第十三話 赤沼和人
翔一と青年が戦っている最中から少し遡る。
「ありがとうございます! 撮影したものの確認を行うので、少し待っててくださいね!」
撮影を終えた涼香と夏実。
「私が表紙を飾るのだ。最低でも一千万部突破してくれないと困る」
「雑誌でそこまで売れるわけないでしょ」
涼香の発言に、夏実は正論をぶつける。
「あれ、夏実の護衛がいないぞ? ヤニ吸いに行ったのか?」
和人の方を見た涼香が、彼の隣にいた翔一の姿がなくなっていることに気づく。
「翔一はあぁ見えてタバコ嫌いよ。護衛なんだから、外の巡回に行ってるんでしょ」
「妙に冷たいな。やっぱ嫌いなんじゃないのか?」
「変に干渉しないだけよ。それこそずっと気になってたんだけど――」
夏実はずっと気になっていたことを、本人に聞いてみる事に。
「あんた、護衛の彼となんで付き合ってないのよ?」
「…………」
その問いに対して、涼香は数秒間黙った後、答えた。
「あいつが遠慮してるから、私も遠慮してる」
「何それ? あんたはあいつ好きじゃないの?」
「好きだぞ。私の全てを捧げていい」
涼香は、和人に好意を抱いていることを即答した。
「そ、そんな風に言えるなら、あなたから告白すればいいじゃない! 彼だって、その気持ちを無下にする人には見えないわ」
「だからこそ、私から告白するわけにはいかないんだ。自由の意味を教えてくれたあいつの自由を、私が奪うことになってしまう」
涼香は、案件で貰った加熱式タバコを吸おうとした。
しかし撮影スタッフから「電子タバコもダメですよ!」と注意され、渋々我慢することに。
「自由の意味って、どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。あいつは殻に閉じこもっていた私を解放してくれた。今の私がいるのは、あいつのおかげだ」
「…………その言葉をそのまま受け取ると、普段のイカれた言動は彼の影響ってことになるけど?」
「そうだが?」
「…………え? えぇ!?」
予想外の答えが返ってきたことに夏実は驚き、和人の方を見る。
「う、うそでしょ……?」
「本当のことだ。『お前は何者にも縛られる必要はない』『自由に、自分が思うがままの人生を送っていいんだ』 ……今でもこの言葉を覚えている」
「どういう状況で言われた言葉なのかはわからないけど、あなた絶対彼の気持ちを読み間違えてるわよ」
「だがあいつは、私のせいで不自由な生活を送っている。私を守ったが故に学校を退学にされ、それが原因でまともな職に就けなかった。だから私がアイドルをやって、和人に楽をさせるために金を稼ぐ。今はそれだけ」
「…………」
夏実は何も言えなくなり、二人は黙り込んでしまう。
「……和人の奴、何かソワソワしてるな」
すると、涼香が和人の異変に気づき、彼の元へ駆け寄る。
「どしたん? 話聞こか?」
「なんで弱ってる女口説くときの台詞が出てくるんだよ」
「私と初対面の時も似たような感じだったろ?」
「そんな感じではなかっただろ!? って、言ってる場合じゃないかもしれねぇな……」
「本当にどうした?」
「あぁ、翔一さんが巡回から戻って来ないんだ……あの人に限って何かあるとは思えないんだが……」
和人は、翔一の身を案じていたのだ。
「行ってきたらどうだ?」
「俺がここを離れたらマズいだろ! 離れている内に別ルートから不審者が入って来たら、誰がお前らを守るんだ!?」
「その時は蓮次郎を盾にする」
もちろん冗談なのだが、それを耳にした蓮次郎本人は「えぇ!?」と驚いている。
「つまり、私と夏実がここにいるせいで、様子を見に行けないのか?」
「まぁ……言ってしまえばそうなるな……」
