表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
33/48

第十五話 徹底した偽善

 写真撮影スタジオにて。

 早風たちは、スタジオに潜んでいた茶髪の男と対峙していた。


「あなたは……トラオムで合ってるよね……?」

「違う――と言って、誤魔化しても時間の無駄か……」


 早風が訊ねると、茶髪の男は彼にナイフを構える。


「トラオム・ワーレン第四幹部『カンケル』だ。今日は楽にアイドル狩りできると思ったんだがなぁ……このおっさんがボロを出しちまうとは……俺は大人しく、適当な理由を付けて家で待機しろって言ったのに……」

「――君たちが仕事をするところを見てみたかった……ただ、それだけだ」


 結生プロデューサーは、ついに本性を露わにした。


「プロデューサーさん……嘘、ですよね…………?」


 結生は顔を青くしながら、足を引く。


「こうするしかなかったのさ……ははっ」


 彼女の反応に対し、プロデューサーは乾いた笑いを浮かべる。


「何故だ!? なぜこんな馬鹿な真似を!?」


 そう叫んだのは、早織プロデューサー。同じアイドルを導く者として、怒りを感じていたのだ。


「あなたのような敏腕プロデューサーにはわかりませんよ……俺の苦労なんて。トラオムに情報を与えなきゃ、食っていけなかっただけだ……」

「そ、そんな!? プロデューサーさんだって、ちゃんと給料を――!?」

「結生ちゃん、君の給料の半分――って言ったら、信じてくれるかい?」

「えっ…………!?」


 結生はその言葉に驚く。

 新人である彼女の月給は、約十八万。もしプロデューサーの話が本当であれば、彼の月給は十万を切ることになる。


「事務所内で、プロデューサーの給料がアイドル、護衛と比べて低いのは知っているだろ。そして、プロデューサーの給料は、アイドルの活躍に比例する……結生ちゃんを、悪く言うつもりはないけど……」

「そんな……私のせいで…………!」


 結生は自分がアイドルとして活躍できていないばかりに、プロデューサーを苦しめさせていたことへ、強い罪悪感を覚える。

 しかし、ここで早織が彼女のフォローに入る。


「結生さん、あなたは何も悪くありませんわ。アイドルとプロデューサーは共同体のようなもの。アイドルを活躍させられずに貧しい思いをしているのは、自身の腕が足りないだけです」


 早織は結生プロデューサーに対し、辛辣な言葉をぶつけた。


「それにあなた、過去に担当したアイドルとトラブルがあったみたいですわね。念のため、身辺についても多少調べておきました」

「!?」


 彼女の吐いた情報に、結生プロデューサーは表情を変える。


「過度なセクハラでアイドルが引退し、社長に辞めるか給料大幅カットのどちらかを迫られた際、後者を選んだみたいですね。被害者面して給料が少ないことを話してましたが、結局のところ自業自得ですわ」

「黙れ!! お嬢様のお前に何がわかる!!」


 結生プロデューサーが逆ギレを起こした。


「見苦しいですわね……こんな悪事に手を染めずとも、借金なり体売るなりすればよろしくて。わたくしの父もそう、私と早風を育てるため……プライドを捨てて借金をしていました」

「しゃ、借金!?」


 結生は、裕福にしか見えない早織の家庭が借金をしていたことに驚いた。

 翔一が和人に話していたように、櫨染家は決して裕福ではなく、貧しい家庭だ。そして、姉弟は父の男手一つで育てられていた経験を持っている。今はその立場が逆転しているが。


「守るべきものがいる奴と、そうじゃない奴を比較するな!!」

「あら、結生さんはその対象じゃございませんの?」

「それ、は……」


 結生プロデューサーが言葉を詰まらせると、早織は溜め息を吐く。


「その様子だと……今回の計画に便乗して、我々アイドルを物にするつもりだったのでしょう。そうでなければ、結生さんを無下にするような選択を取りませんもの」

「…………カンケル、やれ」


 反論出来なくなったプロデューサーは、カンケルに指示を出す。


「待ちくたびれたっての」


 茶髪カンケルは指を鳴らすと、スタジオ内に男が五人――まるで瞬間移動をしたかのように姿を見せた。

 この仕掛けについて、早風は見抜いている。


「透明化能力の類いだね……しかも、他人に付与できるタイプの……」

「その通り。つっても、他の奴は大きく動くとそれが消えるから、結構不便だけどね……俺は違うがな!!」


 茶髪は透明化し、早風の裏へ回り込む。

 早風は足音を聞いて茶髪の位置を特定し、屋内に流れる不自然な風を肌に感じさせながら、茶髪のナイフ攻撃を躱す。回避に関しては、完璧に読むことが不可能なため、勘を頼るしかない状況だ。


