第八話 アイドル業界を牛耳る男
「収録終わり! お疲れ様~!」
スタジオ内にて、未空の声と共に収録が終わった。
「お、お疲れ様です! ブラウンも頑張ったね!」
結生はタランチュラのブラウンを肩に乗せる。
「や、やっと解放される……あれ?」
虫に耐えた涼香だが、和人の姿がないことに違和感を覚える。
「あいつ、まだ戻ってきてないのか? てっきりヤニを補給しに行ったのかと思ったのだが……」
「私の護衛も、戻ってきてないですね……何か、あったんでしょうか……?」
「収録終わったし、外の空気吸いに行く?」
護衛の心配をする涼香と結生に対し、未空が外に出ることの提案をする。
「問題ありませんが、護衛とすれ違ったらマズいんじゃ……」
「というか、未空の護衛はどこよ? プロデューサーも見当たらないし」
ここで涼香が、未空周辺についての違和感を指摘した。
彼女を担当している護衛はおろか、プロデューサーの姿も見当たらなかったのだ。
「もしかして知らない? あたし、プロデューサー雇ってないんだ~」
当然のように言いながら、未空はガラス越しに見える隣の部屋へ移動する。
それと同時に、廊下へ繋がる別の扉が勢いよく開かれた。
「ラッキー! お手柄だぜ!!」
ナイフを持った謎の男が部屋に入り、一番近くにいた未空にナイフを振り下ろそうとする。
その男は【トラオム・ワーレン】の構成員。少年の部下であり、少年が和人と戦っている間に建物へ侵入。収録現場を特定し、一人で襲撃を試みたのだ。
「未空さん! 危ない!!」
結生が叫ぶ。
男のナイフは射程圏内。蓮次郎と結生のプロデューサー、そして涼香が同時に駆け出すも間に合わない。
「あっ、それからね~!」
そんな状況の中で、未空は平然と話ながら、男のナイフを持つ手首を掴み抑える。
「なっ!?」
未空に掴まれた男は動けなかった。
彼女の握力が強かったから――ではない。
「か、かあだ……が……!?」
未空が手首を放しても、男は動けなかった。
それどころか、ナイフを振り上げた状態からビクとも動かなくなる。口も上手く動かせず、発音がままならない。
「護衛も雇ってないんだ~…………あたし、強いから」
未空は《アインスター》だ。
男の体が硬直して動けないのは、彼女の能力でそうしたからなのである。
「――皆、すまん……救急車と警察を――って、どういう状況!?」
もう一人、部屋に入ってきたのは、外で少年と戦闘を繰り広げた和人。
傷口が数カ所開いており、脇腹にはドスが刺さったままだ。
「お疲れ~、涼香ちゃんの護衛くん! 今呼ぶから待っててね~!」
未空は慣れたようにスマホを取り出し、通報を始める。
「和人、無事――ではなさそうだな……」
涼香が和人の元へ駆け寄った。
「刺された箇所は痛いが……死ぬことはないだろう」
「あの、一朗さん――私の護衛は見かけませんでしたか!?」
「…………すみません、俺が駆けつけた頃には……もう……」
「そんな…………」
結生は膝を床に落とした。
「――さて、通報は済ませた。男たちは申し訳ないけど、外に放置されてるだろう悪党と……結生ちゃんを守った護衛の死体のところで待機してほしい。和人くんも来たところ申し訳ないけど、動けるなら外にいた方が救急隊も楽になるかな」
「俺が戻ったのは、涼香たちの無事を確認するためですから、移動くらいは大丈夫です」
「あっ、この男も連れてって! あたしの能力で動く事はないから、安心して抱えてね~」
「それでは、私が運びますね」
「が……ぁ…………!」
蓮次郎が動けなくなったトラオムの男を、銅像を運ぶように横に抱える。
和人、蓮次郎、結生のプロデューサーの三人は、外へ出るために歩き出した。
「…………」
和人は、結生のプロデューサーに違和感を覚える。
彼は担当アイドルの護衛が亡くなったことに、何の反応も示していなかったのだ。
(平然を装ってるだけ…………だと思いたいが……)
※
それから三日が経過した。
