第七話 この結果は必然か? 偶然か?
「先輩の仇討ちだ! 大人しく死んでくれ――!!」
「!?」
紫髪の少年と対峙した和人。
少年は手にしていたクナイを和人へ向けて投げる。和人はそれを横に避けた。
(考える暇はねぇみてぇだ。このままツッコむ!)
突然始まった戦闘に、和人は考えるよりも先に体を動かす。
和人は少年の懐に入り、腹を殴ろうとする。
「おっと! 噂通り速いみたいだ!!」
少年は横に跳びながら、もう片方のクナイを飛ばす。
和人はそれを避け、少年の背後に回り込む。
「させるか!」
少年は服の袖に隠していたようにクナイを取り出し、振り返りながら和人の体に刺そうとする。
「【エンビース】!」
和人は攻撃を屈んでかわした後、紫の炎を纏った右拳を少年の腹に叩き込む。
「うッ!!」
少年の体が後方に飛ぶと同時に、炎が腹部に纏わり付く。
「本当に……厄介そうだ……!!」
体勢を整えた少年は、懐に備えていたペットボトルを取り出し、水を腹部にかけた。
スムーズな処置を施したことから、和人の能力を事前に把握して挑んだことが分かる。
「……もう敵に知られてんのか」
「先輩が死んだときの情報から、あんたの能力はバレてるよ」
「先輩って、ダンボール使って戦ってた奴のことか?」
「そうだ!!」
少年はクナイの先を和人に向け、怒りを露わにする。
「俺は【トラオム・ワーレン】第八幹部補佐――『アンタレス』! 憧れの先輩を殺されて黙っていられるほどの男じゃない!!」
少年は両手に持ったクナイを交互に投げながら、横に移動する。
「悪の組織にも、一定の絆はあるみたいだな」
(この攻撃、妙に単調だな……)
和人も横に移動し、クナイをかわす。
「あんたからすれば、俺らが悪に見えるだろうね!!」
少年は上着のポケットからドスを取り出し、和人の正面から責めようと走り出した。
和人は敢えて立ち止まり、少年がドスを振り下ろすのを待つ。
「はぁ!!」
少年がドスを振り下ろすも、和人には当たらない。彼は攻撃をかわしながら、少年の背後を取った。
「エンビ――」
「【アブスピエレン】!!」
和人が拳を突き出す前に、少年が能力名を口に出す。当然のように、彼も《アインスター》だ。
しかし、少年の様子に変化が見られない。
和人は拳をぶつけるのが最善と考え、そのまま攻撃を仕掛ける。
「――うぐッ!」
(何だ!? クナイが……横から……!?)
しかし、拳が届く寸のところで、横から飛んできたクナイが拳に突き刺さった。
「なっ!?」
その方角を確認すると、目の前にいるはずの少年が距離を置いた横の場所に立っていた。
横にいる少年は、横に移動しながらもう片方のクナイを投げる。和人は後ろに一歩引き、クナイをかわした。
「【エンビース】――《スラッシュ・ディストピア》!」
そのまま炎の剣を生成し、横にいる少年に向けて振り下ろそうとする。
「――何よそ見してるんだ?」
「!?」
しかし、今度は目の前にいた少年が振り返り、ドスを振り下ろしてきた。
(クソッ! どうなってやがる!!)