「スタッフの皆さんは、避難してくださいまし!」

「こっちです!」


 早織が声を上げ、彼女のプロデューサーがスタッフたちを裏口へ誘導する。


「――あなたはダメです! 一旦寝ててください!」


 それに紛れて逃げようとした、結生プロデューサーの悪事に荷担したスタッフだけを早織プロデューサーが組み伏せ、そのまま絞め技に繋げてスタッフの意識を飛ばした。



 ~♪


 早風が戦闘に入って早々、彼のスマホに着信が入る。翔一からの緊急電話なのはわかっていたが、透明化した相手を前に集中を削ぐことができなかった。


「姉さん!」


 そこで早風は自身のスマホを早織に投げ渡す。

 彼女は受け取り、迷うことなく電話に出る。


「もしもし、弟に代わってわたくしが担当しますわ」

『早織さん!? ……いや、この際誰でもいい。たった今、不審な人物が()()――いや、()()()()だったか? ともあれ、内部に侵入した。動き的に警備員をあっさり搔いくぐるはず。奴らは仮面を付けていた……つまり――』

「ヘアクラーズ、ですわね」

「えっ!?」


 姉の声を聞いた早風の集中が一瞬切れる。


「よそ見厳禁だぜ!!」


 その隙を突こうと、透明化状態の茶髪が早風にナイフを振る。

 だが早風は隙を見せたにも関わらず、ナイフを避けて視認できない茶髪に打撃を与えた。


「うぐッ!! お前、本当は見えてんじゃねぇのか……!?」


 腹に拳を受けた茶髪は、その痛みで透明化が解け、早風と距離を置いた。


「能力に頼り過ぎてて、動きが単調……よく、幹部になれたね……」


 早風はダメ出しと挑発を合わせた言葉を吐く。

 その言葉に怒りを覚えた茶髪は、部下に指示を出そうとする。


「言ってくれるじゃねぇか! おい、お前らもボケッとしてないで、さっさと――」


 ――ドンッ!


 その瞬間――スタジオの出入り口の扉が、勢いよく蹴り開けられる。

 中に入ってきたのは、二人の男。

 一人はオレンジ髪をした、二十代ぐらいの男性。顔には、怒った表情が描かれた仮面が付いている。

 もう一人は、明らかに十歳前後にしか見えない、若すぎる少年。何も描かれていない仮面で顔を隠しているが、小柄な体型と綺麗すぎる白い肌から、彼がまだ幼い身であることが見てわかる。

