第十一話 この界隈、兄弟愛が重い人多くないか?
案件動画を投稿してから一週間が経った。
当然だが、動画は賛否両論を巻き起こした。
案件を出した企業に失礼だの、プロデューサーへの態度が問題だの言われていた。しかし、エナジードリンクを飲む涼香がネットミーム化されたことで、批評の声が薄くなっていく。
ドリンクを飲んだ涼香が謎の男に変貌したり、猫になったりとネットの玩具として遊ばれ始める。インターネットが普及した現代では、人生が充実している人ですらミーム動画を見て笑う時代なのだが、結局は陰の者が作ってきた文化。評論家気取りの批評を行うも、陰の者が多いだろう。普通の人なら無関心を通すからだ。
ネットの玩具として笑いを起こす存在となった涼香は、次第にネット住民からも受け入れられるようになり、批評の声も小さくなっていった。
「涼香さん、凄いです! 事務所内の人気投票、今月三位ですよ!」
事務所の共有スペースにて、蓮次郎が涼香に報告した。
「ちっ、微妙な順位だな……」
「デビューして一ヶ月経ってないのにこれなら十分だろ。なんならビギナーズラックだぞ、この順位」
不満な反応を示す涼香に対し、和人が容赦ない言葉をぶつける。
「私を越えた二人は何者なんだ……!」
「二位は早織さん、一位は花子さんです。花子さんに至っては、全アイドル人気投票で四位ですよ」
「花子が強すぎるぅ!!」
圧倒的な実力を誇る花子を前に、涼香は這いつくばるしかなかった。
「花子さんとは競わない方が賢明かと思います。『事務所クラッシャー』の異名が付いてた時代もあるくらい、男を惹き付ける魅力がある人ですから」
「なんですかその、サークルクラッシャーみたいな肩書きは?」
和人が訊ねると、蓮次郎は事の経緯を話す。
「花子さん、今は零さんが護衛とプロデューサーを兼任しているんですけど、昔はちゃんと二人体勢で役割分担していました。しかし、事あるごとにプロデューサーか護衛の人が花子さんに手を出そうとするもんですから、その度に人が入れ替わってましたね」
「あー、学校でも同じようなもんでしたね……」
花子は天然故に、誰が相手でも分け隔てなく接してくる。そのため勘違いする男子が続出。男同士で勝手に喧嘩したり、イケメンと帰ってる花子を見て脳味噌が破壊される男子が後を絶たなかった。
なお、そのイケメンも振られて心が病み、他の女を片っ端から喰うヤリチンになってしまった。
(聖也もその類いではあるんだが……花子の反応を見るに脈はあるはず。肝心の聖也からチャットの返事もなければ、いつもの公園で出会すこともねぇしな……クソ、焦れってぇな)
和人は一週間、喫煙所のある例の公園に顔を出している。喫煙者となった聖也が、一人でそこに来る可能性があったからだが、彼の姿を見ることはなかった。
「零さんはその傾向になかったため、今も護衛に就いてますね。プロデューサーも兼任してますが、花子さんが実質セルフプロデュースしてるので、名前だけの肩書きです」
「通りでマネージャーって呼ばれるんですね、彼」
「つ、強すぎる……私なんて、和人の人生を壊したくらいで……何もない……」
「おい、俺の人生壊した自覚あるなら、何もないは酷くねぇか?」
まだ這いつくばってる涼香。そんな彼女に、蓮次郎が励まそうとする。
「元気出してください! 花子さんはアイドル歴二年ほどに対して、涼香さんはまだデビューしたばかりです。全アイドル投票でも二十九位ですし、伸びしろはあります。何より、ファンの男女比に関しては涼香さんの方がバランス良いですよ!」
「バラ……ンス……?」
「涼香さんは六:四の男女比です。媚びを売らない強気な姿勢に憧れる、女性ファンが少なくないんですよ!」
(涼香に憧れちゃダメだろ!! ――って言いたいが、それを口にしたらアイドルとしての存在意義を否定してしまう……!!)
