第六話 クモを放し飼いするヤベー女
「栗山未空のレインボースターラジオ! このラジオは、駆け出しのアイドルが輝けるように後押しをするための番組だよ!」
三日後、ラジオ収録当日になった。
収録スタジオ内部には、涼香、結生、そしてMCを務める栗山未空というアイドルがいた。
未空は全国で人気のアイドルで、先月の全アイドル人気投票で五位となったほどの実力者だ。
「本日は瑠璃川花子ちゃんも所属しているファルベ・プロダクションから、新人の二人が来てくれたよ! 自己紹介をどうぞ!」
「こ、こんにちは! ファルベ・プロダクション所属の紅藤結生です! よろしくお願い致します!」
「ちーっす……茜宮涼香っす……ここ、喫煙できないのでパパッと終わらせたい……」
「あはは! 噂には聞いてたけど、本当に態度悪いね! 涼香ちゃん!」
「ここで喫煙してもいいって言うなら、あんたを神として扱ってもいいけど?」
「あたしにはその権限ないんだよね~!」
涼香はトップアイドルを前にしても普段と変わらない態度で挑んでいる。
「…………これ、生放送じゃなくて良かった」
防音ガラス越しにある別室にて、和人は三人の収録を見守っていた。
その隣には、蓮次郎の姿もある。
「私としては、涼香の過激な発言がカットされそうで怖いです……」
「蓮次郎さん、新人プロデューサーなのに、チャレンジ精神高いですよね」
「安定よりも、リスクを取ってでもアイドルの個性を最大限に活かせ――――亡くなった兄の言葉を信じてるだけです」
「…………」
唐突に明かされた事実に、和人は言葉を返せるわけがなかった。
「――さてさて、それでは早速二人を掘り下げていきますか! まずは圧倒的な個性を全面に出している茜宮涼香ちゃん! 予め頂いた情報によると、花子ちゃんの高校時代の先輩だったと」
「皆その話題好きだよな。花子の先輩ってとこに食い付いてるんだろうが」
「それくらい、花子ちゃんは凄い人なんだよ~! もしかして、あたしにビビってないのも、花子ちゃんと一緒にいるから?」
「いや、ビビる要素ないだろ、あんた。まだ早織の方が怖いぞ」
「あちゃ~! 喧嘩売られちゃったな~! 後で殴っても怒られないかな~?」
未空は明るい口調、明るい笑顔を保ったまま物騒なことを言い始めた。
「おっ? やるか? こう見えて喧嘩は強いぞ?」
「冗談冗談! 本当にやったらこの業界からポイされちゃうからやらな~い!」
「…………」
二人の会話の中に、結生は入れずにいた。
ただ言ってしまうと、今回の場合は入らない方が正解ではあるのだが。
「――結生さん、大丈夫ですかね……」
和人が呟くと、蓮次郎の隣にいた男――結生のプロデューサーが反応する。
「彼女は真面目で良い子だけど、それがアイドル業界ではデメリットになってしまってるね……涼香ちゃんみたいに尖りがある方が、ファンからの受けも良いからね……」
「いや、あいつの場合は尖りすぎてますんで、いつか干されますよ」
「涼香ちゃんは一旦置いといて、次に結生ちゃん! なんと、現役高校一年生! 若くて羨ましい!!」
「あ、ありがとうございます! でも、私はまだまだ人気がないので……」
「大丈夫大丈夫! あたしもこう見えて、昔は事務所内で人気最下位だったよ!」
「えっ、そうなんですか!?」
「清楚ぶったキャラが刺さらなくてね……ちょっと本音を入れ混ぜた毒舌スタイルに切り替えたら、爆発的に伸びたんだよね~」
(それ、本人が言うのは変じゃねぇか?)
間に入ってツッコむわけにもいかなかったので、和人は心の中に留めた。
「結生ちゃん見てると、昔の自分を思い出すな~……何かこう、個性を前に出せるといいね! 好きな物とかは?」
「えっと……」
結生は発言に躊躇う。
ここでペットの話を出せばいいのだが、受け入れられるものかわからず、言葉に出せずにいた。
しかし、発言の有無に関係なく、彼女のペット――タランチュラのブラウンが背中から這い出てくる。
「うぉ!? クモちゃん!?」
「んッ…………!!」
それを見た未空は思わず立ち上がる。
涼香は唇を噛みしめ、叫ぶのを抑える。
(耐えろ私……耐えればカートンが待ってる……!!)
