表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
23/48

第五話 約束

「くぉ!! 他の支部に行かせろぉ!!」

「阿呆! 北支部が一番近いから都合良いだろ!」


 あれから一週間後。

 和人は涼香を連れて、いつもの事務所の前に来ていた。


「社宅も北支部に近い場所にしただろ!」

「うぉぉここで反骨精神を見せることで、他アイドルと格の差を思い知らせたい!」

「何様!? それとな……他の支部、喫煙所ないって話だぞ」

「北支部最高!! やっぱ最寄りの事務所が正義ですわ!!」


 喫煙所の話を聞いた涼香の気が一転し、ノリノリで事務所内に入っていく。

 ファルベ・プロダクションも健康促進のため、喫煙所の撤去が進んでいた。そんな中、撤去前にヤニカスアイドルの涼香が北支部を中心に活動を開始し、新人ながらある程度良い結果を残していたため、そこだけは喫煙所が撤去されずに済んだのだ。

 なお、健康促進と言って喫煙所を撤去しているが、肝心の拓真社長が喫煙者であり、社長室で吸っているのは触れない約束である。


「おはよう諸君!」


 涼香が勢いよく扉を開けて中に入ると、


「お、おはようございます!」


 これまで一度も会ったことのない少女から挨拶を受ける。

 紫色に近い灰色のポニーテールをした少女が、姿勢良く礼をした。


「あれ……もしかして、支部間違えた……?」

「いや、いつもの事務所の風景だろ。自分の視覚を信じろ」


 動揺する涼香に、後から入って来た和人が呼びかける。


「は、初めまして! 私、紅藤べにふじ結生ゆいと申します! よろしくお願い致します!」

「見ない顔だな……さては私の後輩か! 私は茜宮涼香だ。とりあえずヤニ買ってこい!」

「馬鹿野郎先輩だぞ」


 結生のことを事前に把握していた和人は、涼香の頭を無理矢理下げさせる。


「仮に後輩でもパシリに使うな」

「……どうも、底辺アイドル、茜宮涼香です……タバコ買ってきます……メビウスでいいですか?」

「急にネガティブになるな。そしてそのタバコはお前が吸う用だろ」

「うふふ……!」


 二人のやり取りに、結生は思わず笑いが零れる。


「噂通り、面白い人ですね。私とは大違い……」


 結生は下を向きながら、そう呟いた。


(この人は、三日後にあるラジオ収録で、共演するアイドルって話を蓮次郎さんから聞いた。その上で結生さんのことを調べたが……涼香の一つ前に入ったばかりの新人で、事務所内では人気最下位らしい…………とはいえ彼女はまだ高校生だし、涼香よりよっぽどマトモにアイドルしてるみたいだから、伸びしろはあると思うが……)


「……私も昔はつまらない人間だったぞ」


 結生に何かを感じたのか、涼香は意外にも真面目な話をする。


「だが意外と簡単に面白い人になれる。自分の好きなことを前面に出してみるんだ。これが結構人の見る目を変えるぞ」

「ですが……私が好きな物は……その……」

「私はタバコが大好きだ。今やタバコは皆が嫌う趣向品だ。そんなものを前面に出してる私が成功しているのだ、死体好きとかじゃなきゃ大丈夫だと思――――ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 すると突然、涼香が悲鳴を上げて和人の後ろに隠れる。


「どうした急に? ――って、うぇ!?」


 涼香が驚いた原因を目視した和人も驚く。

 結生の背中から、一匹のクモが姿を表す。

 成人男性の手と同じサイズくらいの、大型のタランチュラだ。


「? ……あ! ダメだよ()()()()! 人前に出ちゃ!」


 結生がそう言うと、ブラウンと呼ばれたタランチュラは、人語を理解したかのように、服の中に隠れていく。


「…………もしかして、ペットだったりします?」

「は、はい! ペットのブラウンです!」

「ひぇぇぇ! タランチュラを使役するなんて! 人間じゃない!!」


 普段強気な涼香が、結生に怯えている。

 涼香はあぁ見えて、虫が苦手なのだ。


「やっぱり、虫は人に好まれませんもんね……」

「そんなことはないですって! アイドルだとしても十分個性になりますから! 試しに、今度のラジオでアピールしてみるのはどうですか? 映像がないので、突然タランチュラが出てきてもファンに被害はありませんから!」

「私は被害を受けるぞ!!」

「そう……ですね…………わかりました! 言ってみます!」


 結生が笑顔を見せると同時に、タランチュラも顔を出す。


「ぎぁぁぁぁぁ!!」


(あのクモ……いくらなんでも大きすぎないか?)



