第十五話 徹底した偽善
写真撮影スタジオにて。
早風たちは、スタジオに潜んでいた茶髪の男と対峙していた。
「あなたは……トラオムで合ってるよね……?」
「違う――と言って、誤魔化しても時間の無駄か……」
早風が訊ねると、茶髪の男は彼にナイフを構える。
「トラオム・ワーレン第四幹部『カンケル』だ。今日は楽にアイドル狩りできると思ったんだがなぁ……このおっさんがボロを出しちまうとは……俺は大人しく、適当な理由を付けて家で待機しろって言ったのに……」
「――君たちが仕事をするところを見てみたかった……ただ、それだけだ」
結生プロデューサーは、ついに本性を露わにした。
「プロデューサーさん……嘘、ですよね…………?」
結生は顔を青くしながら、足を引く。
「こうするしかなかったのさ……ははっ」
彼女の反応に対し、プロデューサーは乾いた笑いを浮かべる。
「何故だ!? なぜこんな馬鹿な真似を!?」
そう叫んだのは、早織プロデューサー。同じアイドルを導く者として、怒りを感じていたのだ。
「あなたのような敏腕プロデューサーにはわかりませんよ……俺の苦労なんて。トラオムに情報を与えなきゃ、食っていけなかっただけだ……」
「そ、そんな!? プロデューサーさんだって、ちゃんと給料を――!?」
「結生ちゃん、君の給料の半分――って言ったら、信じてくれるかい?」
「えっ…………!?」
結生はその言葉に驚く。
新人である彼女の月給は、約十八万。もしプロデューサーの話が本当であれば、彼の月給は十万を切ることになる。
「事務所内で、プロデューサーの給料がアイドル、護衛と比べて低いのは知っているだろ。そして、プロデューサーの給料は、アイドルの活躍に比例する……結生ちゃんを、悪く言うつもりはないけど……」
「そんな……私のせいで…………!」
結生は自分がアイドルとして活躍できていないばかりに、プロデューサーを苦しめさせていたことへ、強い罪悪感を覚える。
しかし、ここで早織が彼女のフォローに入る。
「結生さん、あなたは何も悪くありませんわ。アイドルとプロデューサーは共同体のようなもの。アイドルを活躍させられずに貧しい思いをしているのは、自身の腕が足りないだけです」
早織は結生プロデューサーに対し、辛辣な言葉をぶつけた。
「それにあなた、過去に担当したアイドルとトラブルがあったみたいですわね。念のため、身辺についても多少調べておきました」
「!?」
彼女の吐いた情報に、結生プロデューサーは表情を変える。
「過度なセクハラでアイドルが引退し、社長に辞めるか給料大幅カットのどちらかを迫られた際、後者を選んだみたいですね。被害者面して給料が少ないことを話してましたが、結局のところ自業自得ですわ」
「黙れ!! お嬢様のお前に何がわかる!!」
結生プロデューサーが逆ギレを起こした。
「見苦しいですわね……こんな悪事に手を染めずとも、借金なり体売るなりすればよろしくて。私の父もそう、私と早風を育てるため……プライドを捨てて借金をしていました」
「しゃ、借金!?」
結生は、裕福にしか見えない早織の家庭が借金をしていたことに驚いた。
翔一が和人に話していたように、櫨染家は決して裕福ではなく、貧しい家庭だ。そして、姉弟は父の男手一つで育てられていた経験を持っている。今はその立場が逆転しているが。
「守るべきものがいる奴と、そうじゃない奴を比較するな!!」
「あら、結生さんはその対象じゃございませんの?」
「それ、は……」
結生プロデューサーが言葉を詰まらせると、早織は溜め息を吐く。
「その様子だと……今回の計画に便乗して、我々アイドルを物にするつもりだったのでしょう。そうでなければ、結生さんを無下にするような選択を取りませんもの」
「…………カンケル、やれ」
反論出来なくなったプロデューサーは、カンケルに指示を出す。
「待ちくたびれたっての」
茶髪は指を鳴らすと、スタジオ内に男が五人――まるで瞬間移動をしたかのように姿を見せた。
この仕掛けについて、早風は見抜いている。
