第十八話 ツヴァイスター
「僕の仲間を傷つけたんだ……タダで帰すわけにはいかないよ」
スタジオに駆けつけた零は、拳銃を俊樹に向けて構えていた。
彼は物陰に隠れていた結生からの救援連絡を受け、花子たちの元を去ってここに来たのだ。
「湊零……まさか、お前の方から姿を見せてくるか……!」
俊樹は口角を上げていた。
零に対しては、早風にしていた敬語はない。
「プロデューサー、早風くんと早織ちゃんをお願い。特に、早風くんの怪我が酷い」
「わかりました!」
早織プロデューサーは、意識を失った二人の体を運び出す。
その作業を一人で行うため、時間がかかっている。
「……意外だね。この隙に攻撃すると思ってたよ」
「二人は旧友。俺としても、死なせたくはない」
俊樹はプロデューサーが早風たちを安全な場所に運び終えるのを待っていた。
「湊零……お前は主から重要人物としてマークされているが、心辺りはあるか?」
「さぁ……僕は、普通に過ごしてきただけだから。強いて言うなら、人気アイドルの傍にいるから、逆恨みされることは多々ある」
「主が言うには、前科持ちのようだが?」
「身に覚えはないよ……僕には」
「……なるほど、そういうことか」
何かを察した俊樹。
「何かともあれ……お前を目撃した以上、こちらもこのまま帰るわけにはいかない」
俊樹は大鎌を構え、零に向かって走り出す。
零は迎撃するため、拳銃の引き金を引いて弾丸を放つ。弾丸は俊樹へ真っ直ぐ飛んでいくも、すり抜けたかのように当たらなかった。俊樹は人の目に捉えられない、最小限の動きで弾丸を躱したのだ。
俊樹は大鎌を横に振り、鎌の先を零の側頭部に突き刺そうとする。
「速い!」
零は攻撃を回避するため、後ろに跳躍した。
彼の体が宙に浮いたのを、俊樹は見逃さない。
「【アエウイ】!」
右手を前に突きだし、拳を握る。俊樹は能力で、『見えない巨大な手』を生成し、零を掴もうとした。
「…………!?」
零は何事もなく、地面に着地する。本来であれば、『手』に掴まれて宙に浮いているところを。
俊樹は、思わず自分の手を見ている。
その様子を、後ろで見守っていた丈留と雅彦が不思議に思う。
「外した?」
「いや……この状況で、あいつがそんなヘマをすることはない。俺らに見えない、何かが起こったんだろう……それが何かは、わからないが…………」
雅彦の直感は当たっていた。
俊樹の能力で生成した物体は、本人にしかみることができない。彼が生成した『巨大な手』が、零に触れる直前、跡形もなく消滅したのだ。
「……まさか」
俊樹は試すように『見えない槍』を生成し、零へ投げ飛ばす。
「……?」
俊樹の能力を把握していない零は、それを躱すことができない。しかし、『槍』は零の体に触れる寸前で消滅する。まるで、最初から何もなかったかのように。
「そうか……そういうことか」
俊樹は、零が発動している能力に確信を持った。
零の能力――その一つは【ヌルスター】
自身に触れる能力を、無差別に打ち消す――対特化型の能力だ。
(奴は何を理解した? まさか、既に能力を――!?)
俊樹の発言を耳にし、零は能力を悟られたことに気づく。
「ならば、純粋な白兵戦に持ち込むまでだ」
俊樹は素早く零と距離を詰める。そして、重量のある大鎌を素早く振り下ろした。
一連の動きに一切の無駄はなく、戦闘慣れした相手でも躱すのは難しい攻撃だ。
「――【ブリンケン】」
しかし、俊樹の攻撃が当たることはなかった。
攻撃が当たる直前、目の前から零の姿が消えたのだ。
「!?」
俊樹は背後から迫る殺気を感じ、超反応で身を横にずらす。
いつの間にか彼の背後に回り込んでいた零が、懐から取り出したナイフで突き刺そうとしたのだ。
この攻撃を躱すだけでも神業だが、俊樹はそのまま身を翻し、大鎌を横に振って零を斬ろうとする。
(妙な動きをする……。!? また殺気が――!?)