   ※



「んぅ……こっちの方がいいかな…………?」


 とあるスタジオ内で、花子は歌詞の書かれた用紙を前に赤ペンを持ちながら考えていた。

 そのスタジオに零の姿はなく、彼女一人だけだ。


「あっ、これかも!?」


 花子は歌詞を書き換えるため、ペンを走らせた。

 すると、スマホからメッセージが届いた通知音が鳴る。


「ん!?」


 花子は空かさずメッセージを確認したが――


「違う、かぁ……」


 期待していた相手ではなかった。仕事で知り合った俳優からのメッセージだ。


『今日の夜、一緒に食事でもどう?』


 一般の人に名前を言えば驚かれるほどのイケメン俳優だが、花子には眼中になかった。


『すみません、今日は別件が入ってるので厳しいです……』


 予定は何もなかったが、花子はそう返した。


「聖也くん、まだスマホ買い換えてないのかな……」


 聖也と再会してからしばらく経っているのだが、一向に彼から返信が来る気配がない。


「――ここって喫煙できる?」

「遅れて来た第一声がそれかよ!?」


 突如スタジオの扉が開いたかと思うと、中に入ってきたのは涼香と和人の二人だった。


「あっ、涼香先輩! 和人くん!」

「喫煙できる?」

「遅れてすまん! 向かうスタジオの場所を間違えちまって……」

「大丈夫だよ! 急の案件って訳でもないし」

「喫煙できる?」

「ロボットみたいに言い続けるな、お前」

「ふふっ、禁煙ですよ!」

「くぉぉぉ!! いつもそうだ! この世の中はなぜ煙を嫌う!!」

「健康に悪いからだろ」


 そうツッコむ和人も、愛煙家である。


「そういえば、零さんがいないみたいようだが……?」

「あの人は外の巡回してるよ! 私が曲作りしているときは、邪魔にならないよう、外にいてくれるの」

「なるほど……我々三人だけなら、こっそりタバコを吸っても――」

「ダメだ。タバコの匂いって俺らが思うより、落ちにくいんだぞ」

「チッ」

「わかる! 私も聖也くんと会った時の匂いが取れなくて、スタッフに『タバコ吸い始めた?』って言われたもん!」

「!?」


 サラッと聖也と会ったことを話す花子に、聖也は驚く。

 それを他所に、花子は歌詞が書かれた紙を涼香に渡す。


「涼香先輩! この歌詞でいいか、確認お願いします!」

「ふむふむ……」


 受け取った涼香は花子の隣の椅子に座り、内容を確認する。

 涼香が歌手デビューするにあたって、デビュー曲の作詞作曲を花子が請け負うことにしたのだ。


「……花子、今サラッと聖也に会ったって言ったが……マジ?」

「うん! 二週間くらい前だけど……偶然、会えたの」

「マジか……」


 和人は花子の正面にあたる椅子に座り、聖也に会った時のことを深掘りする。


「あいつとは、何の話を……?」

「メッセージの既読付かない話をしたら、やっぱりスマホ壊われたって! あと、本当に喫煙してたよ!」

「あいつ、花子の前でも吸ってたのか……」

「聖也くんが吸ってた所を偶然、私が見つけたからね! 試しに横取りして吸ってみたけど、不味いね!」

「まぁ、タバコの味を好き好んで吸ってるの、()()くらいだろうしな……」

「それから……私、思い切って聖也くんに聞いたの。事務所に来ない? って」

「!?」


 和人は息を呑む。


(本人に直で言ったか!? だが、ここにいないって事は…………)


「……聖也はなんて返した?」

「今すぐに答えは出せないって…………」

「…………マジか」


(おいおい、好きな人からの誘いを無下にするってどういうことだよ!?)


「……私、やっぱり嫌われちゃったのかな」


 花子が下を向く。


「黙ってアイドルになったこと、怒ってるのかな……それとも、私が知らない内に、聖也くんに酷いことしちゃったのかな…………」

「それはねぇ!!」


 和人は声を張り上げる。


「あいつは花子を! 誰よりも! 誰よりも!! ――大事に想っていた。俺が保証する」

「和人くん……」

「仮にあいつの癪に障るようなことがあっても、花子の頼みを断ることはしねぇ。どうせいつものことだ……俺らの知らないとこで、何か大きなことを抱えてんだ…………一人で」

「気がつけば、全身傷だらけになってたもんね、聖也くん」

「あぁ……あいつはトラオムの先代ボスを潰してるんだ。その報復をするために、組織があいつを狙っててもおかしくねぇ。それに花子を巻き込まないよう避けているんだと、俺は考えている。その報復は、アイドル業界から距離を置いても変わらず続くだろう。ならばいっそ、アイドル業界に身を置けばいいじゃねぇか! 事務所に入れば、俺や他にも頼れる護衛の仲間がいる! 俺ら護衛は、トラオムと殺し合って死ぬ覚悟はある。あいつ一人、孤独に戦う必要はねぇんだ! よし、決めた――!」


 和人は勢いよく立ち上がる。


「次、聖也に会ったら問答無用で事務所に連れて行く! 殴り合いの喧嘩になったとしてもだ!」


(その場合、俺が勝てる可能性は限りなくゼロに近いが)


「ありがとう、和人くん。必ず、連れてきて」

「あぁ、約束する!」



「…………」


 二人が話している間、ずっと歌詞の確認をしていた涼香。


(確認終わったぞ――って入りにくい空気だったんだが……そ、そろそろ割って入っても大丈夫、だよね……怒られないよね?)


 彼女としては珍しく、場の空気を読んで待っていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