第二話 タバコを吸うアイドルってありですか?
(話ってなんだ? 涼香が改まるくらいだから、問題が起きたのか?)
聖也と別れた和人は、来た道を戻ってアパートに辿り着く。
扉の前に立った彼は鍵を開け、部屋の中に入った。
「ただい――ま…………?」
和人は玄関に足を踏み入れたところで硬直する。
「おかえり」
涼香がいるのは問題ないが、
「ど、どうも……」
スーツを来た黒髪の男性が、家に上がっていたのだ。
当然、和人は彼について何も知らない。
「……誰だてめぇ、涼香に彼氏がいるなんて聞いてねぇぞ…………!!」
怒りが爆発しそうになる和人。
それに反応してか、彼の右手から『蒼色』の炎が纏わり始める。
「早とちりするな和人、私に彼氏ができると思うか?」
「……………………思わないな、言われてみると」
冷静になったことで、和人の手から炎が消える。
「それはそれで傷つくぞ」
「んで、結局こいつは何者なんだ?」
和人が訊ねると、男性の方から近づいてくる。
「も、申し遅れました! 私、芸能事務所『ファルべ・プロダクション』所属のプロデューサー、琥珀蓮次郎と申します!」
蓮次郎と名乗った男性は、自身の名刺を差し出した。
「はい? 芸能事務所?」
和人は思わぬ客人の正体に疑問を抱きながら、名刺を受け取る。
「コンビニの喫煙所で吸ってたら、スカウトされた。要するに、面接とかスキップしてニートを卒業できるってことだろ?」
涼香はパソコンの前に座り、シューティングゲームを始めた。
(ファルべってことは、花子が所属してるアイドル事務所か……)
「とはいえ……あいつを――涼香をプロデュースするって、本気ですか?」
「――本気です」
「……人を見る目がないって、言われませんか?」
「そんなことはありませんよ! 彼女はアイドルになれる素質があります!」
蓮次郎は、和人相手に強気に出た。
「ほう……その根拠は?」
「透き通った彼女の姿は人形のように美しい。クールビューティーな印象から、あの始末!」
「くひひ……死体撃ちしてる瞬間が、一番生を実感できる……!」
涼香は不気味な笑みを浮かべながら、死体となった相手プレイヤーを屈伸しながら撃ち続けている。
「喫煙所で群れていた、ガラの悪い男たちも殴り飛ばしていたんです! あの人畜無害そうな雰囲気の彼女から出るアウトローな行動は、見る者の心を射貫くこと間違いなし!!」
「あの、アイドルとしてプロデュースするんですよね?」
「もちろん! 彼女のような人こそ、今のアイドル業界に必要なんです!!」
「事務所の評判が落ちるだけな気が…………」
「お願いします!!」
最後の手段として、蓮次郎は土下座をする。
「今日中にスカウトできないと、クビにされるんです!!」
「それ言ったらマズいやつですって!?」
和人が困惑していると、涼香がゲームを中断して会話に入る。
「私はやってもいいぞ、アイドル」
「マジで言ってんのかお前!?」
「彼の言動を聞くに、私はぶりっ子を演じること無く、素を出していいってことだろ? なら普段通り過ごすだけで金が手に入る、楽な仕事だ」
「ファンが付けばの話だがな」
「残念だが、ファンは必ず付く。世の中、どんなクソカス行動をしても可愛ければ全て許される。つまり、可愛い私は何をしても許される!」
涼香は顔の横でピースサインを作る。
(許されるかどうかは置いといて、実際アイドルできる顔ではあるんだよな……顔だけは)
「お前、琥珀蓮次郎と言ったな?」
涼香は蓮次郎の前に移動し、身を屈める。
「私は、お前にプロディースされてやってもいいぞ」
(なんで上から目線?)
「! ありがとうございます!!」
「ただ、一つだけ条件がある」
「……と、言いますと?」
蓮次郎が顔を上げ、涼香に訊ねる。
「アイドルになる上で、護衛は必須だろ? それに和人を任命したい」
「ちょ、勝手に巻き込むな!」
涼香の発言に、和人は戸惑う。
「護衛なんて、何もなければボケーッとしてるだけで金が貰える楽な仕事じゃないか。それに、お前に勝てる相手なんて限られてるし、戦闘面も余裕だろ?」
「簡単に言ってくれるがなぁ……」
「それとも、私の護衛をするのが嫌なのか?」
「そういう訳じゃねぇが……」
(アイドル業界は、瑛土さんたちと繋がりが強いから、何か問題を起こしたら迷惑かけちまう……)
「ん~……あっ」
何とかして和人をボディガードにしようと考えた涼香は、あることを思いつく。
「和人がそんなに嫌なら、別の人に頼もっかな~」
涼香は煽るようなイントネーションで話し始める。
和人は何か始まった……程度で聞き流そうとしたが――
「その人がカッコ良くて、強くて、ヤニ代も払ってくれたら、惚れちゃうかもな~」
「…………」
(フリなのはわかってる。わかっているが…………あぁ畜生!!)
