第十話 【死体撃ち上等】超絶美少女アイドルがFPSやってみた【茜宮涼香】
『諸君、待たせたな! 私だ。茜宮涼香だ』
それから一週間が経過した。
無事に引っ越しを済ませた和人と涼香。
涼香は早速、自室で生配信を始めていた。彼女の口には、当たり前のように火の着いたタバコが咥えられている。
「一体どういうキャラの口調なんだよ……」
その配信を、隣の部屋に住んでいる和人が、自身のスマホで見ていた。
彼も部屋の中で、ベッドの上で横になりながらタバコをふかしている。
『今日はお前らが楽しみにしていたであろう、ゲーム配信をするのだが、その前に……』
涼香は座っている椅子の近くに置いてあるダンボールの中身を漁り始める。
『物好きなお前らから、色んな物を頂いている。赤マルのカートンがこんなに届いたぞ!』
涼香は机の上に、タバコ(マールボロのボックス)のカートンを複数個並べる。
その数、十カートンを越えていた。
『最近のタバコは高いから有り難い……だが――』
涼香は机に置いたタバコのカートンを、殴り飛ばすように横に弾いた。
『私はソフト派なんだよ!! ボックスのタバコを吸う奴は邪道だ邪道!!』
彼女はファンから貰ったものを粗末に扱った挙げ句、カメラに向けて中指を立てる。
「おいおい、いくら何でもやりすぎじゃねぇか? ファンからの贈り物を粗末にするのは……」
危惧の言葉を口にした和人は、コメント欄を確認する。
【相変わらず自分に忠実で草】【あれ、六千円したんだよな・・・】【なんか贈り物するの、怖くなってきた】【ソフトとボックスに味の差はないんだけどね】
『タバコを送ってくる人がいる反面、禁煙器具を送ってくる輩もいるな……これを使ったら私じゃない』
涼香がダンボールを漁っていると、ある物が目に入り、それを取り出す。
『絵画? わざわざアナログで私を書いてくれたのか?』
それは、涼香の似顔絵が描かれた絵画だ。
傷つかないよう、額縁に入っている。
『今の時代、デジタルが主流だっていうのに、わざわざ送ってくるとは……』
そう言って涼香は立ち上がり、後ろにある本棚に立て掛けることに。
【!?】【全然似てないって言って壊すのかと思った】【キャラの解釈不一致過ぎる・・・】【無駄に媚びを売るな】【描いた本人です! ありがとうございます!(¥3000)】
「善良な行動をした方が印象悪くなるのか……」
『床に散らばったタバコは和人のとトレードするか。あいつはボックス派だったからな』
涼香は椅子に戻り、ゲームを起動する。
「おい、その場合俺はソフトをわざわざ買いに行かなきゃいけなくなるぞ」
『というか、三カートン奢ってくれる約束をしてたの忘れてたな……あとでその分も請求するか』
「忘れてた俺も悪いが、カートンの個数増えてねぇか!?」
【和人って、護衛の人?】【結構仲良さそうだね】
『あいつとは高校時代からの付き合いだ』
涼香はコメントに反応して、和人のことを話し始めた。
【アイドルやるなら、経験豊富な年上の人の方が安心しない?】
『得体の知れない奴の方が不安さ。むしろ、実力が知れてる和人の方が安心する』
【どのくらい強いん?】
『本気を出せれば事務所内で一番――と言ってやりたい所だが、《ツヴァイスター》らしい花子の護衛がよくわからないからな……湊零でググっても全然情報がないんだ。あと、早織の弟は無能力者ではあるが、十年以上彼女を守り続けている強さから、能力抜きなら彼の方がまだ強そうだ。その辺を考えると……今は三、四番目に強いことになる。肝心の事務所内三番目に強いとされてる護衛に会ってないから、何とも言えないんだが』
ゲーム実況であるはずの配信が、いつの間にか護衛紹介の配信になっていた。
「いらん事は話すなよ、絶対」
『何がともあれ、和人がいれば組織相手でもボス級に強い奴が来ない限りは大丈夫だろう。それに、あいつが本気を出すには私が必要不可欠。互いにwin-winの関係にあるから、あいつを護衛に雇った』
【やっぱ彼氏?】
『さぁ? 告白された記憶は無いが、一般世間的にはそう捉えられるかもしれん』
【ヤッたことあるか正直に答えて欲しい(¥10000)】
『それが聞いてくれよぉ! あいつ、私に手を出す気がないんだ! アイドルになった今はまぁわかる。やることやったら彼女いない歴=年齢の童貞ファンどもが、一年間絶えずにゲロを吐き続けるだろうから、地球環境のために控えてるのはわかる。けどその前にも……その前にも手を出すタイミングはあっただろ!! クソ! 私の体に魅力を感じないってか!?』
「何口走ってんだあいつ!?」
一万円のスーパーチャットが飛んできた反動なのか、涼香はアイドルが言ってはいけない発言を連発する。
【護衛を持ち上げてたと思ってたら、唐突にボロクソ言い始めてて草】【和人くんホモ説】【ホモ・サピエンスなんだからホモだろ定期】【ファンを気遣っているのか、貶しているのか・・・】【和人くんも童貞じゃね? イケメン俳優とデキたら彼も一年間吐くことになるぞ】
【護衛ってことは、近くにいる? 呼び出せない?】
「おい、そのコメントはやばくねぇか……?」
嫌な予感に和人は背筋を凍らせる。
『あぁ、隣に住んでるから呼べるぞ! どうせあいつのことだ、私の配信見ながらシコシコしてるはずだから、すぐに来れるぞ』
