第四話 衝突する二人
和人は、零に案内され護衛用の待機室の前に着く。
「ここが待機室だよ。今日来てる二人は個性的だけど、すぐ仲良くなれると思うよ」
「は、はぁ」
(その言葉聞かされて、実際問題が起きなかったパターンない気がするけど)
零が扉を開けて中に入り、和人はその後に続いた。
中は楽屋に近いような雰囲気で、フロントのようなリラックスできるような環境ではなかった。
「…………零、そいつが噂の新入りか?」
ズボンのポケットに手を入れている、褐色肌をした男が和人を睨みつけている。
「…………」
その隣には、中性的で金色の髪をした、細身の青年もいた。彼は一瞬だけ和人を見るも、すぐに目を逸らしてしまう。
「うん、そうだよ」
「初めまして、赤沼和人と申します。茜宮涼香の護衛として入りました。よろしくお願い致します!」
和人は頭を下げた。
「……小豆山翔一。宍戸夏実の護衛だ。」
「えっと……櫨染早風、です……姉さん――櫨染早織のボディガード、です……」
褐色の男が翔一、金髪の青年が早風。
それぞれ名乗り終えると、翔一が和人に近づく。
「新入り、実戦の経験は?」
「なくはないです」
「なんだその曖昧な答え方は? それは喧嘩か? 命のやり取りか?」
「……どちらかと言えば喧嘩です」
「だろうな……いいか、この業界のボディガードはただの護衛じゃねぇ。組織との戦争みたいなもんだ。命をかける覚悟がねぇなら、今の内に消えな」
翔一は和人を至近距離で睨み付ける。
「…………」
翔一が放つ圧は凄まじいものであるが、和人は怯む様子がない。
(先輩には謙るのが社会のルールなんだろうが、職業柄強い奴に人権があるとみた。ここは舐められる訳にはいかねぇな)
「だ、だめだよ翔一さん……! そんな風に威圧しちゃ――」
早風が和人の味方に付こうとするが、翔一はそれを遮る。
「甘ぇぞ早風。この程度の煽りに屈してる程度じゃ、生き残れねぇんだぞ」
(この人、口は悪いが結構まともな思考してるな)
「それにこいつは、本来受けるべき測定試験をパスしてやがる」
(えっ、試験なんてあったのか!? ……いや、冷静に考えれば普通あるよな)
「コネを使って入った可能性もある……」
「いや、それはないと思う」
翔一の言葉を否定したのは、零。
「社長がコネ入社を認めるような人に思える?」
「……確かにそれは考えられねぇ。だが試験をパスしたのも事実だ」
「試験を受ける必要が無いほど、強いってことじゃないかな」
「――もし可能なら、その試験を受けてもいいですよ」
「は?」
和人が口を開くも、翔一は顔を歪める。
「合格して当然――って感じで言うじゃねぇか。知ってるか? 護衛測定試験の合格率は三割切っている。喧嘩でイキっているような輩には到底無理だ」
「合格出来なかった抜けますよ、もちろ――」
不意に、翔一がナイフを後ろ腰から取り出し、刃先を和人の眼球寸前に突き立てる。
目にも留まらぬ速さで動いた翔一。
「…………」
だが和人はビクとも動かなかった。
「どうした? 早すぎて反応もできねぇってか?」
「……相手が《アインスター》かどうか、どんな能力を使うのか知らずにツッコむのもどうかと思いますが?」
「あ? 何言ってんだお前? 強がってんのか?」
和人の言葉を理解出来なかった翔一。
「しょ、翔一さん……足元を見てください……」
「足元だぁ?」
翔一が下を向く。
和人の右足が、翔一の右足を踏む寸前で止まっている。
「これがなんだってんだ? 踏まれようがナイフの方が致命傷になるだろ」
「――俺の能力なら、ナイフが当たる前にあなたを殺せますよ」
「……なんだと?」
和人は強気な発言をぶつける。
(当たる前ってところは嘘だが、この人は俺の能力を知らねぇ)
「生意気な奴が入って来たな、おもしれぇ……零、このあとの予定は?」
「アイドルの皆さんが行う、配信の打ち合わせが終わるまでは待機だよ」
「よし! おい、和人って言ったな?」
翔一はナイフをしまい、和人の肩を掴む。
「測定試験の代わりに――――――――」
※
一方、フロントではアイドル達が集まっていた。
「紹介するね! この人が新しく入った茜宮涼香さん! 学生時代の先輩なの!」
「うぃーす! 茜宮涼香っす! 趣味は他人のゲームのデータを消去すること! 将来の夢は世界征服をして、タバコ税を廃止すること! ……タバコをくれたら懐くかもよ」
