第四話 青の原動力
「――そこにいる、不届き者を排除してからな」
「!?」
電柱裏に身を潜めていた和人だが、それを大鎌の青年――俊樹に見破られてしまった。
「気配の消し方はかなり上手いが……今回は相手が悪い。大人しく出てこい」
「…………」
(今、あいつと戦っても意味はない……)
和人は両手を上げ、ゆっくりと電柱から姿を現す。
「!?」
和人の姿を見た俊樹が驚いた表情を浮かべる。
(どういう反応だ? 俺の何に驚く要素がある?)
「お前は確か…………赤沼、和人か」
俊樹は初対面のはずである、和人のフルネームを口にした。
その発音は、妙にぎこちなかった。
「俺を知ってるのか?」
「あぁ、アイドル護衛の新人でありながら、トラオムの幹部を討伐したという情報が入ってきている」
(討伐っていうな討伐って。幹部は獲物じゃねぇぞ)
「……そこで俺から提案がある」
「?」
俊樹は大鎌を降ろし、和人へ提案を述べる。
「――――我々の、仲間にならないか?」
「……盗み聞きしてた初対面の相手を、良く勧誘できるな」
「我が主は、あなたの活躍を見て興味が湧き、仲間に入れたがっている。我々ヘアクラーズに上下関係はないが、仲間になれば主と同じ扱いを受けると、わた――俺が保証しよう」
「…………」
(……胡散臭すぎる。たかが幹部を一人殺しただけの護衛新人を、ヘアクラーズのボスが欲しがるものか? なんか、話し方も妙にぎこちないし…………奴は何を隠してるんだ?)
「……ボスに会ってから決めるってのはありか?」
「それはできない。ボスの素性をバラされるリスクがあるからな」
「これから連れて行く彼女はいいのか?」
「俺は彼女を信頼している。我が主に救われたのなら、能力を見ているはず。それに関して、口を割らなかったからな」
(確かに……青髪の青年って、探せば案外、沢山いそうだしな)
「…………」
俊樹が腕時計を確認すると、
「これ以上は長居できない……また会うときに、決断を聞こう」
「まるで、また会えるような言い方だな」
「あなたがアイドルの護衛を続ける以上、その因果で会える。…………その時には、敵ではなく味方であることを望んでおります……和人様」
そう言い残すと、俊樹は希美を横抱きにし、尋常じゃない高さを跳躍して移動する。
横抱きにされた希美は、どこか嬉しそうな黄色い悲鳴を上げていく。
「…………あの男、マジで理解できねぇ」
和人は頭を抱えながら、事務所へ戻り始める。
(ただ一つだけ……一応、敵ではないみたいだな…………)
※
「驚いたぞ……あのヘアクラーズのボスが、こんな若造とは……!」
とある会社の社長室。
その場所には、会社の社長本人と聖也の姿が。
聖也は全身血まみれだが、自身に付いた傷は手の平だけ。その血は、彼の後ろに転がっている四人の護衛だったものの血液だ。
そして聖也の正面にいる社長は、椅子に拘束されていた。
「新しい時代を作るのは若者だ…………そんなことを口にする世代が、何を驚く?」
聖也は懐からタバコを取り出し、ターボライターで火を点けて吸い始める。
「ハイライト・レギュラーに、ターボ式のジッポ…………素人の装備じゃねぇな。親の影響でも――ぐぁ!!」
聖也はズボンのポケットから取り出したバタフライナイフで、社長の太ももを刺す。
「この状況で良く世間話ができるもんだ……」
「くぅ…………恐怖がないわけではない。それ以上に、君を称賛しているだけだ……」
「売れないアイドルを半グレに渡してるクズに、称賛されても嬉しいわけないだろ」
聖也はナイフを引いた後、近くに倒れていた椅子を立て直し、社長の正面で座る。
「質問に答えろ。会長の隠れ家を教えろ」
「なるほど……! 会長の首を狙ってる噂は本当みたいだ――ぐぁあ!!」
聖也は能力で自身の手から流れる血液を飛ばし、社長の片目を潰す。
「回答以外の言葉は求めていない。知っているのか?」
「はぁ……はぁ……わかるはずないだろ。会長の愛人ですら把握してないんだぞ!!」
「なるほど。愛人を狙う必要がなくなったな。では……次の集会日時は?」
「会長は君たち以外からも、命を狙われている身だ……待ち伏せされないよう、集会は当日の朝に通達される」