「…………よし、ヤニを吸いに外へ行こう!」
涼香は外へ出るための口実を思いついたのだ。
彼女は和人と共に、夏実の元へ戻る。
「夏実っち、外の空気食べない?」
「食べるって何よ」
「翔一さんが戻って来ないんだ。万が一のことも考えて、様子を見に行きたいんだ。頼む、俺と同行してくれ!」
和人が夏実に頭を下げた。
「あいつに限って、そんなこと……」
そう言った夏実であったが、それと同時に過去の記憶が頭を過ぎる。
あいつに限って負けることはない――それを口にしたことが引き金であるかのように、護衛が死んでしまったアイドル達を、夏実はこれまで多く見てきた。
「……そうね。念には念を入れなきゃね」
「おぉ! 意外と物わかりがいいな!」
「意外は余計よ意外は」
※
そして外に出た三人は瀕死の翔一を見つけ、和人は【トラオム・ワーレン】の幹部である青年と対峙することとなった。
(翔一さんがあそこまで追い込まれたとなると……アイドル狩りの幹部なのは間違いないだろう。正直不安はあるが、ここを乗り越えなきゃ、それこそ聖也に会わす顔がねぇ)
和人は夏実を守るために手にした日本刀を、地面に置いた。
「あれ、もしかして……ステゴロ?」
「あぁ、そっちの方が戦いやすいからなぁ!」
和人は青年との距離を一気に詰める。
(相手はガチの殺人集団だ。躊躇う必要はねぇよな!)
「え、速ッ!?」
相手の意識外を行き、懐へ入る動きには、青年もついて来られない。
「【エンビース】!!」
和人は拳に紫色の炎を纏わせ、腹を殴ろうとする。
「あぶなッ!」
青年は紙一重でかわし、ダンボールの銃を和人に向け、弾丸を放つ。
拳二つ分だけの至近距離で引き金を引いたにも関わらず、和人は自身が消えるように弾丸をかわし、青年の背後を取った。
「!?」
その気配を察知した青年は振り返るも、和人は既に拳を飛ばしていた。青年はやむを得ず右腕で和人の拳を防いだ。それにより紫色の炎が、青年の右腕に纏わり付く。
「ぐぁあ!! なんだコレ!?」
青年はダンボール銃を布に変え、炎を振り払おうとするも、炎が消える気配はない。
和人の炎は魂に燃え移り、液体以外の物体には干渉されない。人間の魂というと、多くの人は丸い人魂を思い浮かべると思うが、この世界では異なる。
魂は肉体を包み込むように存在しているため、青年の右腕に燃え移っているように見えるのだ。それ故に、服を脱いだとしても炎は体に纏わり付いたままになる。
「うっ、おぇッ!!」
青年は人目も憚らず、嘔吐した。
紫色の炎独特の激痛に気持ち悪さを覚えたのもあるが、手持ちに飲み物が無かったため、胃液での消火を試みたのだ。
「はぁ……はぁ……」
炎を消すことに成功した青年だが、息を切らして体を震わせている。
嘔吐による体力消耗はもちろんだが、翔一との戦いから時間が経っていない。
能力の源は魂。そのエネルギーを使って能力を発動するため、使いすぎると魂が消滅し、死に至るのだ。
青年は能力そのものを武器として戦っているため、連戦による消耗が激しく、さらに和人の攻撃によって魂を削られたため、魂のエネルギー残量が限界に近かったのだ。
「何者なんだい君は!? 明らかに……素人じゃない!!」
「高校の時から命のやりとりはしてきたからな……そりゃ、普通の新人よりは強い自信はある」
「なるほど……ファルベは大型新人の導入に成功したって訳か!」
青年は後退しながら、布を拳銃に戻して弾丸を放つ。
和人は弾丸を避けながら、接近を試みる。青年は距離を潰されないように下がりながら、引き金を引き続ける。
(あの新人の能力、かなり強い。一度でも触れられればかなりのダメージを負ってしまう。だが逆に考えれば、触れられない距離を保ち続ければ、何の問題はない!)
