第二話 偽善者との対話
「嘘っ…………!?」
花子のスマホに着信を入れた正体は、ヘアクラーズのリーダーを務めている聖也。
花子は代わりに電話に出た零から奪い取り、聖也との対話を試みる。
「せ、聖也くん! スマホ……直ったんだね…………!」
花子は何気ない会話を始めようとした。
その声は震えている。どうにかして、聖也の正体を隠そうとしていたが――
『……花子さん、スピーカーモードにしてほしい』
「ど、どうして……? そんなことしても――」
『ファルベが会議している様子は、こっちからも見えていた。優秀なハッカーがいるからね』
「!?」
その言葉を耳にした零は、会議室の天井を見渡す。
会議室には、一つだけ監視カメラが設置されている。聖也はそこから、会議を見ていたのだ。
「……花子、聖也の指示に従ってくれ」
花子にそう言ったのは和人。
「聖也がこの機会を逃がしたら、ファルベと対話することは無くなる。現場で蜂会ったら、そのまま殺し合いになる可能性が高い」
「…………」
花子は無言で頷き、スピーカーモードに切り替える。
『ありがとう、花子さん。そして初めまして、ファルベ・プロダクションの皆さん。僕がヘアクラーズのリーダー〔ブラオ〕――と名乗っても遅いでしょう…………青住聖也と申します。義理の兄である、和人がお世話になってます』
聖也の声が、会議室にいる全員に聞こえた。
最初に対話を試みたのは、社長の拓真だ。
「……久しぶりだな。聖也」
『お久しぶりです。拓真さん。高校の時以来ですかね』
「!? 聖也お前、高校時代に会ってたのか!?」
和人が驚きの声を上げる。彼が再会したのは、ファルベに入社してから。聖也はそれよりも前に会っていたのだ。
『偶然だけどね。その時は……銀鼠会長も一緒だった』
「やはり、あの時に強引にでも雇えば良かったと後悔している……私は、お前とは戦いたくない」
『それは僕も同じです。可能な限り、ファルベの皆さんとの戦闘は避けたいと考えてます』
「――おいおい、何言ってんだてめぇ」
聖也の発言に突っ込まざる終えなかったのは、翔一。
「てめぇんとこの№2が、こっちの№2を殺しかけたんだぞ。寝言は寝て言え」
『……ターゲットは必ず殺すように、部下に伝えてあります。例外を作っては、汚職の抑止力にならない。それを妨害するのであれば、殺されかけても仕方ないことです』
聖也は、彼らしくない低いトーンで翔一に言葉を返した。
「なんだとコラァ!!」
「翔一、落ち着きなって!」
立ち上がる翔一に対し、その隣に座っていた夏実が体を押さえて静止させる。
(聖也のやつ、わざと嫌われるような話し方してやがる……)
「えっと……聖也くん――いや、〔ブラオ〕くんって呼んだ方がいい?」
『お好きな方でどうぞ』
「それじゃ聖也くん! ……三咲さんと瑛土さんの、養子なんだよね? 二人は知ってるの?」
『直接話した訳ではありませんが……もうバレてるでしょう。ですが安心してください。僕が死んだからと言って、二人が報復に動く事はないです。僕の行動が人道に外れたものであることは、自分がよくわかっています』
「チッ、偽善者どもが……」
『だからヘアクラーズなんですよ。業界の改革には、誰かが手を汚さなくてはならない』
「ただの開き直ってるだけじゃねぇのか! それによ! てめぇらが結生のプロデューサーを殺したことで、彼女の仕事がストップしてるんだぞ!!」
『彼女が外道の手に落ちるよりはマシかと。それに、仕事が止まることは想定済みです。ターゲットの担当アイドルには、必要最低限の資金を口座に振り込んでいます』
「え?」
それを聞いた結生はスマホを取り出し、自身の口座残高を確認する。
「えぇ!? こ、これが必要最低限なんですか!? 金額、間違ってません!?」
「おい、はした金で誤魔化そうと――」
「翔一さん違うんです! その逆です! 口座に二百万も振り込まれてるんです!!」
「……は?」
結生はスマホの画面を翔一に見せ、振り込みが本当であることを証明する。
『そのアイドルの平均月収の十倍を振り込むようにしています。細かいところは切り上げるようにして』
「――えっ、そうなん?」
食い付いたのは、タバコを黙々と吸っていた涼香。
「きゃー、助けてー、和人にレイプされたんですー」
「金欲しさに虚偽の事実で俺を売るんじゃねぇ!!」
『流石に騙されませんよ、涼香先輩。和人にそんな度胸ないじゃないですか』
「確かに」
「腹立つ納得のされ方だな!! そして聖也!! お前も人のこと言えねぇからな!!」
この一瞬だけ、昔の平和なやり取りが行われていたが、翔一の怒声によってかき消される。
「どんだけ金を積んだってなぁ!! 人を簡単に殺していい理由にはならねぇだろ!!」
