第十四話 証拠なんてなくていい。ただボコボコにしたいだけ。
花子のライブが始まる直前。
ライブ会場から二キロ程離れた場所にある撮影スタジオにて、結生と早織は雑誌の写真撮影を行っていた。
「結生ちゃん、ちょっと表情硬いかも。リラックスリラックス!」
カメラマンの指摘通り、結生は緊張で上手く笑顔が作れていなかった。
「す、すみません!」
「緊張してます?」
すると、結生の隣にいる早織が、長年の経験を活かしたアドバイスを行う。
「可愛いものを見ると、自然と笑顔になれますわ。今だけ、早風を見て発情することを許可します」
「あはは……言い方、どうにかなりませんか?」
大先輩からのアドバイス(?)を貰った結生は、当たりの強い言葉を放った。
カメラマンの後ろに立っている早風も苦笑いを浮かべている。
「た、大変です!」
すると、外回りをしていたスタッフが、声を荒げる。
それに対し、結生のプロデューサーが反応する。
「どうかしました?」
「外で警備員が何者かと戦っています! 恐らく、トラオムの可能性が高いかと!!」
「えぇ!?」
スタッフの報告に驚いたのは、結生だけ。
「…………」
「…………」
一方、何かを思うところがあるのか、櫨染姉弟は表情を変えない。
「やはり来たか……早風くん。申し訳ないが、外の警備員と合流して、トラオムの連中を撃退してくれないか?」
「わかりました……でも…………その前に――」
早風はスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
その行動に、結生プロデューサーが首を傾げる。
「? 何がしたいのかはわからないが、急いで現場に向かった方がいい。警備員だけじゃ長くは持たないだろう」
「――早風くんに、何か考えがあるんじゃないですか?」
早風のフォローに入ったのは、早織のプロデューサーだ。
「電話をするのなら、走ってでもできるじゃないか?」
「あら? 走って電話しないと、何か不都合があるのかしら?」
そこに、姉の熱いサポートも入ってくる。
「警備員だって訓練を受けています。そう簡単にやられるようなら、報告が入った時点で内部に侵入出来ているはずです」
「今こうして話している内に、入って来たらどうする?」
「その場で戦えばよろしくて? お言葉ですが、あなたの言動……まるで、早風を外に出さないと不都合があるような、そのような感じに聞こえますわ」
「不都合も何も、一秒も早く警備員と合流するのが、現状の最善策であろう」
結生プロデューサーが反論を述べている内に、電話が繋がる。
『お疲れ、早風』
「お疲れ……翔一くん」
早風が電話をかけた相手は、翔一だった。
「外で警備員がトラオムと戦闘になったみたいなんだけど……確認できる?」
『戦闘だぁ? しばらく周辺をグルグル回っているが、至って平和だ』
翔一は現在、早風たちがいる建物の外周を歩き続けている。
彼は、既に退院していたのだ。
まだ完治しておらず、戦える状態でもなかったため、夏実と共に休養期間に入っていた。
「わかった…………ごめん、お休み中なのに……」
『気にすんな。俺が入院してる間、夏実の護衛を務めてくれた恩を返しているだけだ』
「ありがとう……引き続き、見回りをお願い」
『了解だ。何かあったらすぐに連絡する』
そう言って、二人の通話が終了する。
「……外に、異常はないみたいですね?」
早風は、異常の報告をしたスタッフの方を向いて問う。
「そ、そんなはずは……!」
スタッフは明らかに焦った顔をしており、結生プロデューサーの方に視線を向ける。
その動きを見逃すまいと、早織がストレートな質問を投げた。
「私、回りくどいことが苦手なので、単刀直入に訊ねます。結生さんのプロデューサー……あなた、トラオムに情報を売ってません?」
「なっ!? 何を言い出すんだ!?」
結生プロデューサーは、動揺し始める。
「スタッフの方はトラオムの人か、ただプロデューサーに協調しただけの共犯者か……それは一旦置いておきます。あなたの様子がおかしかったことは、和人さんから聞いておりますの。以前彼があなたとご一緒した際、護衛の死に動揺を見せなかったみたいですわね……」
「大人として正しい立ち振る舞いをしただけだ!」
「悲しむのを抑えるのが大人というのでございましたら、私は一生お子様のままでいいですわね……それはそれとしてもう一つ…………ラジオの収録スタジオにも、トラオムの構成員が侵入したそうですね。警備員を搔いくぐって」
「そいつは一般人に偽装していた! 警備員とて見抜けるはずが――」
「無関係者の一般人を、著名人が集まるスタジオにあっさり通すとお考えで?」
「……!」
「あらあら、嘘が下手ですわね。『バレずに侵入した可能性があっただろ』とでも仰れば、まだ討論が続きましたのに」
結生プロデューサーが、ボロを出した。
櫨染姉弟は、始めから彼が内通者であることを疑っていたのだ。