「透明化能力の類いだね……しかも、他人に付与できるタイプの……」
「その通り。つっても、他の奴は大きく動くとそれが消えるから、結構不便だけどね……俺は違うがな!!」
茶髪は透明化し、早風の裏へ回り込む。
早風は足音を聞いて茶髪の位置を特定し、屋内に流れる不自然な風を肌に感じさせながら、茶髪のナイフ攻撃を躱す。回避に関しては、完璧に読むことが不可能なため、勘を頼るしかない状況だ。
「スタッフの皆さんは、避難してくださいまし!」
「こっちです!」
早織が声を上げ、彼女のプロデューサーがスタッフたちを裏口へ誘導する。
「――あなたはダメです! 一旦寝ててください!」
それに紛れて逃げようとした、結生プロデューサーの悪事に荷担したスタッフだけを早織プロデューサーが組み伏せ、そのまま絞め技に繋げてスタッフの意識を飛ばした。
~♪
早風が戦闘に入って早々、彼のスマホに着信が入る。翔一からの緊急電話なのはわかっていたが、透明化した相手を前に集中を削ぐことができなかった。
「姉さん!」
そこで早風は自身のスマホを早織に投げ渡す。
彼女は受け取り、迷うことなく電話に出る。
「もしもし、弟に代わって私が担当しますわ」
『早織さん!? ……いや、この際誰でもいい。たった今、不審な人物が三人――いや、二人だけだったか? ともあれ、内部に侵入した。動き的に警備員をあっさり搔いくぐるはず。奴らは仮面を付けていた……つまり――』
「ヘアクラーズ、ですわね」
「えっ!?」
姉の声を聞いた早風の集中が一瞬切れる。
「よそ見厳禁だぜ!!」
その隙を突こうと、透明化状態の茶髪が早風にナイフを振る。
だが早風は隙を見せたにも関わらず、ナイフを避けて視認できない茶髪に打撃を与えた。
「うぐッ!! お前、本当は見えてんじゃねぇのか……!?」
腹に拳を受けた茶髪は、その痛みで透明化が解け、早風と距離を置いた。
「能力に頼り過ぎてて、動きが単調……よく、幹部になれたね……」
早風はダメ出しと挑発を合わせた言葉を吐く。
その言葉に怒りを覚えた茶髪は、部下に指示を出そうとする。
「言ってくれるじゃねぇか! おい、お前らもボケッとしてないで、さっさと――」
――ドンッ!
その瞬間――スタジオの出入り口の扉が、勢いよく蹴り開けられる。
中に入ってきたのは、二人の男。
一人はオレンジ髪をした、二十代ぐらいの男性。顔には、怒った表情が描かれた仮面が付いている。
もう一人は、明らかに十歳前後にしか見えない、若すぎる少年。何も描かれていない仮面で顔を隠しているが、小柄な体型と綺麗すぎる白い肌から、彼がまだ幼い身であることが見てわかる。
その二人の人物の名は、雅彦と丈留。
翔一と早織の推測通り、ヘアクラーズが乗り込んできたのだ。
「人間の皮を被ったクズを駆除しに来たぜ!」
「……無関係なスタッフは、殆ど逃げたみたいだね」
雅彦は鎖分銅を振り回しており、既に戦闘態勢に入っていた。
丈留は周囲を見渡し、殺すべき敵を確認する。
「お前ら、ヘアクラーズか!?」
茶髪は二人の方を向く。
「ヘア、クラーズ……」
攻撃するチャンスではあったが、早風は得体の知れない彼らの方に注意を向ける。
下手に動けば、自分が攻撃される可能性もあると考えたからだ。
「おうよ! 俺はヘアクラーズ№3、〔オランジェ〕だ!」
「……これ、僕も名乗らないとダメな奴?」
「名乗っとけ! 今なら合法的に中二病を発揮しても誰も怒らない!」
「はぁ……ヘアクラーズ№7、〔ハオト〕」
二人は律儀にコードネームを名乗った。
「№3だと!? ……ここで倒せば俺の昇進は間違いないな!」
「おーおー、大きな声で死亡フラグを立てていいのか?」
「……№は加入順番だから、強さを表してるわけじゃない。そしてこいつは、そんなに強くないと思う」
「おい〔ハオト〕!? ここは先輩を立たせるところだぞ!? その上、さり気なくディスってないか!?」
「なんでもいい! ヘアクラーズを殺せば泊は付く!! お前ら、やれ!!」
茶髪が指示を出すと、部下の男五人が一斉にヘアクラーズの二人に襲いかかる。
