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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第三章 その持たざる者は、自身の影に黒を塗る。
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序話 プロデューサーの苦悩

「はぁ…………」


 スーツを身に纏った男が、溜め息を吐きながら歩いていた。


 その男の名は琥珀蓮次郎。


 ここまで全話読んできた方でも、彼の存在を忘れているだろう。

 彼は本作のメインヒロインである茜宮涼香のプロデューサーなのだが、ここまで全くの出番がない。第一章はまだいいのだが、第二章の後半は零がいたことで蓮次郎の存在意義が薄い状態が続いてしまった。


「まだ新人だから仕方ないんだけど、給料少ないし……」


 結生(プロデューサー)の件でもあったように、プロデューサーの給料は決して高いと呼べる者ではない。涼香に給料を尋ねられた際に答える事が出来なかった彼の給料額は――約十八万。

 給料大幅カットされた結生Pと比較するとマシに見えるが、一般的なサラリーマンの給料としては少ない。

 プロデューサーの給料問題は社長の拓真も不本意であり、ファルベに限らず他事務所でも抱えている問題だ。


 彼らの給料が少ない理由はシンプル――護衛を雇っているからだ。


 アイドル一人に対し、一人の護衛を雇わないといけなくなった世界、事務所の人件費は膨大なものとなってしまった。

 命のやり取りをする護衛の給料を安くするわけにもいかず、結果プロデューサーの給料を下げる他無かったのだ。

 それ故、零のような護衛兼プロデューサーをしている人も実は少なくない。何なら、他の事務所はそれが主流である。ファルベがそうしないのは、護衛がいなくなってしまった際、後続の護衛が来てもアイドルが元の仕事を継続して行えるように配慮しているためだ。


「――今日学校サボってカラオケ行こうぜ」

「いいよ! たーくんの歌声、好きなんだ!」


「…………」


 蓮次郎の耳に、高校生カップルの話し声が入ってくる。


「……出会いもないよな」


 プロデューサーが異性との出会いが少ないのは当然といえば当然。正確に言えば異性と出会う機会は多いのだが、その人と結ばれる可能性は限りなく低い。

 プロデューサーとアイドルの恋愛は御法度――というのはあくまで表向きではあるのだが、裏でも付き合えるプロデューサーは本当に限られている。


 その原因は――――これまた護衛のせい。


 彼らに対し、護衛でアイドルと交際に発展しているケースは多い。アイドルから見えれば、自分のために命を張ってくれる人がいれば、その人に惹かれるのが自然であろう。

 更に戦闘者のため、護衛の殆どは筋肉質で顔も良い。アイドルをする女性の中でも、イケメンと出会うために活動している者も少なくないのが現実。どこにでもいそうな顔と体が殆どのプロデューサーより、雄としての魅力に溢れている護衛を選ぶのは、もはや必然といえる。


「……もうやめようかな、プロデューサー」


 プロデューサーの不遇に、蓮次郎の心は折れそうになっていたが――


「!? 何を言ってるんだ!! ここで辞めたら、兄さんに会わせる顔がない!!」


 蓮次郎は一度立ち止まり、両手で自身の頬を叩いて気持ちをリセットする。


「よし、行こう!」


 彼は再び足を動かし始めた。



「――やめて……ください……」




「?」


 微かに聞こえきた、少女の声。

 それが気になった蓮次郎は、事務所とは別方向の道を歩き出す。

 建物同士に挟まれ、日の差さない通路。そこで、一人の少女が四人の男に囲まれ、動けなくなっていた。


「これから……用事があるんです…………ここを通してください……」


 黒髪のおさげをした少女は身を縮込ませており、とても男に抵抗できるとは思えない様子だ。


「いいじゃん! すぐに終わるからさ!」

「その用事がどうでも良くなるくらい、楽しいことだから!」


(明らかにマズい雰囲気なのはわかる……でも…………)


 蓮次郎は躊躇う。

 四人の男は、全員が屈強な肉体を持っている。例え一人だけだったとしても、蓮次郎が勝てる未来が見えなかった。


(いや、ここで見捨てたら、アイドルプロデューサー失格だ! いつか、涼香さんがあぁなってしまって、和人くんが不在の時は――――私がいなくても何とかなりそうな気がする……)


 例えに出す人物が悪かった。

 涼香であれば屈強な男相手でも容易に沈め、中指を立てて煽り散らかすのが想像できてしまう。


(何がともあれ、助けなくては!)


 蓮次郎は覚悟を決め、男に話しかける。


「――おい」

「あ?」


 しかし、振り返った男の険しい顔に恐怖心を抱いてしまう。


「そ、その子が困ってるだろ? 他を当たったらどうだ?」

「…………ぷ、ふはははは!!」


 男全員が笑い出す。

 蓮次郎が怖じ気づいていることに、気づいているからだ。


「正義のヒーロー気取りか?」

「面白ぇ! 今どきこんな奴いるんだ――――」


 男が話している途中、急に雨が降り始める。


「…………え?」


 ――赤色の雨が。


 男の一人の首が切断され、断面から血をシャワーのように撒き散らしていたのだ。


「な、何が――――!?」


 残りの三人も首が切断され、彼らは何が起きたのかも理解できずに死んでいった。


「ひ、ひぃ!!」


 真っ赤に染まった光景に――何よりも男たちを殺した犯人に怯え、尻もちを着く。

 その人物は――助けようとした少女。

 右手には定規が持たれており、それで男四人の首を斬り落としたのだ。屈強な男の首を定規如きで切断できるとは考えられないのだが、少女がそれをやってのけたのを、蓮次郎の目には焼き付いていた。

 そして役目を終えたように、定規は瞬く間に灰となり、風に流されていく。


「助けてくださり、ありがとうございます…………!」


 全身に返り血を浴びた少女は、自分が助けた側にも関わらずお礼を告げた。


「あなたのおかげで、隙が生まれました…………ありがとうございます!」

「は、はぁ…………」

「お礼をしたいんですけど……急がないといけないので…………これで許してください……!」


 少女は懐から取り出した物を、蓮次郎の前に投げ置く。


「え、えぇ…………!?」


 投げ出された物は、札束。その金額――百万円ピッタリ。


(これもしかして……お礼という名の口止め料!?)


「また会ったら……ちゃんとお礼するので……本当にごめんなさい……!」


 少女は返り血を処理しないまま、目的地へ走り出す。


「…………う、動けない」


 一連の流れに腰を抜かした蓮次郎は、しばらく動けなくなってしまう。

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