涼香が知らないイケメンと結ばれるところを想像してしまった和人。
彼女に文句を吐くことが多いが、何だかんだ想いを寄せているのだ。
「あぁわかった!! 俺もニート生活は嫌だしな!!」
「ありがとう! 大好きだぞ、ダーリン!」
「気色悪い呼び方するな!」
※
――五日後の朝。
「思ってたよりチンケだな」
「それ、絶対社長の前で言うなよ」
涼香と和人は、蓮次郎の案内で事務所の前に来た。
ファルベ・プロダクションの事務所は、目立たない雑居ビルの三階に位置している。
蓮次郎を先頭に、三人は階段を上がって事務所の中へ入った。
初めに写った景色は、実家のリビングに来たような安心感。
柔らかそうなソファに、大画面のテレビ。机の上には、所属アイドルなら誰でも食べられるお菓子が備えられている。
朝早く到着していたため、待機しているアイドルやボディガード、プロディーサーの姿はなかった。
「ここって喫煙可?」
「申し訳ありませんが、禁煙です」
「チッ」
「我慢しろ。他のアイドルにタバコの臭いが移ったら営業妨害になるぞ」
涼香が不満そうな表情を浮かべていると、社長室の前に着く。
「言うまでもありませんが、失礼のないように」
「失礼! ……言ったからセーフだな」
「蓮次郎さん、こいつに礼儀を求めるのは諦めてください」
「そう、みたいですね……では――」
蓮次郎は扉をノックし、「失礼致します」と一礼してから扉を開ける。
部屋の窓際で、高級感溢れる椅子に座っている、白髪の生えた中年の男がいた。
その男こそ、ファルベ・プロダクションの社長だ。
「ほう……期日最終日に捕まえたのがどんな奴かと思えば……とんでもない大物を拾ってきたな」
男は和人と涼香の顔を見て、興味を示す。
特に和人の方を見つめながら。
「初めまして――ではないですよね、拓真さん」
「えっ、お知り合い……なんですか?」
二人の反応を見て、蓮次郎が恐る恐る訊ねた。
彼の問いに、拓真と呼ばれた男が答える。
「あぁ。彼は、私が過去にプロディースしたアイドルと、その護衛の息子だ。血は繋がってないが」
「……ってことは、星守瑛土さんと、三咲さんの息子さん!? き、昨日は無礼を働きましたぁ!!」
蓮次郎は和人に頭を下げた。
「気にしないでください。それで優遇されるのは嫌ですし、俺は問題児の方なので、下手に言われると瑛土さんに失礼です」
「無駄に謙虚だな……あいつに似ているな」
拓真は昔を懐かしむように、クスッと笑う。
「…………」
そんな中、涼香は拓真の机を黙って見つめていた。
机の上には、灰皿がある。
「……ここ、喫煙可だな」
そう言って、涼香は何の躊躇いもなくタバコを吸い始める。
「馬鹿! 少しは遠慮しろ!!」
和人は涼香の頭をはたく。
「ははっ、肝心のアイドルはとんでもないモンスターみたいだな」
拓真は勝手な行動をした涼香を叱ることなく、自身もタバコを吸い始める。
「立ちっぱなしは辛いだろう、座ってくれ」
拓真がそう言うと、和人たち三人は社長席に近いソファに座った。
「彼女のために自己紹介を挟もう。私は阿佐見拓真。この事務所の社長だ」
「よろしく」
「お前は敬語を使えねぇのか」
和人が注意するも、涼香はそれを無視して拓真に質問する。
「好き勝手にアイドルしていいって聞いたけど、本当?」
「あぁ……その言葉をそのまま汲み取る気はないが、人に好かれようと演じる必要はない」
拓真は椅子を横に向け、外の景色を眺め始める。
「昔よりも、アイドル狩りの数も増えている。君のような、ありのままを曝け出せるアイドルの登場で、世間の目が変われば、ファンがアイドルに抱く負の感情も変わる可能性がある」
「アイドル狩り?」
涼香がその言葉に引っかかると、蓮次郎が答える。
「アイドルに憎しみを持ったファンや、人気に妬んだ同業者が、アイドルを殺害する事件が多発しているんです。そのアイドル狩りも雇われが多いから、足も着きづらくてキリがありません」
「なるほどなるほど」
「早速で申し訳ないが、今日から動いてもらいたい。何せ、所属のアイドル三人が一度に集まってくれる。その中に、和人の同級生だった人物もいるぞ」
「!? もしかして――!?」
その直後、社長室の扉がノックされる。
「失礼します!」
一人の少女が元気よく入ってくる。
透き通った茶髪のロングヘアーをした少女。スレンダーともグラマーとも言い難い、バランスの取れたスタイルと、眩しい笑顔を放つ彼女は、男を引きつけるには強すぎる魔性の魅力を放っていた。
「社長! 新曲の相談が――って、えぇ!?」
少女は和人の顔を見た途端、驚きを露わにする。
それは、和人も同様だった。
「花子!?」
「和人くん!? なんでここにいるの!?」
彼女の名は、瑠璃川花子。
この場にはいない、聖也が想いを寄せている少女であった。