「当日の朝……それで良く、遊ぶためのアイドルを集められるもんだ」
「仕事に困ってる落ちこぼれのアイドルなんざ、いくらでもいる……甘い言葉で誘えば、怪しい仕事とわかっていてもついて――――がぁ!!」
社長の言葉に腹を立てた聖也は、血液の弾丸で社長の睾丸を撃ち抜いた。
「ぐぁ!! あぁ!!」
「もう必要ないだろ、騒ぐな」
聖也はタバコを、血だまりに投げ捨てて消火する。
「ぁぁ……あぁ、わかったぞ……お前の正体……!!」
「何を今更? ヘアクラーズのボスだと言ったのは、あんたが先だろ」
「そうじゃない……お前の苗字……さては、『青住』だろ!」
「…………」
「過去に会長を殺そうとして、返り討ちにあった男も青髪だった。お前は、奴の――」
社長が最後まで言い終える前に、聖也は衝動的に血液で剣を作り、社長の首を跳ねた。
「…………………」
聖也は無言でこの場を去って行く。
「今回も、収穫はほぼゼロに近いな……まぁ、今回はオレのミスもあるが……」
アジトのシャワーを浴び終えた聖也は、帰路を歩いていた。
すると、スマホに着信が入る。
「――オレだ」
『我が主、麦野希美の保護が完了致しました』
「だからアジトにいなかったのか……ありがとう。彼女はセーフハウスに?」
『はい。思いのほか、あっさりと受け入れてくださりました。それともう一つ……』
「どうした?」
『……和人様に、会いました』
「!?」
聖也は思わず足を止める。
「……本当か?」
『私が主に嘘を吐いたことがありますか?』
「カモガール事務所襲撃の日程」
『…………』
「…………」
『……それはさておき、彼に勧誘をかけてみたのですが……ボスの素性を知ってから決めたいとのことでした』
「なるほど、薄々気づいているか…………流石に」
『いかがなさいますか? 和人様に主の正体を明かせば、間違いなくこちら側につくかと』
「いや、あいつは止めてくる。何なら、オレをヘアクラーズから抜けさせてくる」
聖也は、歩みを再開させた。
『と、仰いますと?』
「オレの行動が、危険なものであることを和人も理解できるはず。身内に優しいあいつは、ヘアクラーズの活動を止めに行くだろう。オレはまだ止まれない。会長に手が届かずとも……あいつだけは――!!」
マンションの入り口に差し掛かったところで、二人の人物が待機していることに気づく。
「……俊樹、折り返す」
『かしこまりました』
聖也は一度電話を切り、二人の人物に近づく。
「あっ! やっと来た!!」
その人物は、三咲と瑛土。
聖也の、育ての親である。
二人は受理していた依頼を素早く終わらせ、聖也に会うためにマンション前で待機していたのだ。
「三咲さん! 瑛土さん! 来るなら連絡くださいよ」
聖也は優しい声色に戻る。育ての親であるにも関わらず、律儀な彼は敬語で話した。
「したよ~! でも聖也くん、既読も付けてくれないじゃん」
「えっ、そんなことは……あっ」
ここで聖也はミスをしてしまう。
自身が所持しているスマホは、ヘアクラーズ専用のスマホ。
和人たちと繋がるためのスマホは家に置きっ放しにしており、ここしばらく触っていなかったため、三咲からの連絡に気づかなかったのだ。
「す、すみません……私用のスマホが壊れてしまって…………」
「…………」
「…………」
「って、そんな嘘が通じる相手じゃ……なかったですね……」
聖也がどうしたものか考えていると、瑛土が口を開く。
「聖也、お前がしていることに関して、俺らが干渉することはない。聖也の行動が正義だとも、悪だとも問いかけることもない」
(やっぱ、バレてるか……)
「俺が望むのは一つだけだ。たった一つだけ…………」
瑛土は聖也に近づき、肩に優しく手を添える。
「――死ぬなよ」
「…………」
「本当に困ったら、連絡してね! 前作主人公ばりのパワーで解決してあげるから!」
「それしないって話、俺がしたばかりなんだけど?」
二人はそのまま聖也の事情に深入りすることなく、この場を去って行った。
「……オレを育ててくれて、ありがとう」
そう呟くと、聖也はマンションの中へ入っていく。




