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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
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第二話 伝説のアイドルと、英雄の名を持つ護衛

「悪いわね、あんたの弟借りて」


 涼香たちがレッスンに向かってから三時間が経過した頃。

 共有スペースには宍戸夏実、櫨染早織の二人がいた。


「お気になさらず。偶然オフシーズンが重なっただけですわ」


 夏実は、早織の弟で有り護衛でもある早風を借りて活動していたのだ。

 彼女の護衛を務めている小豆山翔一は【トラオム・ワーレン】幹部『スコルピウス』との戦闘で重傷を負い、一週間経った今も入院しているのだ。


「ただ、明日からわたくしも活動を再開しなくてはなりませんが……?」

「その間は休養に入るわ。アタシの弟を出してまで活動する気はないから」

「あの弟さんは、暴れると手が付けられませんから……賢明な判断かと」


 夏実の弟を知っている早織はそう言うと、手に持っていたティーカップに紅茶を淹れ、飲み始める。


 ――ガンッ!!


 それと同時に、事務所の扉が強く開かれる音が聞こえた。


(あのやかましいのが帰ってきたのね……)


 夏実は扉の方を向くことなく、涼香たちが戻ってきたと思い込む。


「ただいま!! いや~、北支部は実家のような安心感があるね!」

「新人が何を――――え?」


 声に違和感を覚えた夏実は、ここでようやく扉の方を向いた。


「三咲、静かにしないと迷惑だぞ」

「ゴメンゴメン! 本当に住んでた時期があったから、その頃の癖でつい……ね?」


 紺色の髪をした男性と、茶色の短髪をした女性。


「え、えぇ!? ぇぇえ!?」


 二人を知っていた夏実は、思わず立ち上がり、体を震わせる。

 その二人の男女を見た早織も「あらまあ!」と驚くも、夏実ほど動揺を見せない。


「お久しぶりですわ! 三咲さん! 瑛土さん!」

「おぉ! 早織ちゃん! 相変わらず清楚してるねぇ~!」


 三咲と呼ばれた女性は、やたらとテンションが高い。


「ほ、ほほほほ本物!?」

「ん、如何にも……私が『元』御島三咲だよ! 今は()()()の所有物だから星守三咲だけど」

「籍を入れたって言ってくれない?」


 三咲の変な言動に対してツッコミを入れる男性――瑛土。

 どこか既視感を覚える光景だ。


「んがぁ――!!」


 夏実は変な奇声を上げた。

 彼女が変な人だと思われないよう、早織がフォローに入る。


「あの子――夏実さんは、あなたの大ファンです。あなたを目指して、アイドルを始めました」

「本当!? 嬉しい!! 嬉しくて涙でプール出来そう……!!」


 三咲は夏実の手を握り、急に嬉し泣きを始める。


「あ、わわあ、わあわあわわ」


 憧れの相手に手を握られ、夏実の言語中枢がおかしくなった。


「えっと……プロデューサー――拓真さんは今日いる?」


 瑛土が訊ねると、夏実が「呼びまぁす!」と社長室へ走り出した。


「あっ、ちゃんといるんだー!」


 三咲は夏実を待つことなく、社長室へ向かう。

 瑛土は溜め息を吐きながら後を追い、社長室の中へ入った。


「……おいおい、せめてアポは取らないか?」


 拓真が瑛土達の姿を見た第一声がそれだったが、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。


「偶然近くを通って、三咲が行きたいって言うもんですから……すみません」

「いいじゃん! 実家みたいなもんだし!」

「……こうして会うのは久しぶりだな。星守瑛土。御島三咲」


 椅子に座っていた拓真が立ち上がる。


「お久しぶりです、プロデューサー」

「おいおい、私はもうお前らのプロデューサーじゃない。せめて社長と呼ばんか」