和人の能力は自身の肉体に炎を纏わせ、それを他人に移すもの。その炎を飛ばすことはできないと考えた青年は、近距離に持ち込まれないように足を止めず、距離を置き続けていたのだ。
青年が拳銃の弾丸を飛ばしていると、不意に指を鳴らす。
「和人、後ろだ!!」
「!?」
涼香が叫ぶと、和人は振り返る。
ダンボールの大砲から砲弾が放たれ、和人の方へ真っ直ぐ飛んでいく。
和人はそれを難なく横にかわして見せたが――
「甘い甘い!」
青年が指を横に振ると同時に、砲弾の軌道が直角に曲がる。
「ちッ!」
回避が間に合わず、和人は脇腹に砲弾を受けてしまう。砲弾の衝撃に合わせて横に飛んだことで、体への衝撃を軽減することには成功したが、足が止まってしまう。
「ほらッ!」
その隙を突いた青年は、和人に向けて弾丸を放つ。
「クソッ!」
和人は弾丸を腹に受けてしまう。
それを確認した青年は、思わず不気味な笑みを浮かべた。
足を止めて、指で円を描こうとする。
「勝った! ミックス――」
「【エンビース】――――《スラッシュ・ディストピア》」
刹那――青年は袈裟斬りを受けた感触と、激痛に襲われる。
「は……が…………!?」
青年が足を止めるのをずっと待っていた和人。
彼は右手から紫色の炎で剣を生成。それを素早く振り降ろして剣身を伸ばし、遠くに立った青年の体を斜めに斬ったのだ。
青年の体には斜めの線を描くように炎が纏わりつく。その燃焼よりも先に、斬撃による魂の損傷によって、彼の魂は限界を迎えた。
「そん……ぁ―――――」
青年の声が弱くなっていき、目を開けたまま前に倒れる。
「俺が砲弾をくらっちまったように……短時間の戦闘で、相手の能力を読み切れるわけねぇだろ、普通」
和人はこの一撃を与えるため、わざと炎を飛ばすような行動を取らなかったのだ。
青年が動かなくなったのを見た和人は、懐からタバコを取りだし、火を点けて吸い始める。
「…………」
戦闘が終わったのを見た涼香が、青年の元へ近づき状態を確認した。
「心拍はまだあるが、魂は完全に消滅している。時期に心臓も止まるだろう」
涼香は、魂を視て確認できるかのような発言をした後、和人の方へ。
「大丈夫か?」
「砲弾をくらったが、大丈夫だ」
「夏実が既に救急車を呼んでいる。念のためだ、一緒に診てもらえ」
「……病院は嫌いだ。タバコが吸えなくなる」
和人は、普段の涼香のような発言を飛ばした。
「その気持ちは凄くわかる。だが何より、お前の身の方が心配だ」
「あぁ…………ありがとな」
救急車のサイレンが聞こえてくる。
和人と涼香は、翔一たちと合流するべく、建物の中へ入った。
※
「…………『スコルピウス』がやられたか」
街のとある場所で、男が青年について口にした。
「チラッと死体を見たけど、滅茶苦茶綺麗だったな」
明らかに十代の若い少年が、頭の後ろで手を組んでいる。
「……外傷を出さないタイプの……能力かもしれない……」
無表情な少女がそう呟く。
「なぁ『タウルス』? あの新人やっかいそうだけど、早めに潰しとく?」
少年が男に尋ねると、男は首を横に振った。
「焦らない方がいい。ここ最近『ヘアクラーズ』の動きが活発になり始めている。奴らと鉢合わせたら、非常に厄介なことになるぞ。それに、我々の標的はあくまでもアイドルだ。茜宮涼香はまだリストに乗っていない。ボスから指示があるまでは、しばらく様子見だ」
「へーい」
少年は不満そうに返事をし、少女はこくりと頷いた。
男は場所を変えるために歩き始め、二人はそれについていく。
道中、男は二人に聞こえない声で呟く。
「赤沼、和人…………赤沼…………この苗字は偶然なのか……?」