『……アイドルを自身の欲望を満たす道具としか思ってない連中を、人として見るとでも? それに失礼ですが、あなた方護衛も簡単に殺してるじゃないですか。アイドルを守るという使命を盾に、【トラオム・ワーレン】を。まさか、そいつらだけは殺してもいい存在――なんて、言わないですよね?』
「…………!!」
これには反論できず、翔一は黙るしかなかった。
「――我々も、正義を掲げて護衛を務めているわけではありませんよ」
しかし、翔一に変わるように零が聖也に言葉を返す。
「護りたい人のために自分の手を汚す。やっていることは、あなた達と変わりないでしょう……だからこそ、あなた達の存在を許す訳にはいかないんです。万が一勘違いを起こされて、僕の仲間を殺されては困るので」
『…………よく言うな。自分がターゲットにされてないとでも?』
他の皆に対しても敬語だった聖也が、零にだけはタメ口だった。
そして聖也の口から、衝撃の事実が零れる。
『――担当アイドルを食いものにしまくった、前科者』
「!?」
会議室にいた全員が驚き、零に視線を集める。
「零さん…………!?」
花子は立ち上がり、反射的に零との距離を置く。
「何を言い出すんだ? そんなことしてたら、ここにいられないだろ?」
零は動じることなく反論した。
『それは 心が広すぎる拓真さんが許してくれたからだ』
「…………」
これに対して拓真は何も言うことなく、タバコに火を点ける。
『寄り道し過ぎた。本題に移ろう。我々ヘアクラーズは、ファルベ全体をターゲットにはしていない。他の事務所と比べても非常に健全なところなのは、把握できている。しかし、湊零――お前だけは容認できない。オレはあんたが更正したとは思えない。もし本当に更正したのなら……その証明として、今この場でお前の正体を告白しろ』
「…………!?」
(なるほどな。現時点では証拠は何もない。ただ、このまま有耶無耶にしちまったら不信感だけが事務所内に残る。……聖也らしくないが、内側から零さんを追放させようとしているな)
聖也から零の正体を知らされていた和人は、聖也の意図を読む。
零が取った行動は――――
「…………みんな、黙っててごめん。彼の言う通り…………僕は過去にアイドルと関係を持ったことがあるんだ……無理矢理ね」
『…………』
証拠も何もない状態にも関わらず、零は告白する方を選んだのだ。
「以前いた事務所で僕は、自分の力を過信しすぎて馬鹿な行動を取ったんだ。もちろん、懲戒解雇されたけど…………阿佐見社長を悪く思わないでくれ! 親との繋がりでコネ入社させてもらっただけなんだ! 社長は悪くない!」
「…………」
会議室が静寂に包まれる。
誰も、零へ非難しようとはしなかった。
「…………もし、僕を追い出したいと思ったのなら、ここで挙手してくれ。聖也くんが監視カメラでこっちを見ているなら、不正できないことはわかってるだろ? 誰か一人でも挙手したなら……僕はこの場で辞職する」
「!?」
(思い切ったことをしたぞ零さん!? これは、聖也にも読めないだろ!?)
「馬鹿野郎。お前を追い出すわけねぇだろ」
「そうよ。他の連中が花子に手を出す中、あなただけは何もしなかったじゃない」
零に優しい言葉を投げたのは、翔一と夏実。
「私も、零さんにはお世話になったので、今の零さんを信じます!」
結生も零を追い出そうとはしなかった。
「……私は入ったばかりのアイドルだから、追い出す権利はないよ」
そう言って、涼香も挙手することはなかった。
「…………」
(零さんの態度から、本当に反省しているのかもしれない…………でも……まだ隠してることがあるのを、俺は知ってる……!)
和人は迷っていた。
聖也からの情報がなければ、迷いなく零を受け入れる和人だが、聖也から貰った情報があまりにも重要なものであった。
(聖也のことを考えれば、ここで挙手するべきなのか……? それだと花子の護衛がいなくなっちまう……)
頭を悩ませていると、和人のスマホにメッセージが入る。
(――タイミング的に、聖也か?)
和人は他の人に悟られないようにスマホを取り出し、内容を確認する。
(!?)
和人の予想通り、聖也からのメッセージだ。
しかし、その内容は予想を反していた。
絶対に手を挙げるな
「――和人くんは、どうかい?」
反応を示さない彼に、零が優しい声で尋ねた。
「俺も……まだ日が浅いので、何も言う権利はない。けど、少なくとも…………今の零さんは悪人じゃない――俺はそう思ってる」
和人は、零を受け入れる。
その口から吐かれた言葉は本心。聖也のメッセージとは関係ないものだ。
(しかし、どういうつもりだ? 聖也は、ただ零さんを追い出したいわけじゃないのか……?)