「私は私で、傷物になったので星守三咲に改姓されました!」

「ボケるにしても言い方は考えてほしいぞ!?」

「全くだ。アイドルを襲うから、お前は引退する羽目になったんだぞ!」

「拓真さんも何乗ってるんですか!? 引退した理由も知ってるでしょうに!?」


 三人の会話が弾む。

 三人はそれぞれアイドル、プロデューサー、護衛として関係が深かった。

 アイドルをしていた三咲を拓真がプロデュースし、二人を瑛土が守っていたのだ。


「ゆ、夢……それとも、幻……?」


 三人を近くで見ていた夏実は、腰を抜かすほど感動していた。


 三咲は伝説のアイドルとして名を馳せている。表現力豊かな彼女は役者としてもトップクラス。彼女のソロ曲も爆発的な売り上げを誇り、一年間首位を獲得。その後三年間もトップ5から外れることがなかったという異常な結果を叩き出した。


 彼女の護衛を担当していた瑛土もレベルが違う。三十人以上のアイドル狩りが一斉に襲いかかって際、三咲は当然――自身も無傷で全員制圧した伝説は、全事務所の護衛の中で語り継がれている。

 また当時は()()()()から、フィクションに出てくるような怪物が世に蔓延っていた。それを生み出していた研究所を仲間と共に壊滅。怪物も一緒に滅亡させたことから、瑛土を英雄視する国民も多い。


 二人はアイドル業界から離れた後も、自身の能力を駆使して何でも屋を営んでおり、猫を探す小さな依頼や、アイドル狩りの組織を潰すような大きな依頼も熟している。


 生きる伝説と呼んでいい二人を目の前にしているため、夏実がおかしな言動を起こすのも無理はないと言えるだろう。


「そういえば拓真さん。和人が事務所の護衛に入ったんですよね? あいつ、元気ですか?」

「元気にやってる。まぁ、アイドルが好き放題やってるから、和人の胃に穴が空かないか心配だが」

「大丈夫! ()()()()なんだから、胃に穴が空いても平気平気!」

「どういう理屈でそれ言ってる?」



「へ…………息子? あの男が?」


 三咲が何気なく放った言葉が、夏実の鼓膜を通って脳に直撃する。


「そうだよ! 血は繋がってないけど、私が育てたから息子であることに変わりなし!!」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 夏実は全力で叫んだ。

 かなりの声量で、社長室の窓ガラスが揺れるほどだった。


「う、嘘でしょ……私、変な態度取ってたかも……えっ、どうしよう……!」


 かなり焦燥している夏実を見て、拓真が「やっちまったな……」と呟く。


「三咲、お前多分あとで和人に怒られるぞ」

「えぇ!? どうして!? 親が親であること言ったらダメな法律あった!?」


 三咲は拓真の言っている意味を理解することが出来なかった。


「――夏実さん……大丈――――えっ!?」


 夏実の声を聞いてやって来たのは、護衛用の待機室で仮眠していた早風。

 その直後、瑛土たちの姿を見て息を呑んだ。


「瑛土さん!? 三咲さん!?」

「久しぶり、早風くん」

「おひさ!! 相変わらず可愛いねぇ!!」


 夏実は早風に抱きつき、体を揺らす。


「お待ちなさい! いくら三咲さんでも、わたくしの弟を奪わないでくださいまし!」


 すると、いつの間にか社長室に来ていた早織が、三咲から早風を強引に引き剥がした。


「奪ったりしないよ~、息子の方が可愛いし」

「はぁ?」


 早織が顔をしかめ、ティーカップを握り潰す。


()()()の弟の方が一千万倍可愛いだろ!! 現実を直視できないその目に、紅茶を注いだろか? あぁ!?」


 何故か怒り始め、口調が荒くなる早織。


「姉さん落ち着いて!! 社長もいるから!!」

「――――はっ!! わたくしとしたことが……大変失礼致しました」


 早風の声で我に返った早織は謝罪する。


(早織がキレたところ、久しぶりに見た気がする……!!)


