第二十一話 衝突する赤と青
「…………」
時刻は二十三時前。
和人はマンションのベランダで、煙草を吸いながら、外の景色を眺めていた。
握手会は何事もなく終わり、和人、涼香、花子の三人はそのまま帰宅している。本来は、櫨染姉弟や結生も交えた打ち上げ会を予定していたのだ。しかし、ヘアクラーズとの戦闘で早風が重傷を負い、現場に駆けつけた零は今も後処理に追われているため、後日行うこととなった。
「先輩の部屋、意外と普通ですね!」
すると、隣に住んでいる涼香の部屋から、花子の声が聞こえてくる。
ガラス戸を開け、網戸一枚の状態にしているため、和人にも会話が鮮明に聞こえてきた。
「意外とは何だ、意外とは」
「こう、ピカピカしたもの多く置いてそうなイメージがありました!」
「あぁ、ゲーマーが愛用している無駄に光る置物か。あんなの置いても何のメリットもないからな。さて、私の部屋だし、タバコ吸ってもいいよね?」
「このタバコなら、良いですよ!」
「むっ、ハイライトか……中々渋いな。個人的に味は好きではないが、ニコチンを摂取できるなら何でもいいか……」
「ハイ、ライト……」
そのタバコの銘柄を聞いた和人の頭に、聖也の顔が浮かんできた。
そして、彼の正体と向き合う時が来ている。
(正体がわかったところで、どうしようもねぇ……あいつに会う手段が――――)
「――――――――嘘だろ?」
和人は思わず、咥えていた煙草を落とす。
ベランダは、マンションの入り口側にある。見下ろせば当然、入り口が見える。
偶然――本当に偶然、その入り口から青髪の青年が外に出るのを、和人は捉えたのだ。
後ろ姿だが、彼が青年の正体を見間違えることはなかった。
その人物は――青住聖也。
(なんであいつがこのマンションから!? いや、考えてる場合じゃねぇ!!)
和人は飛び出すようにベランダから自室を突き抜け、外に出る。
エレベーターを降りようとするも、一階で止まっていた。今から呼んでは時間がかかる。
和人はすぐ左側にある、非常階段を全速力で降り、マンションの入り口から地上に出た。
聖也はまだ正面に捉えられる距離にいる。
(…………ここで呼び止めたら、花子に気づかれる。気配を消して、後を追おう)
まだ花子と会わせる訳にはいかないと考えた和人は、足音を立てず物陰に隠れながら、聖也の後を追い続ける。
しばらく追跡していると、いつも気分転換に来ていた公園に辿り着く。
「…………」
公園の中心のところで突如、聖也は足を止める。
「――相変わらず、気配を消すのが上手いな」
「…………」
聖也は振り返りながら、ドーム型の遊具に隠れている和人の存在を見抜いた。
「……オレじゃなきゃ、気づけなかった」
「――いいや」
和人は聖也の目前に姿を見せる。
「お前の側近も、俺の隠密に気づけた。優秀な部下――いや、仲間を持ったみたいだな……聖也――いや、ヘアクラーズのリーダー」
和人はついに、聖也の正体を口に出した。
知らぬふりをすることも出来たが、聖也と向き合うためにも、彼の素性を深掘りしていくことを選んだ。
「……もう、オレの正体に気づいたか」
「そりゃ、明かしてくださいと言わんばかりのヒントを、仲間が出していたからな……さて、久しぶりの再会で悪いが…………なんであんな馬鹿な真似をしている?」
「馬鹿なのはわかっている、だが、オレがやらなきゃ、犠牲者が増えるだけだ」
「アイドル業界の改革が狙いなら、花子の護衛をやりながらでも出来るだろ! むしろ、内側の人間が行えば、正当性も強くなる。なんで花子の勧誘を断ったんだ!? 会ったんだろ!?」
「…………オレは――いや、オレたちは本来、アイドル業界から身を引くべき存在だ。ヘアクラーズは、業界の餌食になった者たちの集まりだ……オレも含めて、な」
聖也はタバコを取り出し、火を点けて吸い始める。
(一人称といい口調といい、普段の取り繕った聖也の様子とは違う。自我を前に出しているってことは、余程の覚悟を持って動いているってことだな)
彼に釣られるよう、和人もタバコを吸い始めた。
「――オレが社会人になって間もなく…………父さんに会った」
「父さんって……まさか!?」
「そのまさか。オレと同じ血が流れている、父さんにだ」
「再会、できたんだな……だが、それとアイドル業界に、何の関係が?」
「父さんは殺された――――銀鼠壱に」
「は? 会長に?」
思わぬ人物の名が出てきたことに、和人は困惑した。
「オレの母さんが何者かに殺された話は、覚えているか?」