「雑魚が何人いようが、関係ねぇ!」
雅彦は鎖分銅を連続で投げ、部下二人の顔を的確に潰す。
「子供だろうと容赦しねぇぞ!!」
部下が丈留に拳銃を向けるが――
「がッ――は――!!」
部下が引き金を引くよりも早く、丈留が拳銃を取り出して弾丸を放っていた。
その弾丸は部下の眉間に命中。
「【ケーグル】――《オービット・アンダーラング》」
弾丸は部下を通り抜けた後も軌道を変え、残りの部下二人のこめかみを一気に貫き通った。
二人はほんの一瞬で、五人の部下を殺したのだ。
「クソが……【トランスパレント】……!」
一人になった茶髪は能力を使い、透明になる。
その状態でヘアクラーズの二人に襲いかかろうとするが。
「――僕もいるよ」
それよりも前に、すぐ傍にいた早風が足払いをし、茶髪を横に転ばせた。
「ぐはッ!」
横に倒れた茶髪は、思わず能力を解いてまう。
「運がないな、あんた!」
その隙に雅彦が鎖分銅を振り降ろし、茶髪の頭を砕く。
「が――ぁ――!!」
茶髪の頭の中身が、床に散らばる。
透明化という能力単体でも最上位の強さを持つ男が、あっさりとこの世を去った。
彼が特別弱かったわけではないのだが、今回は本当に運がなかった。
「うっ……!」
茶髪の死に様を見た結生が、思わずその場で嘔吐してしまった。
頭が砕け、脳味噌が露出している死体を見たのだ。普通の人なら吐くであろう。
「流石にこの現場は辛いものがありますわね……プロデューサー、彼女を連れて物陰に隠れててください」
「わかりました」
早織プロデューサーは結生の体を支えながら、裏口の陰に隠れる。
スタッフと同じ場所へ誘導しなかったのは、万が一そこを襲撃された際、早風の護衛が間に合わないからだ。
茶髪にトドメを刺した雅彦は、早風にお礼を告げる。
「確か、櫨染早織の弟さんだっけ? 協力に感謝するぜ」
「……利害が、一致しただけ」
(ヘアクラーズ……トラオムと戦う分には、敵にはならないのか……)
「ひ、ひぃ!」
戦闘が行われた中でも、最後までその場にいた結生プロデューサー。
無様に死んだ茶髪の姿を見て、逃げだそうと走り出す。
「おいおい、逃がすわけないだろ!」
その動きを見逃さなかった雅彦は、鎖分銅を彼にぶつけようとした。
「!?」
だが、その攻撃は当たらなかった。
飛ばした鎖分銅を早風が先回りし、右手で受け止めたのだ。
「なんだ? 庇うのか? 〔ハオト〕!」
「言われなくても!」
丈留は拳銃を結生プロデューサーに向け、弾丸を放った。
その弾丸も、早風は手にした鎖分銅で防ぐ。
早風が守ったことで、結生プロデューサーはこの場から離れてしまう。
「……おい、なんであいつを庇った?」
雅彦は鎖分銅を強く引く。早風は引き込まれないよう、手を離した。
「あいつが内通者で、紅藤結生と櫨染早織を危険に晒そうとしたことは、既に把握してるんだぜ」
「僕が庇わなかったら……殺してたよね?」
「当たり前だろ? あんな奴を放置したら、また被害者が出るぞ。現に、アイドル二人が狙われた。生かしたって意味ないぜ」
「確かに、あのプロデューサーはやってはいけない事を犯した……でも、彼を罰するべきはこの国の法律だ。未遂で終わった今回の件も踏まえて、彼を私刑で裁くのは割りに合わないと思った……ただ、それだけ」
「法律だぁ? ……それ、日本の刑務所に任せるって意味だよな?」
雅彦の声が低くなる。
「捕まれば、懲役刑は間違いないと思うよ」
「……ぬるい、ぬるいんだよ……それじゃ……」
「ヘアクラーズの考えを否定する気はないけど、それがこの国の――」
「うるせぇ!!」
雅彦は怒鳴り声を上げ、床を強く踏む。
「あんな生ぬるい刑務所で、犯罪者が更正すると思ってんのか!? するわけねぇんだよ! そうなるんだったら、俺の家族があんな殺され方するわけねぇんだ!!」
「〔オランジェ〕、落ち着いて」
丈留が抑えようとするも、怒り狂った雅彦が早風に向かって走り出す。
「てめぇみたいな甘い奴がいるから、大切な人が死んでいくんだ!!」