大鎌が零に当たる寸前――零はまたしても俊樹の背後を取っており、彼の背中にナイフを突き刺そうとする。俊樹は人間離れした反応を見せ、振り返りながらナイフを躱してみせる。だがそれと同時に、零は瞬間移動の如く、三度俊樹の背後を取る。
「くっ!」
俊樹は能力で、零との間に『見えない壁』を生成。零が『壁』に触れる前に蹴り、彼との距離を置いた。
――カチンッ!
「何だ!?」
零は勢いのままナイフを突き出すも、『見えない壁』によって弾かれる。空いている左手を前に出し、『壁』に触れたことで初めて『見えない物』の存在に気づく。
「これが、奴の能力か……」
「忘れていた……お前が、《ツヴァイスター》であることを……!」
零は《ツヴァイスター》――すなわち、能力を二つ保有しているのだ。
そしてそのもう一つの能力は、【ブリンケン】
瞬間移動を行えるシンプルな能力だ。効果範囲は半径五メートルと短いが、能力を使用するのに消費する魂のエネルギー量が非常に少なく、連発することが可能。体を凄まじ速度で移動させるタイプではなく、自身が指定した座標へワープするタイプの瞬間移動であるため、体への負担もゼロに等しいのだ。
「僕の攻撃をここまで躱されたのは初めてだよ……君がヘアクラーズのリーダー――ではないんだよね……主と呼ぶ人がいるみたいだし……」
「左様。我が主は、俺の十倍は強い。そしてお前よりも……確実に……」
「この短時間で、断言できるんだね」
「当然。お前の能力には明確な弱点が存在する。いや、弱点を能力同士で作り出している――といった方が正しいか」
「……というと?」
「お前は……《ツヴァイスター》として致命的な欠陥を持っている」
俊樹は右手を前に出し、
「【アエウイ】――《レゲン・アンシクト》」
指を鳴らした。
すると、零の頭上に『見えない撒菱』が無数に生成され、雨のように落ちてくる。
(見えない何かが来る……!)
「【ヌルスター】!」
零は能力を使い、『撒菱』を体に触れる寸前で打ち消す。
その中、俊樹は零との距離を詰め、大鎌を横に振る。零は瞬間移動を使わずに、身を屈めて回避する。それと同時に、手にしていたナイフを零に向けて投げ飛ばす。俊樹は難なくナイフを左手で掴み取った。
それと同時に、零は瞬間移動で俊樹の背後を取り、蹴りを入れようとする。
「――甘い」
その動きを読んでいた俊樹は、手にしたナイフで振り返る事なく後方へ突き立てる。
ナイフの先は、零の頭を正確に捉えていた。零は避けるために、今度は俊樹の前方へ瞬間移動。
「それも読んでいるぞ!」
俊樹は右手に持ったままの大鎌を引き、零の体を上下に分断しようとする。
零はそれに反応して横に瞬間移動したが――
「んぐッ!?」
足に鋭い痛みが走った。
俊樹が振らせたのは、『撒菱』 それが零の足を貫いたのだ。
「やはりな!」
俊樹は一瞬動きが止まった零に、大鎌を当てようと振る。
零は大鎌が当たる前に瞬間移動を連発させて、俊樹との距離を置いた。
「危なかった……」
零の弱点――それは、能力を二つ同時に使用できないこと。
正確には同時に発動した場合、【ヌルスター】の能力によって【ブリンケン】の能力が消えてしまうのだ。そのため、【ブリンケン】を使用する際は、【ヌルスター】を解除する必要がある。
零が『撒菱』を踏んでしまったのは、それが原因だ。
「どうした? それでもファルベの護衛で一番を務めているんだろ? 俺がトップを張っていた時の格を落とさないでほしいものだ」
俊樹はナイフを他所に投げ捨て、大鎌を構え直しながら挑発する。
「……君が、社長が話してた藍白俊樹くん、だったのか……」
「違う――と言いたかったが、早風さんと再会してしまった時点で、もう正体を隠すこともできなくなったな」
「…………なら――」
零は懐から、謎の肌色の液体が入った注射器を取り出す。
「本気を出しても……誰も怒らないな……」
そして彼は自身の左胸に注射器を刺し、液体を注入した。
「ほう、まだ引き出しがあったか……」
俊樹は警戒心を高め、零を凝視する。
だが、零は尋常じゃない速度で、俊樹の目の前から消えた。
その速度は、早風をも凌駕していた。
(獣に近い動き……能力ではないな……!)