「当たり前だ。それが要因となって……《ツヴァイスター》になったことも」
「父さんから聞いた話だと、母さんはアイドルをしていたそうだ。オレが生まれた時には引退していたが……業界との柵からは逃れられなかったみたいだ。母さんは過去に、枕営業を無理強いさせられていたが、父さんと結ばれたことでそれはなくなった。
だが、業界を離れたことで、母さんを縛るものはなくなったとも言える。母さんが枕営業の実態をマスコミに売るのを恐れた企業の社長は、壱に殺しを依頼。彼直属の部下が動き、母さんを殺した」
「そん、な……となると、聖也の父さんは、復讐を!?」
「あぁ…………オレを瑛土さんたちに託したのは、復讐を果たすためと、壱の関係者から守るため……だが、それも失敗に終わった」
「…………」
「父さんは、母さんを守れなかったこと。オレを自分の手で育てられなかった後悔を口にしながら、この世を去った。…………あの言葉を聞いたら、父さんの復讐を継がないわけにはいかないだろ」
「…………」
聖也が体験した重い現実に、和人は何も言うことができなかった。
「オレの素性は、きっと壱にもバレている。だが、奴が手を出してこないのは、オレの実力を測り切れてないからだろう。一応、誰も手出しできなかった、トラオムの先代ボスを殺してるわけだからな」
(もし聖也の素性がバレているのなら、会長は俺が聖也の義兄であるのをわかった上で、普通に会話していたのか……)
会長と話した日を思い出し、和人は鳥肌を立てる。
「オレが花子さんの護衛に付いたら、彼女の身を危険に晒すことになってしまう。オレは……断るしかなかった」
「お前が復讐を継がなきゃ、違っていただろうが――」
「黙れ!!」
聖也は声を張り上げ、落としたタバコを強く踏みつける。
「……それはオレが一番わかってるんだよ…………花子さんが、オレを勧誘したいと分かっていれば、退いていたかもしれない…………オレは、過ちを犯した……もう、後戻りはできない」
「まだ間に合うかもしれねぇだろ!」
「今の仲間を!! 見捨てろと言うのか!?」
「その仲間も一緒に来ればいいだろ!! 俺が拓真さんに何とかできるよう交渉はする!!」
「そういう問題ではない! 皆は業界に貪られ、裏切られ、失望させられた人たちだ! 一緒に護衛業を勤しめる者はいない! オレが命令しても、体が拒否反応を起こすだろう!! ……オレがアイドル業界の表舞台に行くとなれば、腐った業界連中の排除を志す皆の想いを裏切ってしまう。それだけは……したくない」
「…………」
(聖也が仲間に固執する理由は、なんとなく分かる。学生時代、散々腫れ物扱いされていたからな……)
「……和人も、アイドルの護衛を通してわかっただろ? 今の腐った業界の実態を」
「あぁ……わかっているつもりだ」
和人は結生のプロデューサーのことを思い出す。
和人の予想通り、プロデューサーがトラオムと手を組んでいたのが事実であったことを、零から聞いていた。そして彼が何者かによって射殺されたことも。
(殺したのは、恐らくヘアクラーズの誰か。状況的に、聖也の可能性が高い)
「涼香先輩も、その毒牙に刺さる可能性は否定できない。そうなる前に……諸悪の根源を潰さないか? オレは、和人がいれば壱も敵ではないと、考えている」
聖也は、和人を自らヘアクラーズに勧誘する。
「…………悪いが、俺は遠慮させてもらう。涼香がアイドルを続ける以上は、俺はその護衛に専念したい。会長が涼香に手を出そうとしたのなら、その時は遠慮無く……会長を殺す。それまでは、あいつの活動を応援したい」
「そうか……和人がそう言うのなら、これ以上勧誘はしない。先輩が業界の闇に飲まれないよう、気を付けてくれ。…………花子さんのことも、よろしく頼む」
そう言うと、聖也はこの場を去ろうとした。
「――おい、何逃げようとしてんだ?」
だが和人は、彼のことを諦めきれなかった。
和人の言葉に、聖也は足を止める。
「話は決裂した。別々の道を歩むのが、互いのためじゃないか?」
「そうかもしれねぇが……それを言い訳に帰るわけにはいかねぇんだ。花子と約束しちまったからな……」
「花子さん、と……?」
「あぁ。次会ったら、問答無用で事務所に連れて行くってな! たとえ、お前と喧嘩になってもだ!!」
「……やめてくれ。今のオレは、昔の僕じゃない。加減できるとは、限らない」
「ならいっそのこと、俺を殺してみろ! 俺は死ぬまで、諦めねぇつもりだ!!」
和人は聖也に向かって突進した。
――義理の兄弟による、哀しき戦いが幕を開ける。