花子先導のもと、涼香はアイドル二人に自己紹介をした。
「…………えっ、この子大丈夫なの?」
涼香のアイドル志望とは思えない常軌を逸した発言に、ピンク色のツインテールが目立つ少女がドン引きする。
「うふふっ、私は良いと思いますわ」
金髪ロングヘアーをした少女は、涼香を受け入れた。
片手に紅茶が入ったティーカップを持っており、お嬢様のような雰囲気を醸し出していた。
「良くないわよ!! こんなアイドルが誕生したら、子供の夢が壊れるわよ!!」
「――と、とりあえず二人も自己紹介を、ね?」
花子が優しい口調で言うと、ツインテールの少女は咳払いをする。
「アタシは宍戸夏実よ。いい? アイドルをやるからには、その醜い欲望を抑えるところから始めなさい!!」
「ちッ……うっせぇな、この女」
涼香はさり気なくタバコを取り出し火を――
「先輩に向かってなんて態度なの!? それとここ、禁煙だから!!」
「…………!!」
涼香は鬼の形相――を越える程顔を歪ませる。
「その顔だけは絶対にファンの前で出さないで!!」
「あはは! モザイクも貫通しそうな、酷い顔だね! あはははは!」
花子は涼香の表情がツボに入り、笑いが止まらなくなる。
「信じられない……花子がこんな奴と仲がいいなんて……」
夏実は花子の思わぬ一面に、ショックを受ける。
「いや、正直私もなぜ仲良くしてもらってるのか理解出来ん」
元の顔に戻った涼香は、タバコに火を灯すのを諦め、とりあえず咥えるだけ咥え続けることに。
「次は私ですね」
続いて、金髪の少女が自己紹介を始める。
「初めまして、私の名は櫨染早織と申しますわ。この事務所だと、私が一番長く所属しているので、困った事があったら頼ってくださいませ」
「おぉ! 典型的なお嬢様キャラ特有の、意味のない語尾!」
「なくはないわよ! なくは!!」
「涼香さんは、どうしてアイドルを?」
早織が訊ねると、涼香は咳払いを挟んでから話す。
「実は母親が病気で、お金を稼がないといけなくて……でも私は馬鹿だから、まともな職に就けなくて……そんな時にプロデューサーが――」
「それ、絶対嘘でしょ」
「……夏実っち、そういうのは言っちゃいけないって、学校で習わなかったのかい?」
「はいぃ!? てか夏実っちって何よ!? 変な呼び方しないで!!」
「涼香さんの言う通りですわ。嘘を嘘として楽しめないのは、芸能に携わる者としていかがなものかと」
「なんで早織はそっちの味方なの!?」
「あははっ! あはははっ!」
「花子はいつまでツボに入ってるのよ!!」
夏実はツッコミに徹するしかできなかった。
「はぁ……はぁ……さて、本題に入るよ!」
ようやく笑いを抑えることができた花子が、仕切り直す。
「今日の午後三時から、生配信をするんだ。もちろん、涼香先輩をメインにした新メンバー紹介の配信になるんだけど、ある程度事前に話すことを決めておかないとね」
「午後三時? そんな中途半端な時間にあつまるのか?」
涼香が疑問を浮かべると、夏実が答えてくれる。
「今日は土曜日だから、問題無いわよ」
「そっか。今日土曜なのか……ニート生活が長かったから、感覚が鈍ってるな」
「ニートだったのにタバコ吸ってるの? 本当に大丈夫なの、この子……」
「大丈夫! これからその金を稼ぐんで!」
「簡単に言うわね……その自信はどこから来るのよ」
「私の可愛さから! 夏実っちより可愛い自信ある」
「はいぃ!? 喧嘩売ってるの!?」
「税込六千円で売ってる」
「ふざけんじゃないわよ!!」
「喧嘩するならお金を払ってね!」
「払わないわよ!!」
涼香と夏実が口論になる。
「あはは……話、進まなそうだね!」
「今日は時間がたっぷりありますから、問題ありませんわ。むしろ、こうやって親睦を深める時間の方が、貴重ですから」
花子と早織は楽しそうに口論を見ていた。
そこに、零が一人で歩いてくる。
「皆、順調――じゃ、なさそうだね……」
アイドル達の光景を見た零は、「うーん、どうしよう……」と呟く。
「プロデューサー、何かあったの?」
花子が訊ねると、「あぁ、」と言葉を続ける。
「色々あって、和人くんと翔一が決闘することに――」
零が最後まで言い切る前に、夏実と涼香が口を揃えて叫ぶ。
「翔一が決闘!?」
「和人が決闘!?」