第三話 高嶺の花と疫病神さん
「和人くん!? なんでここにいるの!?」
社長室に入ってきた少女――花子が、和人の姿を見て驚いた。
「あー、どういう因果なのか、こいつがアイドルにスカウトされてな」
和人は隣に座っている涼香を指差しながら答えた。
「えっ、涼香先輩が!? もしかして、同じ事務所に入ったの!?」
「そういう訳だから、人気奪ったらごめん」
「人気出てもアイドルと見られなさそうだけどな」
「よろしくね! ――あっ、そうだ!」
花子は、自身が社長室に来た目的を忘れて、和人の前に回り込んで訊ねる。
「聖也くんって、元気にしてる?」
「あぁ、五日前に会ったばかりだぜ。あいつがどうした?」
「実は――」
花子はスマホを取り出し、チャットアプリを起動させて、それを和人に見せる。
画面には聖也とのやり取りが写っているが、花子のメッセージに既読がついていない。
『聖也くん、調子どう? 新曲聞いてくれた?』
と送ったのが四週間前。
『聖也くん?』
と送ったのはニ週間前。
『今のお仕事、結構忙しい?』
と送ったのは丁度五日前。
和人が聖也とあった日にも連絡が入っている。
不安になった花子はニ日前にアプリ内通話を三度もかけるも、不在着信となっている。
「聖也くんに連絡をしても、何も反応がないの……」
「そこまで反応がないのは異常だな……」
「……彼女ができたって話は? それで他の女性と連絡を絶って……」
「あいつが? ないない! あいつヘタレだし、俺と同じ喫煙者に転落したから。今の時代、喫煙者がモテねぇし、というか彼女出来たならタバコやめそうだしな、あいつ!」
「和人がヘタレって人の事言えるのか? 私と何年も同棲してたのに童貞なのは、いかがなものかと?」
「涼香、お前は黙ってろ。――聖也のやつ、遠慮してるぜ。てか本人がそう言ってた。メッセージ送るの控えてるって」
「どうして?」
「住んでる世界が違うから――って言ってたな。同級生なんだから遠慮しなくていいとは思うが……とりあえず、俺からもあいつに返信しとけって話しとくわ」
「ありがとう!」
花子は安心したように息を吐き、小さな声で「良かった、彼女いないんだ……」と呟いた。
その言葉を、和人は聞き逃さなかった。
(おいおい、こりゃ脈ありの反応じゃねぇか。遠慮する理由が見つからねぇ。昼休みにでも電話して言ってやるか)
「ゴホン……久しぶりの再会に水を差してすまないが、私に何か用事があるんじゃなかったのか?」
社長席で会話を黙って聞いていた拓真が、咳払いをした。
「この後、野暮用で事務所の外に出る。今のうちに話を聞かせてくれ」
「す、すみません! 実は――」
花子は和人の前を離れ、拓真の元へ相談に行く。
数秒後、蓮次郎が口を開いた。
「……あの花子さんと仲が良かったなんて、本当に只者じゃないんですね!?」
「同級生がビッグアイドルになったって話です。仲についても、義弟の友達っていう繋がりです」
ここで言う義弟は、聖也を指している。
「? 花子ってそんなに凄いのか?」
「凄いってレベルじゃないですよ!!」
涼香が素っ気なく聞くと、蓮次郎が声を張り上げた。
涼香は驚き、咥えていたタバコを落としそうになる。
「彼女は人懐っこさと褒め上手な性格から、デビュー初期から圧倒的な人気を集めた! ビジュアルも完璧で、彼女をCMに起用すると爆発的に売れることから、オフォーが後を絶たない! 更に彼女の凄さは、楽曲の作詞作曲を自分で行っていること! デビュー曲から自分で仕上げ、『君の隣に咲く花』は二ヶ月連続首位を獲得!! その後も――」
「わかった! わかったから近くで大声を出さないでくれ!」
「はっ! 大変失礼しました!」
熱くなっていた蓮次郎は、涼香に頭に下げる。
「失礼と思ったならタバコを買ってこい」
「サラッと集ろうとすんな」
和人がツッコミを入れていると、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
その音が次第に近づくと、社長室の扉がバッと開かれた。
「花子ちゃん、います!?」
スーツを着た黒髪の三十代男性が、汗を流しながら訊ねた。
「あっ、おはようプロデューサー!」
振り返った花子が、男性に笑顔で挨拶を送る。
(あれが花子のプロデューサー……聖也と同じ優男タイプか?)
和人が男性を見つめている。
「おはよう! ――じゃない! 事務所に行くなら電話してくれ! 君の身に何かあったらマズいだろ!」
「大丈夫だよ! 一人でいたときに、襲われたことないから! 逆に、プロデューサーと一緒にいるときの方が、トラブル率高いんだよねー……」
「うぐっ!」
花子の言葉に傷ついたのか、男性は思わず膝を落とす。
「……担当アイドルに疫病神扱いされるとは、哀れだな……零」
花子の相談を受け終えた拓真は、零と呼んだ男性の横に立つ。
「花子のファンからもマネージャー扱いされているようじゃ、この先が思いやられる。ボディガードとしてはピカイチだから、もう少し威厳を出せるように胸を張れ」
そう言って、拓真は社長室を抜けて外へ出ようとした――が、何かを見て一旦引き返してくる。
「不思議と今日は皆早起きだな。会わせたいアイドル達がフロントで待機しているから、挨拶してほしい。その後の仕事は、こいつに聞いてくれ」
拓真は零の肩に手を当てた後、事務所を去って行った。
「…………」
(拓真さんがピカイチ――っていうくらいだから、あの人が護衛で最強格で間違いないのか……ただ正直、強そうに見えないというか……なんか頼りないというか……)
「あ、あはは……」
零は苦笑いを浮かべながら、立ち上がる。
「見苦しいところを見せてゴメン。僕の名前は湊零。花子ちゃんの護衛とプロデューサーを務めている。よろしくね」
和人達に向けて、微笑みを浮かべながら簡単な自己紹介を述べた。
それに合わせて、和人と涼香も立ち上がる。
「赤沼和人です。こいつ――涼香のボディガードです」
「茜宮涼香っす。座右の銘は『楽して金稼ぎたい』っす」
「座右の銘でもなんでもねぇ、ただの願望だろ」
「あはは……とりあえず、待ってる皆のところへ自己紹介しに行こう。僕が和人くんを案内するから、花子ちゃんが涼香ちゃんを案内してあげて」
「わかった! 涼香先輩、フロントで他の子が待ってるよ!」
「ふっ、私の圧倒的な魅力でねじ伏せてくれる……!」
「敵じゃねぇからな、ライバルになる可能性はあるにしろ」
涼香は花子の後に続いて、社長室を抜ける。
「というより、俺と涼香を別々にするってことは、行き先はフロントじゃないんですか?」
「うん。アイドル達のストレスにならないように、護衛は別の場所で待機するんだ。そっちに案内するよ! ……っと、その前に蓮次郎くん」
「はい!」
名を呼ばれ、蓮次郎が立ち上がる。
「今のうちに、配信で使う機材の確認をしてほしいかな」
「承知致しました!」
蓮次郎は駆け足で社長室を抜けていった。
「さて、行こっか」
「はい」
和人は零の後に続き、護衛用の待機室へ足を運んでいく。
(馴染めるかどうか……俺のことだ。絶対誰かと揉めることになる……)