和人は炎の剣でドスの刃を受け止めた。技で生成された紫の炎は、物体を燃やすことはないが干渉はできる。実際に斬ること自体はできないが、物を受け止めることはできるのだ。
「お返しだ!」
和人は空いている左手で、右手に刺さったクナイを抜き、目の前にいる少年へ投げ飛ばす。
「そうするよねぇ!!」
だがその動きを見ていた少年は、飛んでくるクナイを掴み取る。
クナイの持ち手を掴み取ったことで、自身へのダメージはない。
職人技を見せた少年は、ドスで剣の刃を流しながら和人の懐へ入り、掴み取ったクナイで彼の左脇に突き刺した。
「チィ!!」
深く刺さる前に和人は少年の腹に蹴りを入れ、強引に距離を置く。
「あれ? 思ってたより弱い? こんな奴に先輩は殺されたの?」
少年は和人を挑発するように、嘲笑を浮かべる。
「その言葉、呑むなよ……その弱い奴に、お前も殺されるかも知れねぇからな……」
和人は左脇に刺さったクナイを抜き、地面に落とす。
正面にいる少年に意識を向けつつ、横目で周囲を確認する。クナイを投げ飛ばしてきた方の、少年の姿が嘘のように消えていた。
(奴の能力……恐らくだが、直前に取った行動を立体映像のように再生する能力。その能力に攻撃した行動を再生させながら、実体は別行動ができる……一人でありながらペアの連携が取れる、厄介な能力だな……)
「あんたも、その強気な態度がどこまで持つか、見物だ!」
少年は上着の裏からクナイを一本取り出し、和人へ向けて投げ飛ばす。それを追いかけるように、少年も和人の横に回り込むように駆けだした。
和人は身を横にずらしてクナイをかわし、向かってくる少年に炎の剣を振り下ろす。
「【アブスピエレン】!」
少年は攻撃をかわし、懐に入ってドスを突き立ててくる。
その間に、クナイを投げた位置に残影が現れ、再びクナイを投げ飛ばしてきた。
「二度も通じるかよ!!」
和人はドスの攻撃を素早く剣で防ぎ、顔に迫ってくるクナイを最小限の動きでかわす。そして、空いている左拳を目の前にいる少年に叩き込もうとする。
「――《メタスタシ》」
少年が呟くと、和人の目の前から消滅した。
「まさか――!?」
和人は視線を前に戻す。
前方――少年がクナイを投げた位置に実体が戻っており、上着の裏から素早く新しいクナイを取り出して、投げ飛ばす。
「ほらほら!!」
間髪入れずに少年は能力を使い、残影を和人の懐に出現させ、ドスを突き立てようとした。
「――そういうことかよ」
あることに気づいた和人は、ドスの攻撃を敢えて脇腹で受け止める。
「うッ――だが――」
クナイもスッと頭を傾けてかわし、和人はドスを握った『残影』の少年の手首を強く掴む。
「捉えたぞ!!」
「なっ!?」
和人が掴んだのは残影のはずだが、彼の行動によって実体が残影の方に戻された。
「能力で飛んでくるクナイが俺に刺さるなら、能力で出現したお前も触れるよなぁ!!」
「くそ! 放せ!!」
少年はもう片方の手で、上着の裏にあるクナイを取り出そうとする。和人は炎の剣を消滅させた右手で、少年の手首を掴んで阻止した。
「そしてその動きも見逃してねぇぞ。最初、お前は服の袖からクナイを取り出していたが、後は全部上着の裏からだ。服の袖から出したクナイは能力によるものだが、お前はそれを手に取って自在に操っていた……能力で生み出されたものは、少し経てば消えるのにな」
和人の言うように、直前に投げたクナイは、何処にも転がっていなかった。
「そして俺に刺さったクナイは消えることなく地面に転がっている……つまり、お前の能力は残影として直前の行動を再生する能力なんだろうが……再生の妨げになるような衝突が起きれば、残影に実体が戻る…………お前がさっきしたようにな」
(あくまで俺の直感だったから、上手くいくとは思わなかったが)
「この――!!」
「【エンビース】」
抵抗しようとする少年に、和人は両手から紫の炎を生み出す。
「がぁぁ!!」
その炎は少年の体を一気に包み込む。
「熱い!! やめろぉ!! やめろってぇ!!」
少年は味わったことの無い暑さと、無数の針に刺されるような痛みに体を震わせながらも、和人から離れようと彼の腹に膝蹴りを入れる。
「…………」
その膝蹴りは重かったが、和人は動じない。
ここで少年を放してしまったら、能力で逃げられる可能性が高かったからだ。
「がぁ……ぁ――――」
耐えきれなくなった少年の体から力が抜け、膝を地面に落とす。
それを確認した和人は炎を解き、両手を放した。
「――――」
少年は白目を向いた状態で、うつ伏せに倒れる。
まだ脈は打っているが、彼の魂はもう消滅していた。
「終わったか……しかし――」
和人はドスを脇腹に刺したまま、涼香達の元へ戻りはじめる。
「想像以上に強かった…………あのダンボール野郎に勝てたのは、翔一さんのおかげ……だな」
「…………俺が出る幕はなかったか」
和人と少年の戦闘を、物陰で最初から見ていた人物がいた。
白髪の青年――俊樹だ。
「和人様……正直、俺が思っていたよりは強くないみたいだが、咄嗟の機転が利くようには見えた…………どれだけ力の差があっても、僅かな相手の隙間を突ける人間が、最後に勝つ。それを実現できる和人様は、この先も生き残れるだろう……」
そう呟いた俊樹は、何事も無かったかのようにアジトへ戻っていく。




