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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
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第二十五話 きっとこの命に意味は無かった

「先輩、本当にここにいるんですか?」

「あくまで可能性が高いってだけだが」


 和人がマンションにいないことを確認した、花子と涼香は公園を訪れていた。

 彼が何かあるとここで気分転換していたことを知っていた涼香は、自身の直感を信じて来たのだ。


「――――!!」


 公園に入って間もなく、和人の声が耳に入ってくる。


「やはりいたか! だが、この叫び声からして誰かと戦っているようだ……こっそり行くぞ」

「は、はい!」


 二人は和人たちに気づかれないように行くつもりだった。


「――――!!」


 しかし、次に聞こえてきた怒声に――聖也の声に、花子は我を失う。


「この声…………もしかして……!!」


 花子は涼香を無視するように、先を走り出した。


「!? どうした花子!?」


 涼香は彼女の後を慌てて追いかける。

 公園の中心部に辿りついた二人は、和人と聖也が戦っている姿を目撃する。


「聖也、くん…………?」

「花子、さん…………!?」


 聖也も花子たちを認識し、動きが止まった。


「――オラァ!!」


 その隙を、和人は容赦無く炎の剣で攻撃する。

 花子に意識が向いていた聖也は、その攻撃を躱すことができなかった。


「嫌ぁ――!!」


 公園に、花子の悲鳴が響き渡った。


「うぐ……ぃ…………!!」


 炎の剣をまともに受けた聖也は、顔を歪ませながら後退した。

 右足と胴体に蒼色の炎が纏っている。本来なら致命に至る攻撃なのだが、聖也は立ち続けている。

 だが彼も痛みを感じないわけではない。炎で魂を焼かれる感覚に全身を震わせていた。


「み、水は!?」


 花子は近くに水道がないか探し始めるが――


「無駄だ、花子!」


 涼香が制止の声を上げる。


「蒼色の炎は、一度付いたら消すことはできない。魂が燃え尽きるか、和人が意図的に能力を解除するか、あるいは和人の意識を奪わない限り、永遠に燃え続ける」


(それにしても、和人の炎を広範囲に受けても立ち続けられるのか……凄まじい精神力と、魂の耐久度だ…………)


「そ、そんな! お願い和人くん! 消して!!」

「!? 花子!? それに、涼香も……」


 ここで和人は、二人の存在に気づいた。


「このままだと聖也が――!」

「わかってる! だが、あいつを引き留めるには、限界まで止めるわけにはいかねぇ!!」

「――オレは止まらない」


 選択肢がないように見えた聖也。

 だが彼は、まだ自分の意志を曲げずにいる。


「この程度で折れたら、この先もやっていけない。ヘアクラーズの皆のためにも……」

「ヘア、クラーズ……?」

「花子さん……ごめん」


 聖也はついに、自身の口から正体を明かす。


「オレはヘアクラーズ(ナンバー)1〔ブラオ〕。ヘアクラーズのリーダーを務めさせている」

「う、嘘…………!?」

「昔は〔ロストファルベ〕なんて呼ばれていた時期もあった。今もオレの正体を知ってる人から呼ばれることもあるが……この名前、花子なら聞き覚えがあるよな…………?」

「ぁ……ぁあ…………!」


 花子は思考が追いつかず、頭を抑える。


「ロスト、ファルベ……? 何処かで聞いたことがあるような…………」


 涼香が過去の記憶を漁っている中、和人が答えを出した。


「あいつが学生時代に、トラオムの連中に付けられていたコードネームだ。この名前は、学校内でも広まった。『花子を守る時だけに動く、トラオム狩りの《アインスター》がいる』ってな。その正体は、《ツヴァイスター》なんだが」

「あぁ! そんな噂が流れていたな! その正体が聖也なのか……色々と凄い奴だな。最強系主人公もビックリの経歴だ」

「……オレはもう、後戻りできない。今の仲間のためにも……腐ったアイドル業界に平和をもたらすためにも、オレは進み続ける。それが叶わないのなら、オレはここで死んでもいい――」


 聖也は左目に巻かれている包帯を解いた。


「!?」

「!?」

「!?」


 彼が左目を怪我してから、包帯越しの目を見るのは今回が初めて。和人たち三人は、左目に釘付けになった。

 包帯が解かれた左目はまだ瞼を閉じている。顔の左上から左目にかけて大きな切り傷が残っており、開ける事は不可能に思えたが――





「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」





 聖也が左目の瞼を開き、瞳を露わにした。


「…………!!」


 それを見た花子は感動を覚え、両膝を地面に落とし涙を流す。


「相変わらず、奇妙な目をしているな……」


 そう零したのは、涼香。


「――なんだよ……左目、治ってたんじゃねぇか……!!」


 戦闘中でありながら、思わず安堵した和人。


 聖也の左目は、普通の目をしていない。

 瞳孔、虹彩、角膜が視認できず、結膜の色は白ではなく、黒に限りなく近い青色。

 そして目の全体に、白と錆色の斑点が無数にばらまかれていた。その斑点は不規則に点滅を繰り返しており、見る人によっては気分を害するもの。だが()()()からは、夜空に光る星のように見えるようだ。


