第六話 その選択の行く末は、神のみぞ知る。
「うぉ……疲れた…………」
時刻は十二時を過ぎていた。
和人、翔一、零の三人は事務所と訓練場の掃除を終えた。
決闘を無断で行った罰として、三人は掃除をさせられていたのだ。
三人は待機室の椅子に腰掛ける。
「ったく、零がてっきり社長に許可を取ったのかと思ったぜ。仕切り出すからよぉ……」
「ごめんごめん。社長が帰ってくるとは思わなかったんだ。それに多分、却下されると思ったから」
零は謝っているが、実際許可を取るべきは立案者の翔一である。
「それより和人!」
「はい、何ですか?」
「お前、想像以上の動きをしていたが、何処かで鍛えたのか?」
「まぁ、父が武闘家だったもので……」
(瑛土さんの名前を出したら絶対ややこしくなるぞ……!)
「なるほど、正直ただの不良だと思ってたぜ」
「いいえ、その認識は間違ってませんよ。高校は暴力沙汰で退学にされましたし」
「その暴力、誰かを守るためのものだろ?」
「…………」
翔一に図星を突かれ、和人は何も答えられなかった。
「やっぱりか。動き方がクソ野郎のできる動きじゃなかった。誰かを守る信念がなきゃ、あそこまで強くなれねぇよ」
「ありがとう、ございます……」
意外と褒めてくる翔一に、和人はぎこちないお礼を言った。
その後、飲み物を喉に通した零が話し出す。
「今回の決闘を見るに、和人くんは事務所の中だと……五位に当たるのかな?」
「いや、まだ俺と決着が着いたわけじゃねぇ。悔しいが、決闘も拮抗していた。とりあえず六位だ」
「……すみません、何の話ですか?」
和人が順位の意味が分からず、それを訊ねた。
「護衛の強さだよ。下の人に劣等感を与えたくはないんだけど、アイドル同士が合同で動くときの配置の目安になるから、つけることにしたんだ。ポジティブに考えれば、上の順位を目指して力を磨く理由にもなるしね」
「当然だが、事務所の護衛は所属するアイドルの人数に比例する。和人も含めて全員で十人いることになる。俺が五位で……言うまでもないが、零が一位。今フロントの方にいる早風は、あぁ見えて二位だ」
「早風くんは無能力者だから、実質一位だよ。能力縛りで戦ったら、僕も勝てる気がしない」
「そんなに凄い身体能力の持ち主だったんですか!?」
「すげぇってもんじゃねぇ。お前の倍は速く動ける。人間離れした速度を出せるって時点で対応出来る人間が限られちまう」
(人は見かけによらずって言うが、まさにこの事か……)
「だが能力ありなら、誰も零には勝てねぇ。なんてったって、こいつは能力二つ持ち――《ツヴァイスター》だからな」
「なるほど……」
超能力を二つ所持する者――《ツヴァイスター》は非常に少なく、世界でも十人未満だ。
「あんまり驚かねぇな? 俺の後に入った護衛は皆ビビッてたが」
「あー、実は俺の弟が――弟と言っても血の繋がりはないんですけど……そいつが《ツヴァイスター》だったので」
「マジか……というか、夏実から聞いたんだが、お前の弟さんが【トラオム・ワーレン】の先代ボスを倒したという話を花子から聞いたみたいなんだが……本当だったら普通にヤバいんだが……実際どうなんだ?」
「本当ですよ。実際に見た訳ではないんですけど、ボス以外にも幹部を何人も殺――倒しているので、ボスと鉢合わせてもおかしくはないです」
「一瞬聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするが、俺らも職業柄殺し合いしてるから、何も言えねぇ」
「その弟くん、この事務所に来られないかな? 僕を越える戦力になると思うし、社長も喜んで採用してくれると思うよ」
零の言葉に、和人は待ってましたと言わんばかりにスマホを取り出す。
「そう言ってくださると助かります! あいつ花子が大好きなんで、すぐ来るでしょう!!」
和人はその場で聖也に電話をかけ始める。
「……………………あれ?」
しかし、聖也が電話に出ない。
今日は土曜で、普通の仕事なら休みのはずだ。仮にあったとしても、十二時過ぎであれば昼休みに突入しているところが多いだろう。
(妙だな? 花子の連絡にも気づかないし、スマホを落としたか、壊したのか? でも五日前に会った時はスマホ普通に使ってたしな……)
「……すみません、メッセージ飛ばしておくので、返信来たら伝えますね」
「お、おう……」
「焦らなくていいよ。話通りの実力なら、いつでも採用してくれると思うし」
すると、社長が待機室に入ってくる。
「お前ら、終わったなら終わったと報告しろ!」
「「「すみませんでした!!」」」
三人は口を揃えて謝罪した。
「まぁいい……時間も良い頃だ、このまま昼休憩に入ってくれ。その後は普段通り、交代で巡回警備を頼む」
そう言って、社長は待機室を抜けていく。
「さて、俺はいつものとこで飯食ってくるか……あっ、言い忘れてたな。おい和人」
立ち上がった翔一が、和人に伝える。
「はい、何ですか?」
「これからはもう、俺ら護衛に対して敬語は使わなくていい。先輩後輩の立ち位置はあるかもしれねぇが、共に戦う仲間だ。気楽な方がやりやすいだろ?」
「ありがとうございま――ゴホン。ありがとう、翔一さん」
「おうよ、よろしく頼むぜ」
翔一が手を差し伸べると、和人はそれに応じて手を伸ばし、固い握手を交わすのであった。
※
「喫煙所は……確かこの先か」
昼食を済ませた和人は、事務所の外にある喫煙所へ足を運んでいた。
「おっ、やっぱいるか……」
到着すると、先にタバコを吸っている涼香の姿があった。
「涼香、調子はどうだ?」
「ん、和人か。まぁ、奴らは敵にならんな」
「だから敵じゃねぇって」
和人は涼香の隣に立ち、タバコに火を点けて吸い始める。
「……なぁ和人」
「?」
「このまま、私がアイドルになって、お前はいいのか?」
「……どういう意味だ?」
「アイドルになれば、金は得られるかもしれないが、それ相応の立ち回りをしなくてはならなくなる。和人だけの私ではなく、みんなの私になる。そうなって、いいのか?」
「…………なんだよそれ、俺らまるで恋人みてぇじゃねぇか」
和人は笑いながらも、涼香から視線を逸らす。
(俺が一番考えたくなかったことを、涼香から言いだしてくるか……)
「バックれるなら今のうちだぞ。本当に――」
「いいんだ。お前が選んだ道だからな」
和人はタバコの煙をゆっくりと吐く。
「お前はあの頃みたいに、何かに縛られて生きる必要はねぇ。だから、俺のことは気にせずに、自分がやりたいことをやってくれ。それに、あのまま金欠生活を続けてたら後がねぇしな」
「…………相変わらず馬鹿な奴だ」
「? 何か言ったか?」
「いや、何でもないさ。私は花子たちと打ち合わせがあるから、早めに戻るよ」
タバコを吸い終えた涼香は、和人を置いて先に事務所へ戻っていく。
「…………そう、それでいいんだ。涼香が幸せになるなら」
和人はタバコの箱を強く握り閉め、空を見上げて自分に言い聞かせる。
「お前が幸せなら……俺はどうなったっていいんだ……」