「やっぱりそう来るよな!?」
『見てるだろ和人? 十秒以内に来い! あっ、全裸で見てる可能性もあるな……そのまま来られたらチャンネル凍結させられるし、着替える時間も考えて十五秒にしてあげよう! 時間内に来れなかったら、お前が持っていたエロ本のタイトルをここで暴露してやる!』
「待て待て待て!!」
和人は跳ねるようにベットから降り、全速力で自室を抜けて涼香の部屋へ入る。
「何色々口走ってんだてめぇ!! あと鍵は閉めとけ!!」
入って早々、涼香に説教する和人。
時間内に来た和人に対し、涼香は溜め息を吐く。
「エンタメが分かってないなぁ……ここは遅れて暴露された方が面白い展開なんだぞ」
「暴露される身にもなれってんだ!」
【本当に来て草】【エロ本のタイトル気になる・・・それを今日のオカズにしたい】【ところでこのチャンネル、アイドルチャンネルだよね? カップルチャンネル見てるような気分なんだが】
「もう充分だろ? 俺は部屋に戻るぞ」
和人は床に散らばったタバコのカートンを回収しつつ、涼香の部屋から出ようとする。
「待て待て。せっかく来たんだから、私の華麗なプレイを見ていけ。アイドルの配信を間近で見れるなんて、幸せもんだぞ」
「お前のプレイなんて、散々見てきたからいいって。何年一緒に住んで――しまっ!?」
失言に気づいた和人は思わずカートンを落とし、口を押さえた。
それを見た涼香はやれやれと肩をすくめる。
「散々私にあーこれ言うなって説教しときながら、自分もかましていくんすね……」
【えっ、もしかして同棲してた!?】【最初っから俺らに勝ち目はなかったのか・・・】【この事実だけで半年間ゲロ吐けそう】【和人氏、無駄にイケメンなのも腹立つ】【リアルタイムのNTRありがとうございます! 今日はこれで抜きますね!】
「一応私から擁護すると、私が勝手に和人の家に寄生してただけだ。やましい関係ではない。あと私がアイドルをやる以上は、お前らからどう思われても構わん。ガチ恋しようがなんだろうが。あっ、ただ私の同人誌を書いたときは見せてくれ! 解釈不一致がないか確かめてやる!」
【アイドルがガチ恋を公認するのか・・・】【寛容すぎるだろ。安心して抜ける】【同人誌、盛らないと逆にキレそう。何をとは言わんが】
【それでもヤッてないはないだろ】
「そうそう! 君は間違っていない! こいつが変なんだ! なぜか手を出してこない!! 性欲がないのか!? 合意がない上ではやらない聖人なのか!? それとも手を出す勇気がないヘタレなのか!?」
「いいからとっととゲーム実況に移れ!!」
和人に言われ、涼香はようやくFPSゲームを始めた。
彼女のやっているFPSには様々なモードがあるが、今日は六対六のチームデスマッチ形式のシンプルなモードをプレイする。
(なんだかんだ、涼香がゲームやってるのを後ろから見るのは久しぶりだが、本当に上手いな。敵にエイムを合わせる速度が凄まじいから、多対一でも普通に勝ててるんだよな……)
「おいおい? 流行りの激強デュアルショットガン使っても勝てないとか、恥ずかしくないんでちゅか~?」
生配信にも関わらず、涼香は慣れた手付きで死体撃ちをかます。
【完全に常習犯の動きで草】【そのSG使ってる奴マジウザいから助かるわ】【涼香氏が使ってるSMGもぶっ壊れ性能なんだけどなぁ・・・】【PC勢なのにキーマウじゃなくてPADなんだ。珍しい】
視聴者のファンも同じFPSをやっている人が多いのか、涼香の死体撃ちに対して批判する声は少なかった。
(類は友を呼ぶ――とは、この事なんだろう……)
そう思いながら、和人は普段の癖でタバコを吸い始めた。
彼は今、涼香の後ろにある勉強机用の椅子に座っている。配信画面はゲーム画面が大きく映し出されているが、右側に小さく涼香の姿がモニタリングされている状態。そのため、和人の姿も視聴者から見える状態であった。
【護衛もやっぱ喫煙者なんだな】【涼香たんと同じ銘柄なの闇が深い】
【涼香氏がタバコ吸い始めたのも、彼の影響?】
「いや、逆だ。私が吸ってたからか、あいつも吸い始めた。私って、なんて罪な女……!」
プレイしながらコメントを拾った涼香。
「あっ、死んだ! お前がコメントしたせいで死んだだろ! 責任取ってスパチャしろ!!」
【予想してたけどコメントにキレてて草】【死なずに19キルできれば充分だろ】【自分のミスを人のせいにするな(¥600)】
ちなみにキルされた涼香のアバターは案の定、敵から死体撃ちされていた。
「あいつのID覚えたからな! ぶち殺してやる!!」
【アイドルのしていいキレ顔と発言じゃない件】【本当にこいつ止めなくていいんか事務所は】【裏でプロデューサーだけが怒られてそう】【花子ちゃんも裏でこんな感じだったら興奮する】
「あっ、花子で思い出した。社長から告知の許可を貰ってたんだった」
すると何かを思い出した涼香は、ゲームをしながら宣伝を始める。
「この度、私の歌手デビューが決まった! デビュー曲の配信は月末だが、三日後に行う花子のミニライブにて初披露することになったからよろしく!! 作詞作曲は花子がやってくれたから、売れればセルフカバーしてくれるかも……!」
「保証のないことをファンに伝えんな」




