序話 その殺戮は善か? 悪か?
「なぁ、俺昨日やっとあのこと寝れたんだが、最高だったぜ!」
街の北東にある、カモガール事務所。
その事務所内で、アイドルを待つプロデューサーと護衛の男達は、本人達には聞かせられないような話をして笑っていた。
プロデューサーと護衛は、合わせて八人だ。
「あの新人の子か? 結構ガード堅かったのによくいけたな」
「意外な趣味を見つけてな。それに同調したらコロッと落ちたぜ!」
「マジかよ。いいなぁ~、俺の担当は偉い人に喰われてるからなぁ……まぁ、その代わりに大金貰えてるからいいけどよ」
「おいお前ら」
そこに、事務所の社長である中年の男が入ってくる。
プロデューサーや護衛に相応しくない言葉に怒るのかと思いきや――
「外では話さないようにしろよ。最近は一般のファンですらプロデューサーを殺す時代だからな」
そう注意するだけで、プロデューサー達の言動を咎める気はなかった。
「へーい!」
「そん時は返り討ちにしますよ!」
男達も社長に対して軽い返事を返すだけだった。
「そういえば、アイドル達遅いっすね。集合時間、過ぎてるような――」
「――アイドル達は来ない」
突如、事務所の扉が蹴り飛ばされ、謎の三人が入ってくる。
「来るのは、確実は『死』のみだ」
三人はそれぞれフードを被り、表情の異なる白黒の仮面を付けていた。
怒った表情の仮面を付けたオレンジ髪の男は、鎖分銅を回している。
涙を浮かべた悲しげな表情の仮面を付けている、お下げ髪の少女は本人も不安そうに、両手をモジモジとさせている。
そしてリーダーのように中央に立つ白髪の青年は、笑顔と無表情――二つの顔が描かれている仮面を付けており、取り回しの悪そうな大鎌を背負っていた。
「何だお前ら!? ヤクザみてぇにカチコミに来やがって!?」
プロデューサーと護衛達もそれぞれ武器を取り出し、戦闘態勢に入った。
「名乗るわけねぇだろ!!」
オレンジ髪の男が先制攻撃。鎖分銅を護衛一人の顔に勢いよく当てた。
その護衛は一発で頭が砕け、後ろに倒れる。
「野郎!!」
護衛達がオレンジ髪の男に狙いを定め、拳銃の弾丸を放ち始める。
男は横に素早く避けながら鎖分銅を投げ、二人の男の顔面を壊していく。
「なんて野郎だ――しまっ――!?」
護衛が男に気を取られていると、お下げ髪の少女が近くのペットボトルを手に取り、護衛の体を斬り倒した。
まるで、ペットボトルが包丁になったかのように。
「やりやがったな女!」
もう一人の護衛がナイフを抜き、少女に斬りかかる。少女はペットボトルでナイフの刃を受け止める。その音は明らかに金属同時がぶつかった音で、ペットボトルから出ていい音ではなかった。
「やめて、ください!」
そう言って、少女は力業でナイフを弾き、ペットボトルで護衛の左胸を貫いた。
「あいつの方がヤベぇぞ!!」
護衛達が少女の方に標的を切り替え、拳銃の引き金を引き始める。
少女はペットボトルを刺したことで死体となった護衛を盾にして、弾丸を防ぐ。
「い、嫌ぁ――――!!」
少女は怯えたように戦っているが、戦闘センスが妙に良い。
弾丸が来ないタイミングで死体の腕を両手で掴み、ハンマーの要領で横に大きく振った。
この一振りにより護衛たち三人の体が上下に分かれ、社長を守れる者が全滅する。
「ひ、ひぃ……!」
仮面を付けた男たちの実力に怯え、社長は逃げようと背を向ける。
「組織の大将が逃げるのか……滑稽だな」
白髪の青年は右手を前に出し、何もない空間をグッと強く握る。
「ぐぁあ!!」
すると逃げていた社長の両足が、何かに挟まったように潰れた。
そのまま社長はうつ伏せに倒れる。
「き、貴様達だな……事務所潰しをしてる『ヘアクラーズ』は!?」
社長は仰向けに体勢を変えながら青年達に問いかけた。
「左様。お前のような、無垢な少女を食い物に輩を殺すために結成された」
「白髪の……あんたがリーダーか…………!?」
「まさか。この程度の雑魚ども相手に、我が主を前に出す理由はない。地獄で懺悔しろ、スカム野郎」
白髪の青年は大鎌の先で社長の首を貫き、絶命させた。
※
「おーっし! 大仕事が片付いたぜ!」
街の目立たない場所にある廃ビルの地下。そこは『ヘアクラーズ』のアジトだ。