「一方、花子さんは九:一と、かなり偏ってるんです。男性受けは完璧なんですけれど、それ故に女性からは嫉妬されてしまってますね。天然もキャラ作りなんじゃないかって声も上がってます」
(まぁ、そう思われちまうよな)
「男女比の偏りすぎは爆弾となって、人気の急低下に繋がる可能性があります。涼香さんはこのまま男女のファンどちらも取り込んでいけば、安定した人気を保ったまま、花子さんを越えられる可能性がありますよ!」
「なるほど! 私は敵を作らない最強のアイドルになれるってことだな!」
涼香は元気を取り戻し、立ち上がる。
(いや、涼香のスタンス的に無理があるだろ)
「――アイドルをやってる以上、必ず敵はいるものよ」
そう声を上げたのは、共有スペースに最初からいた夏実だった。
「お前いっつもいるな。もしかして……暇?」
「仕事合間の待機時間よ!! あなたより暇じゃないわよ!」
「蓮次郎、夏実の順位は?」
「事務所内で四位です。全アイドル投票では三十二位です」
「それじゃ、私の方が上だな。敬語を使えよ、夏実ちゃん」
涼香は不敵な笑みを浮かべながら、タバコを咥える。
共有スペースは禁煙なので、火は点けない。
「ムキィ!! なんであなたはそう人を簡単に煽れるのよ! それから、順位なんて簡単にひっくり返るから! 調子に乗らない!!」
「先輩からのアドバイス、有り難いっす!」
「絶対そう思ってないでしょ!!」
また涼香と夏実の言い争いが始まった。
その間に、和人はこの後の予定を確認する。
「蓮次郎さん、この後は?」
「雑誌のインタビューと、それに添える写真撮影がありますね。夏実さんも一緒の雑誌に出るので、合同の仕事になります」
「えぇー、こいつと一緒なのぉ?」
「それはこっちの台詞よ!!」
※
時刻は午後二時。
涼香たちは撮影スタジオに訪れていた。
二人はカメラマンの元、早速写真撮影を行っている。
夏実は眩しい笑顔で普段の態度を隠している。涼香は無愛想な表情だったが、それが彼女の味であることを知っているカメラマンは指摘することなく、そのまま撮影を行っていた。
「大体一週間ぶりか、お前と一緒に行動するのは」
二人から離れた場所に、翔一と和人の姿があった。
「夏実さんを結構見かけるのに、翔一さんを見かけないから、かなり久しぶりに感じるな」
「俺は夏実のストレスにならないよう、自由時間の時は待機室にいるようにしている」
「……やっぱり、そこまで仲良くない?」
「お前らと比較したらそうなるが、互いに嫌ってるわけじゃねぇ……そうじゃないと信じてる」
(自信、ないんだ……)
「夏実は俺が来る前、護衛やプロデューサーと揉めたことがあったらしい。あいつは努力家だから、常に神経を磨り減らしている。護衛たちの何気ない発言が、夏実の精神を刺激してしまうんだろう。俺はあいつにアイドルを続けてほしいから、自爆するような真似はさせたくない。それにだ……」
「それに?」
「あいつに、弟がいるんだ」
(そういえば、いるって話してたな)
「その弟……噂だとシスコンで、ガチのヤバい奴だって話だ。前任のプロデューサーが、夏実と関係を持とうと近寄ったところ、弟が半殺しにしたらしい。弟も当時の護衛として夏実を守っていたが、少しでも不審な動きをした人を片っ端から殺していったことで、護衛の殺害特権を越えて逮捕されたこともある。これはニュースで見たことあるから、間違いねぇ」
アイドルの護衛は、政府によってアイドルに危害を加えようとした者の殺害を許可されている。
殺害を行った場合は正当性があったか調査が入り、それが認められた後も一週間は自宅謹慎処分を受けなければならない。なお、【トラオム・ワーレン】などの極悪組織の構成員を殺害した場合は、謹慎処分が免除される。
謹慎処分による護衛の数潰しを防止するための対策なのだが、組織はその裏を突いて一般人を高額の金で雇い、アイドルに危害を加えようとしているのも少なくないのが現状だ。
「夏実の弟はアイドル狩り集団――トラオムの連中を数多く殺した功績から、執行猶予付きの判決で済んだ。つまり、娑婆にいるってことだ。零の話だと、早風と互角以上の実力だったと聞く。俺が下手な動きをすれば、殺されかねないってことだ……」
「そんな奴野放しにする国も大概だな……!」
「それだけ、今の日本は治安が悪いってことだ。その弟がいるってだけで、夏実を狙う悪党も減るって話だ……さて、俺は念のため、外を巡回してくる。中は任せたぞ」
「あぁ、わかった」
そう言って、翔一はスタジオを離れ、外に出て行く。
「……………………」
(しかし、涼香も言ってたが…………護衛の仕事って、突っ立っているだけのことが多いな。これで給料が貰えるなら、あのブラック企業を辞めて正解だったな)
しかし、現実はそう甘くないことを、思い知らされることになる。




