 生配信の様子は、アイドル達からも確認出来るようにミラーリング用のモニターが設置されている。そこからコメントを確認することができる。


「コメントした貴様、さては見た目だけで判断したな? 私は二十一歳だ。不安なら身分証を……あっ、私免許とかないんだった……」

「涼香先輩は、学生時代の先輩だから成人してるよ! みんな安心してね!」


 花子がフォローを入れて、ファンを安心させる。


『花ちゃんが言うなら安心!』『花ちゃん今日も可愛い!』『結婚したい。』


 花子は事務所内を越えて国内でもトップの人気を誇るアイドル。彼女の言葉には自然と説得力が生まれ、ファンが納得する。


「今日は、涼香先輩について深掘りしていけたらなぁっと思ってるの! 早速だけど先輩、趣味を聞いてもいいですか?」

「趣味はタバコ――は生き甲斐の方に当たるし……」


(生き甲斐の方って何だよ!? というか、本当に打ち合わせしてたのか!?)


「……ゲームだな。ソシャゲはもちろん、FPSゲームもやっている。何ならそっちの方はトップランカーだ」

「エフピーエス、と言いますと?」


 早織が疑問を浮かべると、夏実が答える。


「一人称で相手と撃ち合うシューティングゲームだよ☆ 昔はコアな人しかやってなかったけど、最近は無料で出来るFPSも増えたから、初心者でも入りやすくなったかな☆」(この話題、何か嫌な予感がするわ……)

「なるほど、殺し合いのゲームですわね」

「飲み込み早いのは嬉しいけど、言葉をマイルドにしてほしいなぁ☆」

わたくしも家に帰ったらやってみようかしら。ゲームをあまりやりませんので、上手くできるか分かりませんが……」

「安心しろ、初心者でもできる必勝法がある」


(必勝法……あいつのプレイを見たことあるが…………おいやめろよ、あれだけは言っちゃ――!!)


「死体撃ちをしろ。そうすれば相手は勝手にキレてプレイがお粗末になる」


 涼香は、堂々とマナー違反行為を初心者に勧めてきた。


「屈伸も合わせるとより効果的だ」

「なるほど、戦場で死んだふりをされないよう、確認するのは重要ですわね」

「早織ちゃん、そういう意味じゃないんだよね~☆ 涼香ちゃんも、マナー違反はダメだぞ☆」(やっぱり碌なこと言わないわ!)

「マナー違反も何も、そのゲームの大会じゃ死体撃ちは当たり前だぞ」

「そうなの~? 後で確認してみるね☆」(そういう問題じゃないのよ! このちんちくりんが!!)


(あぁ、言ってしまった……)


 和人はスマホでコメントを確認する。


『堂々と死体撃ちを宣言するアイドルw』『この子、ネットリテラシー大丈夫なの?』『トップランカーって言ってたが、もしかしてMadマッド Madderマダーって奴だったりする? テロップに出た苗字の感じが「宮」だったし』『俺、死体撃ちされたことあるわ。あんな可愛い子にされてたのか……ちょっとトイレ行ってくる』


 当然、荒れ始めていたが、中には何かに目覚めるファンもいた。


「あはは……話題を変えよっか。涼香先輩は、どうしてアイドルを?」

かね

「…………」

「…………」


 スタジオが数秒間、静寂に包まれる。


「えっと……それだけ?」


 花子はフォローを入れようとするが、無駄だった。


「金が一番だ。私は馬鹿だから、他の仕事に就けなかった。そんな中スカウトされれば、アイドルをやるしかないだろ? それに、上手くいけば普通の仕事よりも稼げる。なので――」


 涼香はカメラに目線を合わせ、顔の横でダブルピースを作る。


「画面越しのみんな! 私に貢いでくれ! そのお金は私のタバコ代になるぞ!!」


 彼女はアイドル失格の発言を高らかに行った。


『もう滅茶苦茶で草』『ここまで来ると清々しくて逆に好き』『とりあえず一箱分(¥500)』


 なんと初登場の配信で、スーパーチャットを涼香宛てとして送られてきた。


「五百円? 私は赤マルを吸ってるからそれじゃ買えないぞ!! それに、動画運営に手数料取られること考えたら、千円は入れなきゃ話にならん!! 恥を知れ!!」


 しかし涼香はそれに感謝するどころか、暴言を吐いてきた。


『えぇ……』『生意気な子……いけるかも』『これからも常識に囚われず頑張って欲しい(¥1000)』『喫煙してるから、小さいままなんじゃない?』


「あっ、今コメントした奴、それだと全国の非喫煙者の低身長に失礼だろ!! 謝ってくるか私に一カートン分のスパチャを送れ!!」


 この配信はあくまでもファルベ・プロダクションのチャンネルで行われているものだが、涼香はまるで自分だけの配信をしているかのようにコメント返しに熱を入れていた。

 すると、花子は付けていた小型インカムから、社長の指示を受け取る。


『これ以上は収拾がつかなくなる。早いが、配信を切り上げろ』


 花子は頷き、カメラの前に立って強引に終わらせにきた。


「はい! 今日はここまで! 今後も花子先輩と、ファルベ・プロダクションのアイドルをよろしくね! ばいばーい!」


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