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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
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第八話 アイドル業界を牛耳る男

「収録終わり! お疲れ様~!」


 スタジオ内にて、未空の声と共に収録が終わった。


「お、お疲れ様です! ブラウンも頑張ったね!」


 結生はタランチュラのブラウンを肩に乗せる。


「や、やっと解放される……あれ?」


 虫に耐えた涼香だが、和人の姿がないことに違和感を覚える。


「あいつ、まだ戻ってきてないのか? てっきりヤニを補給しに行ったのかと思ったのだが……」

「私の護衛も、戻ってきてないですね……何か、あったんでしょうか……?」

「収録終わったし、外の空気吸いに行く?」


 護衛の心配をする涼香と結生に対し、未空が外に出ることの提案をする。


「問題ありませんが、護衛とすれ違ったらマズいんじゃ……」

「というか、未空の護衛はどこよ? プロデューサーも見当たらないし」


 ここで涼香が、未空周辺についての違和感を指摘した。

 彼女を担当している護衛はおろか、プロデューサーの姿も見当たらなかったのだ。


「もしかして知らない? あたし、プロデューサー雇ってないんだ~」


 当然のように言いながら、未空はガラス越しに見える隣の部屋へ移動する。

 それと同時に、廊下へ繋がる別の扉が勢いよく開かれた。


「ラッキー! お手柄だぜ!!」


 ナイフを持った謎の男が部屋に入り、一番近くにいた未空にナイフを振り下ろそうとする。

 その男は【トラオム・ワーレン】の構成員。少年(アンタレス)の部下であり、少年が和人と戦っている間に建物へ侵入。収録現場を特定し、一人で襲撃を試みたのだ。


「未空さん! 危ない!!」


 結生が叫ぶ。

 男のナイフは射程圏内。蓮次郎と結生のプロデューサー、そして涼香が同時に駆け出すも間に合わない。


「あっ、それからね~!」


 そんな状況の中で、未空は平然と話ながら、男のナイフを持つ手首を掴み抑える。


「なっ!?」


 未空に掴まれた男は動けなかった。

 彼女の握力が強かったから――ではない。


「か、かあだ(身体)……が……!?」


 未空が手首を放しても、男は動けなかった。

 それどころか、ナイフを振り上げた状態からビクとも動かなくなる。口も上手く動かせず、発音がままならない。


「護衛も雇ってないんだ~…………あたし、強いから」


 未空は《アインスター》だ。

 男の体が硬直して動けないのは、彼女の能力でそうしたからなのである。


「――皆、すまん……救急車と警察を――って、どういう状況!?」


 もう一人、部屋に入ってきたのは、外で少年(アンタレス)と戦闘を繰り広げた和人。

 傷口が数カ所開いており、脇腹にはドスが刺さったままだ。


「お疲れ~、涼香ちゃんの護衛くん! 今呼ぶから待っててね~!」


 未空は慣れたようにスマホを取り出し、通報を始める。


「和人、無事――ではなさそうだな……」


 涼香が和人の元へ駆け寄った。


「刺された箇所は痛いが……死ぬことはないだろう」

「あの、一朗さん――私の護衛は見かけませんでしたか!?」

「…………すみません、俺が駆けつけた頃には……もう……」

「そんな…………」


 結生は膝を床に落とした。


「――さて、通報は済ませた。男たちは申し訳ないけど、外に放置されてるだろう悪党と……結生ちゃんを守った護衛の死体のところで待機してほしい。和人くんも来たところ申し訳ないけど、動けるなら外にいた方が救急隊も楽になるかな」

「俺が戻ったのは、涼香たちの無事を確認するためですから、移動くらいは大丈夫です」

「あっ、この男も連れてって! あたしの能力で動く事はないから、安心して抱えてね~」

「それでは、私が運びますね」

「が……ぁ…………!」

 

 蓮次郎が動けなくなったトラオムの男を、銅像を運ぶように横に抱える。

 和人、蓮次郎、結生のプロデューサーの三人は、外へ出るために歩き出した。


「…………」


 和人は、結生のプロデューサーに違和感を覚える。

 彼は担当アイドルの護衛が亡くなったことに、何の反応も示していなかったのだ。


(平然を装ってるだけ…………だと思いたいが……)



