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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第一章 そのヤニカスはタバコ代を稼ぐため、アイドルになる。
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第一話 社会不適合者、三名様

「…………んぅ」


 一人の青年が、薄い敷き布団の上で目を覚ます。

 赤髪で目つきの悪さは寝起きではなく天然のもの。

 彼の名は赤沼あかぬま和人かずと。二十歳になったばかりの青年。

 この物語の主人公は、彼の方だ。

 和人は目を擦りながら、体を起こす。


「――スーツを着たまま寝るとは、よっぽど疲れが溜まってたんだな」


 部屋の隅でタバコを吸いながら、スマホゲームをしている一人の少女が、和人に話しかけた。

 黒髪で赤のメッシュが入った少女の名は茜宮あかねみや涼香すずか。和人と同棲している二十一歳の少女……少女だ。

 そう表現する理由は、二十一歳とは思えないほど小柄だからだ。身長が百五十センチほどしかなく、中学生と間違えられてもおかしくはなかった。


「あぁ……そのまま出勤できるようにな……」


 和人は寝起きの掠れた声で答えた。

 涼香の言うように彼はスーツを着たまま寝ていた。そのせいで、スーツには目立つシワが沢山付いている。


「……待て、今何時だ?」


 和人は枕元にあるスマホを手に取り、起動して時間を確認する。


「んげっ! 七時過ぎてるじゃねぇか!!」


 和人が会社に出勤する時間は六時。既に一時間も遅刻している状態だ。

 会社に来ない和人へ、上司からの不在着信も11件溜まっている。


「目覚ましセットしたはずじゃ!?」

「いや、鳴ってなかった。てっきり休みかと思って起こさなかった」

「マジかよ……!」


 焦り始める中、上司から12件目の着信が入る。

 和人は息を呑み、電話に出ようとしたところ、


「失礼するよ」

「ちょ、おまっ!」


 涼香が彼のスマホを奪い取り、代わりに電話に出た。


「おかけになった電話は電波の届く場所にあり、電源が入っているため、私が出ました」

『何ふざけたこと言ってんだお前!!』


 涼香の意味不明な発言に、上司から怒声が飛んでくる。

 電話に出られなかった和人からも聞こえる程の声量だ。


『てかお前、赤沼じゃねぇな。誰だてめぇ』

「萌え声の私に対して『てめぇ』とは失礼な奴だな。素人童貞みたいな声してるくせに」

『本当にふざけた奴だな!! 赤沼の女か!? あぁ!?」

「私はただの誘拐犯だ。赤沼を会社に出勤させたくば一秒以内に一千万用意しろ。…………一秒経った。時間切れなので、和人は本日付でニートだ」

『おい何勝手に決め――』


 上司の言葉を最後まで聞かず、涼香は電話を切った。


「おめでとう、君はブラック企業から解放された」

「何勝手なことしてんだお前!?」


 和人は思わず立ち上がる。


「まだ五月上旬だぞ!? 今辞めたら来月の家賃どうすんだよ!?」

「今日から転職活動すればいいじゃないか」

「簡単に言ってくれるが、正社員で入れた会社は今回のが初めてなんだぞ!!」

「そう焦るな。六時出勤、二十三時退勤の会社に居続けるより、一旦フリーターに戻った方がマシだと思うぞ……和人の体を考えたらな……」

「涼香……」


 涼香は和人の身を案じる言葉を吐きながら、タバコの箱を彼に投げ渡す。

 和人は涼香の言葉に胸を熱くさせながら、ライターを取り出してタバコに火を点けた。

 彼もまた、喫煙者である。


「和人が過労死したら、私のヤニ代を稼いでくれる人が消えてしまうからな」

「だろうと思ったよ。――ってか普通に働けお前は」

「私だって好きでニートを満喫している訳ではない。何処にいってもクビにされるのだ! ただ勤務中にタバコを吸っていただけなのに……」

「ヤニカス以前に、日頃の言動からクビにされて当然だろ」


 和人と同棲している涼香は、現在進行形で無職。

 二人は古びたアパートに住んでいるので家賃は高くない。二人で生活しているのであれば家賃光熱費等の問題は起きないはずだが、収入が和人からしか発生しないため、それを払うだけで生活費を節約しなくてはならない。和人一人の収入から二人分の生活費を出さなければならないからだ。