「ありがとう。花子ちゃん、こんな僕でも……大丈夫かな……?」
最後に、零は花子に確認を行う。
周りがどれだけ彼を認めたとしても、花子が拒絶すればそこまでだ。
「…………」
「花子ちゃん?」
「……ねぇ、聖也」
花子は零の言葉を無視するかのように、電話越しの聖也に問いかける。
「……ここで手を挙げれば…………護衛になってくれる?」
「花子ちゃん!?」
「!?」
この場にいた全員が戦慄する。
聖也の返答次第で、花子の意思が変わるかもしれないからだ。
『…………ごめん。仮に湊零が辞職しても、オレはファルベで働く事はできない。周りが認めてくれないからというのは当然、それ以上に……皆を危険に晒してしまうことになる』
電話越しに、ライターの着火音が聞こえてくる。
聖也が、タバコに火を点けた。
『オレたち――我々の最終目的は…………銀鼠会長を殺すこと。それが達成される前にオレと関わるということは、身を危険に晒すのと変わりない。だから……それが果たされるまでは…………どうしても無理なんだ』
「――――そうか、だから僕なのか…………」
聖也の発言に、零が誰にも聞き取れない小さな声で呟いた。
『もし、この場で零が辞めるのなら、今後の護衛は和人に任せたいと思ってる。でも花子さんは……零を追い出したいと思ってる? オレが戻ってくる前提を除いて』
「私は…………」
花子は零と顔を合わせる。
花子にとって、零はアイドル活動初期から支えてくれた恩人。花子の魅力に負け、本能に従おうとした結果クビになった人たちと違い、ここまで彼女に手を出すことはなかった。
「……今のプロデューサーを…………零さんを、信じたい」
『なら、手を挙げなくていい』
「…………わかった」
どこか不満そうではあったものの、花子は手を挙げることなく、零を受け入れる事に。
「――一悶着あったけど、これでいいですよね? 聖也くん」
『…………何か、勘違いしてないか?』
「?」
『オレはあくまでも正体を明かせと言っただけだ。辞めるべきかどうかを促したつもりはない。あんたが勝手に皆に聞いて回っただけだ』
「……何が言いたいんだい?」
『湊零、オレはあんたがこのまま花子さんの護衛を続けるに相応しいか、試していただけだ』
「なら、証明できたということで――」
『いいや、お前はまだ隠している。一番重要な秘密を』
「…………!?」
零は、自ら性犯罪を犯した過去を告白した。
しかし聖也は、それだけでは信用に足らないと言ってきたのだ。
『ファルベの皆はお前を信用し、受け入れた。なのに、お前は自身の正体をまだ隠すつもりでいる』
「な、何を言って――」
『言い忘れていたが湊零……オレは、お前の正体を知っている。カマかけなんかじゃない。その上で、あんたの口から聞きたいんだ。その秘密が、花子さんを――いや彼女だけじゃない、和人と涼香先輩も任せるに、充分な証明になるからだ』
「…………」
零が何も言えずにいると、翔一が机を強く叩いた。
「いい加減にしやがれ!! 誰にだって人に言えない秘密の一つや二つ、抱えてるもんだぜ! その中でも、性犯罪とかいう人様に言えないこと――ましてや、アイドル業界で殺人以上に御法度なやらかしを行った旨を告白したんだ!! もう充分だろ!!」
翔一の怒声に続き、拓真も口を開く。
「聖也、そろそろ止めにしないか? 君の行動は、明らかに度を越えている。前科者は徹底的に叩くという精神なら、私も君への対応を改めなければならない」
『拓真さん……あなたも零の正体を知った上で――いえ、知っているからこそ、彼を雇わざるを得なかったのでしょう?』
「何について言ってるのかはわからないが……少なくとも、零を雇ったのは私の意思だ。彼の心を信じただけだ」
『…………非常に残念です』
聖也は一呼吸置き、ファルベに言い放つ。
『我々は、湊零を殺害対象のリストに載せることにします。もちろん、他の皆さんに危害を加えるつもりはありませんが……彼を守るというのであれば、容赦無く殺します』
「…………マジかよ」
和人は目を横に反らす。
彼が考える、最悪の展開に発展してしまったからだ。
『最後に。和人はヘアクラーズとの関係は一切ありません。和人がこっちの肩を持たないように……和人、オレについて知ってる情報は全部話すんだ』
「…………」
(俺が迫害されないようにってか? 相変わらず全部自分で背負おうとしやがる)
『万が一、和人に危害を加えるのであれば…………殺す。本人だけじゃなく家族も、親友も恋人も。ヘアクラーズの意義に反してでも、ファルベを壊滅させてやる。絶対に、オレの義兄さんに手を出すなよ』