涼香は和人に予め、タランチュラが姿を現しても叫ばないように注意されていた。
下手な音声が入ることで、収録が中断されれば、結生のアピール時間が消えるかもしれないと考えたからだ。万が一にでも叫ばれないよう、涼香には耐えた後でタバコを一カートン奢ることを約束している。
また、蓮次郎にも結生のペットについて話しており、彼は虫が苦手ではなかったが、「えっ、デカ!?」とタランチュラのサイズに驚いていた。
結生のプロデューサーは元々知っており、「そうだ、それでいい」と彼女を静かに見守っている。
収録スタジオのスタッフにも事前に伝えてはいるため、収録が中断されることはなかったが、得体の知れぬ巨体な虫に背筋を凍らせていた。
「す、すみません……この子、私のペットなんです!」
結生は思い切ってペットのブラウンを持ち上げ、机の上に置いた。
ブラウンは見知らぬ場所に置かれたにも関わらず、暴れずに静止している。
「びっくりした~! そのタランチュラ、ペットなんだね!」
未空は座り直し、収録を続ける。
「でも意外だね! 清楚な結生ちゃんが虫をペットにしてるなんて!」
「あはは……ですよね。この子を紹介すると、皆ドン引きしてたので、ずっと隠してたんです……」
「あたしは大丈夫だよ! 知り合いにも、ゲジゲジを好き好んで飼ってる人がいるから! でもそのタランチュラ、やたら大きくない?」
「はい! この子はルブロンオオツチグモで、世界最大の体長を誇るクモなんです! ゴライアスバードイーターって言った方が伝わる人が多いかと思います! 本来は攻撃性の高いクモなんですけど、不思議とこの子――名前はブラウンって名付けたんですけど、結構大人しいんです! クモは人に懐くことはあり得ませんが、ブラウンは私に懐いたのか眠るとき以外はゲージを脱走して私に引っ付くんですよね! 可愛いんですけど、お風呂までついてこられると、恥ずかしいです……! ちなみに毒は強くないんですけど、牙が大きいので普通に痛いです! 私は咬まれたことないんですけど、プロデューサーが咬まれた時は結構痛がってました!」
「へ、へぇ~……」
ブラウンの話になった途端、饒舌を披露する結生。
「んッ!?」
その中、ブラウンが涼香の方を向き、まるで彼女を観察するように見つめ始める。
恐怖を感じた涼香は、ガラス越しにいる和人にハンドサインで助けを求めた。
(涼香……もう少し耐えてくれ……!)
和人は励ましの意味を込めて、親指を立てる。
それに対して、涼香は親指を下に向けるのであった。
「――あれ、おかしいな…………」
すると、結生のプロデューサーがある違和感を持つ。
気になった和人は訊ねてみることに。
「どうかしました?」
「巡回に行った護衛が戻ってこなくてね……」
「既視感を覚える…………俺がここを抜け――たらマズいですよね?」
結生の護衛の様子を見に行こうと思った和人だが、そうするとスタジオ内部の守りが手薄になってしまう。今回は前と違い涼香達も収録中のため、一緒に抜ける手段も使えなかった。
「いや、心配だから行ってきてほしいかな」
「えっ?」
しかし、結生のプロデューサーからGOサインが出る。
「中は大丈夫。俺も格闘術は学んできてるから。それに、万が一護衛に何かあった上で、その犯人がこのまま現場に乗り込まれたら、その方がマズい。パパッと行って現状を確認してきてほしい」
「わ、わかりました! 行ってきます!」
和人は押されるような形で、その場を抜けた。
※
「…………何もないといいんだが」
外に出た和人は、建物の周囲を歩き始める。
(結生さんの護衛は、事務所内で六位。俺がまだ集計前だから、翔一さんの一つ下。翔一さんの実力から、六位だとしても充分戦える実力だと思うが……嫌な予感がする。それ以上に、結生さんのプロデューサーからも妙な違和感を覚えたな…………護衛が戻ってこないのに、異様に焦ってなかったというか――)
「!?」
考えを巡らせながら、曲がり角を曲がったところ、衝撃的な光景が視界に広がる。
結生の護衛である男が、白目を剥きながら倒れていた。全身に無数の切り傷があり、周囲には血だまりが出来ている。護衛は既に息絶えている状態だ。
そしてその上に座っている、一人の少年がいた。
「おっ、やっとお目当ての奴がきた……!」
紫髪の少年は両手にクナイを持っており、その片方を和人に向けて構えた。
「先輩の仇討ちだ! 大人しく死んでくれ――!!」