 それに追い打ちをかけるように、二人はもれなくヘビースモーカー。タバコ代も考えると、より食費などを切り詰めなければならないのだ。


「……とりあえず、ハローワーク――に――」


 突然、和人の体から力が抜け、後ろに倒れる。


「無茶のしすぎだ。しばらくはニートを謳歌してもいいんじゃないか? 親の仕送り、一度も手をつけてないわけだし、詰んだらそれを使え」

「……瑛土えいとさんたちは養親だ。大人になった以上、甘えられねぇ。聖也せいやも自立してるし……それに俺は、高校を退学にされた問題児だ。これ以上……あの二人に迷惑をかけたく…………」

「…………?」


 途中で言葉が切れた和人。不思議に思った涼香は、彼の顔を覗き込む。

 彼は過労によって肉体が限界に達し、気絶するように眠ったのだ。


「ふぁ~、私も寝てないんだった」


 そう言って、涼香は和人の隣に敷かれている布団の中に入り、彼女も眠ることに。



   ※



「――ぅ……………はっ!?」


 無意識に寝てしまった和人が目を覚ます。

 ふとスマホの画面を起動させ、時刻を目にする。

 午後五時――和人は、約十時間も寝ていたのだ。

 更に、チャットアプリにて涼香からメッセージが届いていた。


『ヤニを買うからコンビニ行ってくる』


 約十五分前に届いており、部屋を見渡しても涼香の姿はなく、まだ外出中であるのがわかる。


「待てよ、コンビニに行ってるってことは……」


 和人は服のポケットに手を入れる。普段から財布が入っているそこには、何も入ってなかった。


「無駄遣いしなきゃいいが……まぁいい、俺も外の空気が吸いたい」


 和人は涼香宛てに外出するメッセージを送る。

 彼女から『りょ』と返信が来たのを確認した和人は、一ヶ月ぶりに私服を身に纏い、玄関から外に出た。

 ただ散歩するだけの外出だが、行き先は喫煙所がある公園。

 彼は夕日を浴びながら公園へ足を運び始めた。


(夕日を見るの、久しぶりな気がする……)


 そう思いながら歩いていると、異様な光景が目に入る。


「イヒヒ、どうした? もう動けないのか?」


 道中の路地裏で薄気味悪い笑みを浮かべている男二人が、野良猫に拳銃を向けていた。

 猫は角に追い込まれて動けなくなり、男達は弄ぶように弾丸を当たる寸の場所を狙って放っている。

 悪趣味なことをしているくせ、その行為がバレないようにか、拳銃には消音器が備わっていた。


(猫相手に何やってんだか……)


 怒りを通り越して呆れる和人だが、拳銃に関しては何もツッコまない。

 異様な光景――と表現したが、和人の住む街では特別おかしな光景という訳ではなかった。

 何せ、とある理由で銃刀法が緩くなり、一般人でも銃の所持が出来るようになったからだ。


「…………」


 和人は足音を立てずに男二人の背後を取り、両手をそれぞれの背中に当てる。


「――【エンビース】」


 和人が何かを呟く。


「!? 何だおま――がぁ!!」


 男二人が和人に気づくと同時に、二人の全身が紫色の炎で覆い尽くされる。

 和人は、自身の手から炎を出してみせた。

 彼は所謂――超能力者だ。この世界では彼らを《アインスター》と呼んでいる。

 《アインスター》は人口の三分の一はいるとされており、和人のような攻撃性の高い能力も多い。能力を犯罪に使う者から身を守るために銃刀法が緩くなったわけだが、その影響で街の治安も悪化しているのだ。