二日前に、和人から彼の様子が変だった事を聞いた。その話から、トラオムと関係を持っていると考え、休養中の翔一に協力を仰いだ。翔一が外を巡回し、不審者が中に入ってくるか、外で暴れてないかを監視するために。
そして姉弟は、もし本当に結生プロデューサーが内通者であった時に、彼が取る計画についても考えていた。トラオムと繋がっているのであれば、狙うのはアイドル。その上で脅威となるのは、護衛を務める早風。彼は何らかの方法で早風を現場から離れさせるだろうと予測し、今日を挑んだのだ。
「プロデューサーさん……嘘……ですよね…………?」
彼が黒である可能性が高くなったこの状況。結生は絶望した表情を見せる。
「結生ちゃん、誤解だ! 仮に俺が内通者だとしたら、陽動として外にも構成員を配置させる! 本当に暴れさせたら……監視役がいたとしても、早風くんは行かざるを得ない!」
「それをしなかったのは…………護衛の数を増やさないため」
彼の発言に対し、早風は自信の考えを口にする。
「警備員が訓練を受けていることは……とぼけたフリをしていただけで、あなたもわかっていたはず。今日は人気のある姉さんの写真撮影だから……警備員も普段より多い。制圧できなくても時間は稼げるよ。その間に……空きのある護衛を呼ぶことは容易だ。実際、ファルベは何かあってもいいように……アイドルを自宅待機させて、その護衛が非常事態に陥った現場に駆けつけられるよう、スケジュールが組まれている。これを知っていたから……あなたは本当の暴動を起こすことなく、ブラフにかけようとした。
でも、この計画自体……僕を相手にしてる時点で、破綻しているよ。僕の仕事は、アイドルを守ること。警備員の命なんて、二の次だから……僕があなたを疑ってなかったとしても、この場で電話をして、非番の護衛を向かわせる。非番が到着するまでの時間稼ぎで現場に行くことなく、ここで待機するよ。たとえ…………その間に、警備員が何人か死んでしまったとしても。それ以上に姉さんと結生さんの方が大切だ」
早風は長年護衛を務めてきたプロ。常にアイドルを――姉を守ることを最優先事項に置いているのだ。
「それは早風くんの勝手な想像だ! 証拠が何一つ出ていないではないか!!」
「……確かに、証拠は出てませんわね……なので、今からあなたをボコボコにして、スマホを取り上げますわ」
すると、早織は力業で解決することを提示してきた。
これには隣の結生も「えぇ……」と引く。
「そんな無茶苦茶な!」
「言いましたわ、回りくどいことが苦手ですと」
「――僕も、姉さんに賛同」
早風は周囲を見渡しながら、早織の案に同調する。
「さっきから微かに……本当に微かだけど、殺気を感じる。それも複数……何処かにトラオムが隠れているか……スタッフの中に紛れている。姉さんが良ければ……一人一人、痛めつけるよ」
「姉弟揃って野蛮人が!!」
「早風、それはいけませんわ。無関係者には絶対に手を出すわけには行きませんもの。ただ、結生さんのプロデューサーは、態度が気にいらないので許可を――」
早織は途中で言葉を止めた。
結生の服に隠れていたタランチュラ――ブラウンが姿を現したのを見たからだ。
ブラウンは結生から離れ、何もない場所へ駆け出す。
「ブラウン!? どうしたの!?」
結生は驚きの声を上げる。ブラウンが一人勝手に自身から離れた経験がなかったからだ。
すると、ブラウンは何もない空中を登り始めた。
「あら? あのクモは能力持ちなのかしら?」
「それはないはずです!」
ブラウンは少し登ったところで足を止め、何もないはずの空中に噛みついた。
「――いッ!!」
この場にいない男の声が聞こえてくる。
すると、ブラウンが噛みついた場所から徐々に男の姿が見えるようになった。
ブラウンは、何らかの能力で透明になっていた男を探知し、彼の肩に噛みついたのだ。
「離れろ! キモい虫が!!」
男は右手に持っていたナイフでブラウンを突き刺そうとする。
ブラウンは瞬時に男から降り、ナイフを躱して結生の元へ帰った。
「がぁ……!!」
そして無様なことに、男はナイフを突き刺す勢いを止められず、自身の肩に深く刺してしまう。
「やっぱり。けど、あの人だけじゃない……まだ気配を感じ――っ!?」
刹那、早織に迫る謎の気配を察知。早風は彼女の背後に回り、直感を頼りに何もない空間に蹴りを入れる。
「――チッ! やっぱ無理があるか」
蹴りが入ることはなかったが、その攻撃を躱した男の姿がはっきりと視認できるようになった。
茶髪をしたその男は、二日前に部下を送り、早風の戦闘を遠くの建物で観察していた人物だ。
「あの無能な部下が、クモ如きに探知されるからだ」
茶髪の男は早風から距離を取ったかと思うと、ブラウンに咬まれた部下の男の背後を素早く取り、
「がぁ――ぁ――――!!」
無情にもナイフで部下の首を突き刺し、命を奪った。
茶髪の男は、死体になった部下の体で、ナイフに付いた血を拭う。
「はぁ…………楽に終わると思ったんだけどなぁー……」