ラジオは無事に放送され、結生の意外な趣味に反響が及んだ。
映像がないが故に虫が苦手なファンが視覚的に苦しむこともなく、問題ないファンはブラウンの姿を見たいとの声が多く挙がった。結生は手軽なSNS――だと事故で苦手な人が見てしまう可能性があったため、ブラウン観察日記なるブログを立ち上げ、そこで公開することに。実際にタランチュラを飼っている様子を確認できたことで、清楚な結生とのギャップに惹かれた人が続出。大量のファンを獲得することに成功し、現時点で今月の事務所内人気投票は三位となった。
ちなみに涼香は案の定、問題発言を規制音で遮られた上、今回は結生の方がインパクトが強かったため、ファン獲得の伸びはイマイチとなった。現時点、人気投票は五位。休養に入った夏実が四位なので、一気に二段階落ちることになってしまったのだ。
「くぉぉ!! ペットパワー恐るべし!!」
「お前の人気が、ビギナーズラックであることが証明されちまったな」
ファルベの事務所内、共有スペースにて。
涼香は地団駄を踏み、和人は当然の結果であるかのような発言をした。
和人の傷は完治していないが、護衛として動ける状態には戻っていた。警察の監査で正当防衛が認められ、相手がトラオム所属である事も確認されたため、早めの復帰ができたのだ。
「私もペット飼っとけば良かったぁ!! ……和人、今日からペットにならん?」
「ならねぇよ。むしろ、今まで俺の金で生活してきた涼香の方がペットしてるだろ」
「うわっ、私のことそんな風に見てたのか……鳥肌立ってきたな……」
「見てるとは言ってねぇだろ!」
「――随分と、賑やかですね」
「?」
すると、見知らぬ男が二人に話しかけてきた。
銀髪の髪が目立つが、それ以上に整った顔立ちに目が行く、三十代に見える男。
「えっ……嘘だろ……!?」
その人物を知っていた和人は唖然とする。
「……誰あんた? 男性アイドル?」
「!? 馬鹿!! マジの偉い人だぞ!?」
和人は慌てて、相変わらず年上に失礼な態度を示す涼香の頭を下げ、自分も頭を下げる。
「大変失礼致しました! 銀鼠会長!」
和人たちの前に立つ男は、グループ会社の会長なのだ。
彼の名は銀鼠壱。三十代の見た目と言ったが、実年齢は六十を超えている。
様々な芸能事務所を子会社に持つ銀鼠グループの会長で、謂わば拓真の上席にあたる人物だ。下手な態度を取れば自身はおろか、拓真の首も飛ぶ可能性があるのだ。
「おっ、新人の護衛が私を知っているとは、中々珍しい。嬉しいぞ!」
会長の壱は、その威厳とは裏腹に友好的な態度で話してきた。
「顔を上げていいぞ。実は私も君を知っているんだ……赤沼、和人くん」
「えっ…………!?」
和人は驚き、壱の言葉に関係なく顔を上げた。
壱は周囲を見渡した後、話を続ける。
「星守瑛土の養子って話は、意外と上層部は知ってるもんだぞ! 瑛土くんには、我々も世話になったからね。彼のおかげで、この街は今も存在し続けている……感謝しても仕切れないほどにだ」
「よ、養子としてもその言葉、嬉しい限りです!」
「そうかしこまらなくていい。隣の彼女くらい、フレンドリーだとこっちも楽だ」
「……だとさ、和人」
「会長が許してくれたから良くなっただけだぞ!」
和人は涼香の頭を下げたまま、放すことはなかった。
そうしている間に、ファルベの社長である拓真が、焦った表情で走ってくる。
「会長! こいつらが何かやらかしましたか!?」
「大丈夫だ、拓真。楽しく話してただけさ。私は他の事務所も回るから、この辺で」
「お疲れ様です!」
拓真が九十度のお辞儀を見せ、それを確認した壱は事務所を去ろうとする。
だが扉の前で一旦止まり、
「応援してるぞ、和人くん……涼香ちゃん」
二人に励みの言葉を投げてから、事務所を後にした。
「えっ、私のことも知ってたのか…………もしや、早くもトップアイドルになれる前兆か!?」
「それはねぇ」
「それはない」
「社長まで否定するのは酷くないっすか!?」