「熱ッ!! 熱い!!」


 二人は倒れ、地面をのたうち回る。

 その隙に和人は猫を抱え、安全な歩道で降ろす。

 猫は地面に足を着けると同時に、風のようにこの場を去って行く。




「――相変わらず、容赦ないね」




 すると、その様子を見ていた青年が、和人に声をかけた。

 青年の声に聞き覚えがあった和人は、聞こえた方角に顔を向ける。


「聖也! 聖也じゃねぇか!」

「久しぶり、和人」


 青髪をした、優しい顔立ちの青年。大きな怪我をしたのか、左目を覆うよう斜めに包帯が巻かれている。

 彼の名は青住あおずみ聖也せいや。苗字は違うが、同じ養親に育てられた、兄弟のような存在だ。


「いつもの公園に行くの?」

「もちろんだ! あそこで吸うタバコは何故か一段と美味いんだわ!」


 和人は聖也の肩を組み、公園へ歩き出す。


「能力は解除しなくていいの? 死んじゃわない?」

「あー、忘れてた」


 和人は指を鳴らすと、男達に纏わり付いていた炎が消える。

 不思議なことに、男の体に火傷の跡がなく、服も燃えていない。

 ただ、全身が燃やされる激痛が走ったことは事実で、その痛みに耐えられなかった二人は気絶していた。


 和人の能力――【エンビース】

 一見、炎を生み出すシンプルな能力に見えるが、その炎が燃やすのは生命の魂。

 肉体に炎が触れる事で魂を消耗させ、最悪そのまま魂を消し去って命を奪うことも出来る。死体には焼き跡が残らないため、やろうと思えば証拠を出さずに殺人を起こすこともできる、凶悪な能力だ。


「んげ、来月には撤去されるのかよ、ここ……」


 公園に到着した和人と聖也。

 喫煙所に足を運ぶと、来月に撤去する看板が立てられており、和人の気分が落ちる。


「最近はどこも禁煙化が進んでいるから、仕方ないよ」


 そう言って、聖也はタバコを取り出し、火を点けた。

 タバコは害だ――と言ってそうな好青年が。


「!? 聖也お前、タバコ吸うようになったのか!?」


 それと同じ考えをしていた和人が驚く。

 聖也がタバコを吸うところを、一度も見たことなかったからだ。


「……色々あったからね」

「やめておいた方がいいぞ~、体に悪い」

「それ、未成年から吸ってきた君が言うことかい?」


 互いにハハッと笑いを浮かべると、和人もタバコを吸い始める。


「そういえば聖也」

「?」

花子はなことは今どうなってるんだ? 連絡は取り合ってるのか?」


 花子とは、高校時代に聖也が想いを寄せていた相手だ。

 和人の問いに、聖也は首を横に振る。


「いいや、流石に遠慮してる……だって彼女はもう、僕たちと違う世界に住んでいるんだから……」


 聖也はスマホでネットニュースを見ながら答えた。

 そのニュースのタイトルは、『瑠璃川るりかわ花子の新曲、三週連続首位!』

 聖也が好きだった少女は今、アイドルとして活躍していたのだ。


「確か、自分で作詞作曲もしてるんだっけ? もはやミュージシャンじゃねぇか」

「そうだね……」

「なぁお前、花子のボディガードに志願してみたらどうだ? 聖也、戦闘能力はバケモンだし、普通に採用されると思うが」


 街の治安の悪化に伴い、護衛仕事の需要が高まっている。

 政治家以外にも俳優やアイドル、果てには顔を出さない動画配信者も護衛を雇っている時代だ。


「いや、それは無理だと思う。花子さんのマネージャーがそれを兼任しているから……」

「お前ならそのマネージャー超えられるって! その左目が回復すれば、敵ナシだろ!」

「…………この目、治らないかも知れないって、医者が……」


 聖也が左目を包帯越しに抑えながら、呟くように言った。


「……マジか」

「でも気にしないで。この目がコンプレックスだったんだ。右目だって、視力は二以上はあるから!」

「…………」


 返す言葉に迷う和人。

 そんな中、彼のスマホにメッセージが届く。

 その受信音に気づいた彼はスマホを起動させ、確認する。

 送り主は、涼香だった。



『家に戻った。話があるから、和人も帰ってきてほしい』

 

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