「…………【ミーニング・マイライフ】」


 聖也が【スカー】とは別の能力名を口に出した。


「!?」


(あの能力だけはヤバい……!!)


 聖也が持つ、もう一つの能力。

 その詳細を誰よりも知っている和人は、何としても阻止しようと突進を試みる。


「――ぐッ! だよな……!!」


 しかし、その動きを聖也は、和人が足に力を込めたのを見て阻止する。

 出血させたままの右手から血の槍を生成。それを飛ばし、和人の足に刺して制止させたのだ。

 左目を露わにしら聖也は、全生物を越える動体視力を持つ。僅かな筋肉の動きすらも、彼は捉える事ができるのだ。

 そして邪魔するものがなくなったことで、もう一つの能力が解放される。


「!? なんだ!?」


 驚きの声を上げたのは、涼香。彼女だけ、聖也の【ミーニング・マイライフ】を見たことがなかった。

 聖也の左目から青色の光が放たれると、目の斑点が消え、隠れていた瞳が姿を見せる。

 それと同時に、聖也を中心に周囲が色素を失っていく。その範囲は公園全体――一般的な学校の校庭と同じくらいの大きさだ。その範囲に入っている者は、モノクロ作品の中に入ったような感覚に襲われる。

 そして能力の範囲内上空に、無数の目が結界を張るように浮かび上がる。範囲内にいる人物を、隈無く監視するように。


「……俺をどう料理するつもりなんだ? 幻覚を見せるのか? 痛みを倍返しにするのか?」


 和人は諦めたかのように、聖也にそう訊ねる。

 聖也のもう一つの能力――『六感支配』


 『視覚』


 『聴覚』


 『嗅覚』


 『味覚』


 『触覚』


 そして、理屈で説明できない『直感』をも支配してしまう能力だ。


 能力の範囲内であれば、全ての人間の六感を思うがままにできる、ヘアクラーズのトップが持つに相応しい力だ。


「……和人にそんな回りくどいこと、するわけないだろ」


 聖也は両足に力を込める。


「【ミーニング・マイライフ】――《ハイドアンドシーク》」

「!? マジかよ!!」


 和人が驚くのも束の間、聖也が前に駆け出すと同時に姿が見えなくなる。


(最短で俺を沈める気だ! クソ、どうする!?)


 周囲を見渡しても、聖也の姿は見つからない。

 彼が移動している足音も、動いていることによって生じる風も感じない。彼が感覚を支配している以上、仮に感じられたとしても、幻覚である可能性も高いのだ。


(落ち着け……ここまで来たら、博打するしかねぇだろ……!)