 夏実は早織の迫力に圧され、部屋の角で体を震わせていた。


「――――なんだなんだ? 喧嘩か?」


 早織の声に呼ばれたかのようにやって来たのは――涼香だ。

 レッスンが終わり、事務所に戻ってきたのだ。


「おぉ! 三咲さんと瑛土さんではないですか!!」


 涼香は二人を見て高揚する。彼女にしては珍しく敬語も使っている。


「――は? お前今、両親の名を口にしたか?」


 彼女が事務所に戻ってきたと言うことは、その護衛も戻ってくる。

 彼女の護衛である和人が社長室に入った途端、顔が青ざめた。


「んげ、マジで来てるのかよ!?」

「おぉ!! 和人だぁ!!」


 和人を見た三咲が、一目散に彼へ抱きつく。


「三咲さん……離れてくださいよ!!」

「いや! 昔みたいにママって呼んでくれるまでは」

「そんな時代無かったですよ!?」

「えっ……そうなの? それじゃ私は、和人の母じゃなかった……?」

「一気に落ち込まないでください!」


 塩対応(?)な養子に、三咲は液体のように地面に倒れて落ち込む。


「和人くんが……三咲さんの養子……瑛土さんの養子……」


 ここでその事実を知ったのは、早風。


「なるほど……だから、あの体術が……出来ていたのか…………」


 翔一と決闘を行った和人の動きを振り返り、彼の動きの良さの理由に気づいた早風は、一人で納得する。


「和人、お前がこの業界に入ってくるとは思わなかったよ」


 和人の養父である瑛土が、彼に話しかける。


「まぁ、俺自身、入りたくて入ったわけではないですけど……」

「タバコを吸いすぎには気をつけてな。俺の師匠みたいになっちゃうから」

「あの人のヘビースモーカー度は涼香を軽く超えてますから、流石にアレにはならないですよ!」


(えっ、瑛土さんにも師匠がいるの!? そんなのバケモンじゃん……!)


 二人の会話からサラッと出てきた瑛土の師匠の存在に、夏実はその人物を想像することも出来なかった。


「ただいま戻りました――って何だこの人集りは!?」


 すると、零が社長室に入るなり密度に驚く。


「あれ? 何か集まる予定あったかな?」


 彼と一緒に、花子も社長室に入ってくる。


「あー!! 花子ちゃんだ!!」


 彼女の姿を見た三咲は生気を取り戻し、彼女に近づいた。


「聖也がいつもお世話になってるよ!」

「こちらこそ! 最近、聖也くんがスマホを壊したみたいで、連絡が取れてないんですけどね……」

「やっぱり壊れてたんだ! 私も週八回のペースでメッセ送ってるのに、全然既読つかないもん!」


 三咲と花子が女性同士で話していると、零が瑛土に近づいてくる。


「初めまして、花子の護衛とプロデューサーを務めている湊零です」

「君のことは、業界を離れた俺でも知ってるよ。世にも珍しい《ツヴァイスター》って聞いてるから」

「能力を二つ持っているだけで、大したことないですよ」


 謙虚な態度を示す零。


「?」


 瑛土は彼と話している中、和人の肩を叩いた。

 気のせいかもと思いつつも、和人は瑛土の方に近づくと――





「――この男に気をつけろ。嫌な気配を感じる」





「!?」


 零と会話しながら、瑛土は器用に和人へ耳打ちをした。

 和人は驚くも、零を目の前にして聞き返す度胸はなかった。


(零さんから嫌な気配!? 悪そうな人には見えねぇけど……もしかしたら何か裏があるかもしれないが、それは零さんに限った話じゃない。自己犠牲の激しい聖也だって、花子さんに滅茶苦茶欲情して、どこに興奮するとか無駄に熱く語っていたぐらいだしな…………正直、零さんが邪な考えを持ってたからって、それを咎める気にはなれんぞ)


 本人のいないところで、聖也の株を落とすような思考を巡らせた和人。


「それじゃ、俺らも仕事があるから……行くよ、三咲」

「はーい! みんな、待ったね~!」


 瑛土と三咲は何でも屋の仕事のため、事務所を後にした。

 二人は歩道を歩き始めると、瑛土が口を開く。


「……三咲、聖也の住所って変わってないよね?」

「多分…………この既読がついてない間に引っ越してたら話は違うけど……もしかして、今から会いに行く?」

「いや、依頼を熟さなきゃいけないから、今すぐは無理だ……今すぐは、だけど」


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