   ※



 それから三日が経過した。

 ラジオは無事に放送され、結生の意外な趣味に反響が及んだ。

 映像がないが故に虫が苦手なファンが視覚的に苦しむこともなく、問題ないファンはブラウンの姿を見たいとの声が多く挙がった。結生は手軽なSNS――だと事故で苦手な人が見てしまう可能性があったため、ブラウン観察日記なるブログを立ち上げ、そこで公開することに。実際にタランチュラを飼っている様子を確認できたことで、清楚な結生とのギャップに惹かれた人が続出。大量のファンを獲得することに成功し、現時点で今月の事務所内人気投票は三位となった。

 ちなみに涼香は案の定、問題発言を規制音で遮られた上、今回は結生の方がインパクトが強かったため、ファン獲得の伸びはイマイチとなった。現時点、人気投票は五位。休養に入った夏実が四位なので、一気に二段階落ちることになってしまったのだ。


「くぉぉ!! ペットパワー恐るべし!!」

「お前の人気が、ビギナーズラックであることが証明されちまったな」


 ファルベの事務所内、共有スペースにて。

 涼香は地団駄を踏み、和人は当然の結果であるかのような発言をした。

 和人の傷は完治していないが、護衛として動ける状態には戻っていた。警察の監査で正当防衛が認められ、相手がトラオム所属である事も確認されたため、早めの復帰ができたのだ。


「私もペット飼っとけば良かったぁ!! ……和人、今日からペットにならん?」

「ならねぇよ。むしろ、今まで俺の金で生活してきた涼香の方がペットしてるだろ」

「うわっ、私のことそんな風に見てたのか……鳥肌立ってきたな……」

「見てるとは言ってねぇだろ!」





「――随分と、賑やかですね」





「?」


 すると、見知らぬ男が二人に話しかけてきた。

 銀髪の髪が目立つが、それ以上に整った顔立ちに目が行く、三十代に見える男。


「えっ……嘘だろ……!?」


 その人物を知っていた和人は唖然とする。


「……誰あんた? 男性アイドル?」

「!? 馬鹿!! マジの偉い人だぞ!?」


 和人は慌てて、相変わらず年上に失礼な態度を示す涼香の頭を下げ、自分も頭を下げる。


「大変失礼致しました! 銀鼠ぎんねず会長!」


 和人たちの前に立つ男は、グループ会社の会長なのだ。

 彼の名は銀鼠ぎんねずはじめ。三十代の見た目と言ったが、実年齢は六十を超えている。

 様々な芸能事務所を子会社に持つ銀鼠グループの会長で、謂わば拓真の上席にあたる人物だ。下手な態度を取れば自身はおろか、拓真の首も飛ぶ可能性があるのだ。


「おっ、新人の護衛が私を知っているとは、中々珍しい。嬉しいぞ!」


 会長の壱は、その威厳とは裏腹に友好的な態度で話してきた。


「顔を上げていいぞ。実は私も君を知っているんだ……赤沼、和人くん」

「えっ…………!?」


 和人は驚き、壱の言葉に関係なく顔を上げた。

 壱は周囲を見渡した後、話を続ける。


「星守瑛土の養子って話は、意外と上層部は知ってるもんだぞ! 瑛土くんには、我々も世話になったからね。彼のおかげで、この街は今も存在し続けている……感謝しても仕切れないほどにだ」

「よ、養子としてもその言葉、嬉しい限りです!」

「そうかしこまらなくていい。隣の彼女くらい、フレンドリーだとこっちも楽だ」

「……だとさ、和人」

「会長が許してくれたから良くなっただけだぞ!」


 和人は涼香の頭を下げたまま、放すことはなかった。

 そうしている間に、ファルベの社長である拓真が、焦った表情で走ってくる。


「会長! こいつらが何かやらかしましたか!?」

「大丈夫だ、拓真。楽しく話してただけさ。私は他の事務所も回るから、この辺で」

「お疲れ様です!」


 拓真が九十度のお辞儀を見せ、それを確認した壱は事務所を去ろうとする。

 だが扉の前で一旦止まり、


「応援してるぞ、和人くん……涼香ちゃん」


 二人に励みの言葉を投げてから、事務所を後にした。


「えっ、私のことも知ってたのか…………もしや、早くもトップアイドルになれる前兆か!?」

「それはねぇ」

「それはない」

「社長まで否定するのは酷くないっすか!?」


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