 和人は目を閉じ、攻撃のタイミングを計る。

 和人は自身の体に電流が走るような感覚に合わせて、目を開く。


「ここだぁ!!」


 彼は直感で聖也がいる方向――とは真逆の方向を向く。

 直感すら支配されるのを、彼は分かっていたからだ。


「!?」


 そして和人の動きが正しかったように、彼の目の前には聖也の姿が。見破られたことに、聖也は驚いた表情を見せている。


「歯を食いしばれ、聖也ぁ!!」


 和人は勢いに任せて、拳を振り下ろす。


 ――しかし、現実は無情である。


「――和人なら、そう動くと思った」


 和人の拳は聖也に当たると同時に、聖也の姿が煙のように消える。

 彼が見ていた聖也は、幻覚によるものであった。

 本物の聖也は、和人が直感で感じた方角――とも違う場所にいたのだ。


「がッ――――!?」


 聖也は手刀を和人のうなじに落とす。

 強い衝撃に和人は耐えきれず、意識を失って前に倒れた。


「…………」


 和人が意識を失ったことで、聖也の体に纏わり付いていた、蒼の炎が消滅する。

 それを確認した聖也は能力を解除し、周囲に色素が戻った。同時に、聖也の左目に斑点も戻る。


「……なんでも有りじゃないか……勝てる奴、いるん?」


 一連の流れを見た涼香が和人に歩み寄り、息がある事を確認する。


「本気を出した瑛土さんと三咲さんには、オレでも勝てないです。特に、五感を意図的に遮断できる三咲さんには」


 聖也は答えながら、右手に包帯を巻く。


「それと……涼香先輩の力を得た和人にも。先輩が駆けつけた時に《()()()()()》していれば、オレを止められたかもしれないのに、どうしてしなかったんですか?」


 聖也が謎の単語を口にしながら、涼香に聞いた。


「正直に言うと聖也、私は君の力を甘く見ていた。和人が蒼色の炎を出して負けるとは思わなかった。まぁ、仮に力量差が分かったとしても、男同士の喧嘩に割り込むのは、性に合わなくてね。ヘアクラーズのトップをするのも、()()にすればいいと思ってる。この中だと、私が一番の部外者だから……どのみち、私に止める権利はない」

「……話の分かる人で助かります」


 彼女の考えを聞いた聖也は、この場を去ろうとする。


「――待って!!」


 それを阻止したのは、花子。

 彼の腕を掴み、制止させた。


「……ヘアクラーズを続けてもいいよ。誰にも言わないから……だからもう…………もう、何処かに行かないで……! 私の傍にいて!」

「!」


 告白にも近い言葉を受けた聖也。

 一瞬気持ちが揺らぎそうになる。だが仲間の顔が浮かび、聖也は唇を出血させるほど強く噛み、気持ちを抑えた。


「ごめん、花子さん……オレはもう……花子さんが知っている()じゃない。どうか、()を忘れてくれ。その方が…………絶対に幸せになれるから」


 聖也は花子の腕を解き、再び歩み始める。

 だが花子は諦めない。


「嫌!! 聖也くんのいない人生、幸せになんてなれない!!」


 今度は後ろから抱きしめられる。


「…………」


 聖也は彼女にかける言葉を見つけられずにいる。

 自分が取った行動の重さを、今になって実感していた。

 花子の内心を知っていたらという後悔と、今からでもヘアクラーズを辞めて、彼女と一緒に過ごしたいという欲望。父の無念を晴らしたい、父と似た境遇の仲間を無下にしたくないという想いが、聖也の中で衝突している。吐けるなら今この場でゲロをぶちまけたい気持ちになっていた。


 そんな中、助け船が出たようにある人物が公園に辿り着く。



「――我が主、ご無事で何よりです」


 公園に訪れた人物は、藍白俊樹。

 通話が途中で切れたことに、万が一のことがあってはマズいと考えた彼は、GPSを頼って公園にやってきたのだ。


「えっ、俊樹くん…………!?」


 彼と面識があった花子が驚きの声を上げた。


「お久しぶりです、花子さん――いえ、花子様。妹たちに作詞作曲のコツを教えてくれた恩は、今も忘れてませんよ」

「行方不明じゃ…………えっ、もしかして……ヘアクラーズ、なの…………?」

「……まだ花子様に情報が行ってないのですね。バレるのも時間の問題…………花子様のご察しの通りです」

「う、そ…………!?」

「俊樹、和人の手当てを頼む」

「かしこまりました」


 聖也に言われるがまま、俊樹は和人の手当てを始める。


「俊樹……ってことは、藍白俊樹であってます!?」


 和人の隣にいた涼香が、俊樹のことを知っていた。


「よくご存知ですね」

「もちろん! 私、【リクト・アン・ダンケルハイト】のファンだったんすよ! 妹さんたちのことは……その……お悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます。ファンからその言葉を聞いたのは、今回が初めてです」


 涼香と会話しながらも、俊樹は素早く和人の治療を終えていた。


「終わりました。行きましょう、我が主。皆が待ってます」

「…………」

「それとも、ここに残りますか? 主の決断であれば、皆納得しますよ」

「冗談を言うな」

「冗談ではありません。皆、あなたに命を救われました。その命をどう扱おうと、主の勝手です。皆がそう思って、あなたについてきています」

「…………」


 聖也は花子の腕を解く。


「これが最善なんだ……ヘアクラーズの皆が……花子さんたちが平和に暮らせる世界にするには、オレが動くしかない。それがきっと、この命の意味かもしれないから――」


 聖也が言葉を言い終えると同時に、俊樹が煙幕を張る。


「行かないで、()()()――!!」


 花子は煙幕の中に突っ込むも、既に聖也たちの姿はなかった。

 勢い余った花子は、前に倒れてしまう。


「意味なら……いくらでも私があげるから…………!!」


 花子は倒れたまま、涙を流し続ける。


「……命の意味――ねぇ…………」


 涼香は意識を失ったままの和人の横で、タバコに火を点ける。



「……そんなもの、誰にもないだろ」


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