零は俊樹の背後に回っている。その際、零が通ったところに置かれていた『撒菱』が無くなっていた。それが、能力の瞬間移動を使っていないことの何よりも証明である。
零は予備のナイフを取り出し、俊樹の首に刺そうとした。山育ちで勘が鋭い俊樹は、目視せずに攻撃を躱し、その勢いで振り返りながら大鎌も振る。
「何ッ!?」
零はこの攻撃を回避する――俊樹はそう考えていた。
しかし零は前進して大鎌の刃を躱し、俊樹の腹にナイフを刺したのだ。
「ちぃ!!」
俊樹は仕切り直そうと、後ろへ後退する。その際、大鎌も一緒に引いて零の体を巻き込もうとした。
普通ならここで身を屈めて回避する選択を取るのだが、零はそのまま前進を続けた。俊樹の後退速度は、早風でも追いつくのが難しい速度を出していたが、零は難なく至近距離をキープ。腹に刺したナイフを抜き、もう一度俊樹の体を刺そうとする。
「そう来るか!」
俊樹も敢えて後退を止め、零に突進するように懐に入る。零のナイフを躱した後、彼に蹴りを入れた。彼の体は大きく吹き飛ぶも、華麗な宙返りを見せながら綺麗に着地してみせる。
「ちっ……俺が傷を負うのは何年ぶりだ……!」
俊樹は腹の刺し傷を、左手で抑える。
「何を注入したのかはわからんが……本気を見せてくれたお礼を、こちらも返さねばな……!」
俊樹は大鎌を地面に落とし、左胸に右手の平を当てる。
「【アエウイ】…………《リベレ――」
そして何かを解放しようとしたところ、突如としてロックバンドの曲が周囲に響き始める。
音の出所は、俊樹のスマホ。彼のもとに、着信が入ったのだ。
その着信が聖也からであるのを見るまでもなくわかっていた俊樹は、何の躊躇いもなく電話に出る。
「お疲れ様です、我が主」
『〔ファーブロス〕、こちらは片付いた。紅藤結生のプロデューサーが何故かこっちに逃げていたが、オレが始末しておいた。まだ戦闘中なのかもしれないが、撤退してくれ』
「お待ちください! 私の目の前に、湊零がいるのです! こいつを殺してから――」
『ダメだ。零を今殺すのはマズい』
「……何故です?」
聖也も狙っているはずの標的を、逃がせという指示が出てきたことに俊樹は困惑する。
(今、話しているのがリーダーなんだな……どこかで、聞いたことある声だ……)
一方、零は無防備な俊樹に攻撃を仕掛けず、会話に耳を傾けていた。
攻撃すれば、俊樹の身を案じた、正体不明のリーダーが助けに来る可能性がある。零に謎の力を引き出させた俊樹自身が、十倍も強い人だと豪語した人物だ。今戦闘になった場合、俊樹も合わさることも考えれば、勝てる可能性が低いという結論に至ったため、待機することを選んだ。
『前に話さなかったか? 奴が護衛してるアイドルは、オレの親友だ。今零を殺せば、彼女の身が危険になる可能性が高い。彼女の身の安全が確保できたと判断した上で、オレが確実に殺す』
「ですが――!」
『それに、お前が戦ってるということは、仲間に負傷者が出たんだろ? オレは零を殺すことより、お前らの命の方が大切だ……頼む、撤退してくれ』
「……かしこまりました」
電話を切ると同時に、俊樹は隠し持っていた煙玉を複数落とし、スタジオ全体を煙に包ませる。
それが消えた頃には俊樹の他、雅彦たちの姿も消えていた。
「…………彼らのリーダーって……いや、まさかな」
零は俊樹たちを追いかけることをせず、結生たちと合流するのであった。