オレンジ髪の男は椅子に座ったまま大きく背伸びをする。
アジトには男以外にも、リーダー以外の人物が居座っているのだが、皆が当たり前のように仮面を外していた。
オレンジ髪の男の顔は、右半分に大きな火傷の跡が残っていた。
「といっても、今回は〔シュヴァルツ〕に活躍の場を持ってかれたけどな!」
「ご、ごめんなさい……」
〔シュヴァルツ〕と呼ばれたのは、お下げ髪の少女。
少女は申し訳なさそうに下を向く。
「あーいやいや! 別に怒ってるわけじゃねぇからな、俺」
「雅彦ってアジト内でもコードネーム使うよね」
オレンジ髪の男――本名雅彦に言ったのは、どう見ても小学生にしか見えない幼い少年だ。
「影の組織間あっていいじゃねぇか! いつ盗み聞きされてるかも分からねぇからな。あとそれから『雅彦』じゃない、『雅彦さん』な?」
「……お前には、さん付けしたくない」
「したくないって何だよしたくないって!? あと流石に『お前』はダメだと思うぞ!?」
「――あまり気にしすぎるとモテないぞぉ……〔オランジェ〕」
会話に入って来たのは、灰色の髪をした中年の男。
この中にいる誰よりも筋肉質で、頭に被せたカウボーイハットが目立っている。
「別にモテなくていいっつーの! この顔じゃどのみち女は近づかねぇ」
「男は心で勝負するもんだぜ、若造」
「はいはいイケオジで羨ましいよ、〔グラオ〕のおっさん」
雅彦は反論する気力がなく、適当に返した。
「あっ、そういえば……おい〔ファーブロス〕」
「どうした?」
〔ファーブロス〕と呼ばれて反応したのは、白髪の青年だ。
彼は鋭い目つきで、近寄りがたいオーラを身に纏っている。
「今日の事務所襲撃さ、〔ブラオ〕いなかったけど、急用できたん?」
「……我が主が出る幕もないと思ったから、我々だけで向かっただけだ」
「でも普段なら、『オレだけで行く』ってノリで同行するのに?」
「あぁ、だから主には、明日行くと伝えている」
「はぁ!?」
〔ファーブロス〕の発言に、雅彦は思わず立ち上がる。
「おま、いくら〔ブラオ〕の側近だからって、嘘吐くのはヤバいんじゃねぇか!?」
「あの人にはもう少し、組織をまとめるボスとしての自覚を持って貰いたく、この方法を。自ら最前線に立って戦う姿は美しく素晴らしいものではあるが……」
「お前、ホモなのかってくらい〔ブラオ〕に従順だよな」
雅彦の言葉を無視するように、〔ファーブロス〕は話を続ける。
「しかし、『ヘアクラーズ』全体の圧を出すためには主の行動を控え、我々だけでも事務所を叩き潰せるという威厳を世間に浸透させる必要がある。その威厳が事務所のスカムどもの行動を封じ、アイドル業界の治安改善へと進んでいくのだ」
「へ、へぇ~……でもやっぱ嘘はマズくね?」
「…………」
〔ファーブロス〕が何も言い返せずにいると、何者かがアジトへやってくる。
「!? 我が主、お帰りなさい……ま……」
アジトへ来たのは、『ヘアクラーズ』のボスにあたる、青髪の青年。
左目が星になっている仮面を付けており、全身血まみれの状態で帰ってきたのだ。
「主!? 一体どちらへ!?」
「あぁ、カモガールと繋がってたテレビ会社の役員共を殺して来た。普段はカモガールの護衛もいたが、皆が抑えてたおかげで簡単に始末できた。ありがとう」
そのボスは〔ファーブロス〕が嘘の日程を伝えていたのを見破った上、それを利用してアイドルに枕営業を仕掛けていた会社役員たちを殺してきたのだ。
そしてボスは〔ファーブロス〕を叱ることなく、お礼を述べたのだった。
「我が主! せめて私に相談を――」
「オレはオレのやりたいようになる。俊樹と行動を共にし始めた時に、話したはずだ」
「しかし――!」
「もちろん、みんなが仲間である以上、見捨てる真似はしない。潰したい事務所があれば、遠慮なく相談してくれ。……シャワー借りたらそのまま帰宅する」
そう言って、ボスはアジト内の奥にあるシャワー室へ入っていく。
「…………」
一人になったボスは、仮面を外す。
顔の左側には、目を隠すように大きく包帯が巻かれている。
「和人……業界の闇から涼香先輩を――――花子さんを守ってくれ。決して飲まれるなよ」
『ヘアクラーズ』のボス――青住聖也は包帯を解き、シャワーを浴び始めた。