 その二人の人物の名は、雅彦まさひこ丈留たける

 翔一と早織の推測通り、ヘアクラーズが乗り込んできたのだ。


「人間の皮を被ったクズを駆除しに来たぜ!」

「……無関係なスタッフは、殆ど逃げたみたいだね」


 雅彦は鎖分銅を振り回しており、既に戦闘態勢に入っていた。

 丈留は周囲を見渡し、殺すべき敵を確認する。


「お前ら、ヘアクラーズか!?」


 茶髪は二人の方を向く。


「ヘア、クラーズ……」


 攻撃するチャンスではあったが、早風は得体の知れない彼らの方に注意を向ける。

 下手に動けば、自分が攻撃される可能性もあると考えたからだ。


「おうよ! 俺はヘアクラーズ(ナンバー)3、〔オランジェ〕だ!」

「……これ、僕も名乗らないとダメな奴?」

「名乗っとけ! 今なら合法的に中二病を発揮しても誰も怒らない!」

「はぁ……ヘアクラーズ№7、〔ハオト〕」


 二人は律儀にコードネームを名乗った。


「№3だと!? ……ここで倒せば俺の昇進は間違いないな!」

「おーおー、大きな声で死亡フラグを立てていいのか?」

「……№は加入順番だから、強さを表してるわけじゃない。そしてこいつは、そんなに強くないと思う」

「おい〔ハオト〕!? ここは先輩を立たせるところだぞ!? その上、さり気なくディスってないか!?」


「なんでもいい! ヘアクラーズを殺せば泊は付く!! お前ら、やれ!!」


 茶髪が指示を出すと、部下の男五人が一斉にヘアクラーズの二人に襲いかかる。


「雑魚が何人いようが、関係ねぇ!」


 雅彦オランジェは鎖分銅を連続で投げ、部下二人の顔を的確に潰す。


「子供だろうと容赦しねぇぞ!!」


 部下が丈留ハオトに拳銃を向けるが――


「がッ――は――!!」


 部下が引き金を引くよりも早く、丈留が拳銃を取り出して弾丸を放っていた。

 その弾丸は部下の眉間に命中。


「【ケーグル】――《オービット・アンダーラング》」


 弾丸は部下を通り抜けた後も軌道を変え、残りの部下二人のこめかみを一気に貫き通った。


 二人はほんの一瞬で、五人の部下を殺したのだ。


「クソが……【トランスパレント】……!」


 一人になった茶髪は能力を使い、透明になる。

 その状態でヘアクラーズの二人に襲いかかろうとするが。


「――僕もいるよ」


 それよりも前に、すぐ傍にいた早風が足払いをし、茶髪を横に転ばせた。


「ぐはッ!」


 横に倒れた茶髪は、思わず能力を解いてまう。


「運がないな、あんた!」


 その隙に雅彦が鎖分銅を振り降ろし、茶髪の頭を砕く。


「が――ぁ――!!」


 茶髪の頭の中身が、床に散らばる。

 透明化という能力単体でも最上位の強さを持つ男が、あっさりとこの世を去った。

 彼が特別弱かったわけではないのだが、今回は本当に運がなかった。


「うっ……!」


 茶髪の死に様を見た結生が、思わずその場で嘔吐してしまった。

 頭が砕け、脳味噌が露出している死体を見たのだ。普通の人なら吐くであろう。


「流石にこの現場は辛いものがありますわね……プロデューサー、彼女を連れて物陰に隠れててください」

「わかりました」


 早織プロデューサーは結生の体を支えながら、裏口の陰に隠れる。

 スタッフと同じ場所へ誘導しなかったのは、万が一そこを襲撃された際、早風の護衛が間に合わないからだ。


 茶髪にトドメを刺した雅彦は、早風にお礼を告げる。


「確か、櫨染早織の弟さんだっけ? 協力に感謝するぜ」

「……利害が、一致しただけ」


(ヘアクラーズ……トラオムと戦う分には、敵にはならないのか……)


「ひ、ひぃ!」


 戦闘が行われた中でも、最後までその場にいた結生プロデューサー。

 無様に死んだ茶髪の姿を見て、逃げだそうと走り出す。


「おいおい、逃がすわけないだろ!」


 その動きを見逃さなかった雅彦は、鎖分銅を彼にぶつけようとした。


「!?」


 だが、その攻撃は当たらなかった。

 飛ばした鎖分銅を早風が先回りし、右手で受け止めたのだ。


「なんだ? 庇うのか? 〔ハオト〕!」

「言われなくても!」


 丈留は拳銃を結生プロデューサーに向け、弾丸を放った。

 その弾丸も、早風は手にした鎖分銅で防ぐ。

 早風が守ったことで、結生プロデューサーはこの場から離れてしまう。


「……おい、なんであいつを庇った?」


 雅彦は鎖分銅を強く引く。早風は引き込まれないよう、手を離した。


「あいつが内通者で、紅藤結生と櫨染早織を危険に晒そうとしたことは、既に把握してるんだぜ」

「僕が庇わなかったら……殺してたよね?」

「当たり前だろ? あんな奴を放置したら、また被害者が出るぞ。現に、アイドル二人が狙われた。生かしたって意味ないぜ」

「確かに、あのプロデューサーはやってはいけない事を犯した……でも、彼を罰するべきはこの国の法律だ。未遂で終わった今回の件も踏まえて、彼を私刑で裁くのは割りに合わないと思った……ただ、それだけ」

「法律だぁ? ……それ、日本の刑務所に任せるって意味だよな?」


 雅彦の声が低くなる。


「捕まれば、懲役刑は間違いないと思うよ」

「……ぬるい、ぬるいんだよ……それじゃ……」

「ヘアクラーズの考えを否定する気はないけど、それがこの国の――」

「うるせぇ!!」


 雅彦は怒鳴り声を上げ、床を強く踏む。


「あんな生ぬるい刑務所で、犯罪者が更正すると思ってんのか!? するわけねぇんだよ! そうなるんだったら、俺の家族があんな殺され方するわけねぇんだ!!」

「〔オランジェ〕、落ち着いて」


 丈留が抑えようとするも、怒り狂った雅彦が早風に向かって走り出す。


「てめぇみたいな甘い奴がいるから、大切な人が死んでいくんだ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