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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第一章 そのヤニカスはタバコ代を稼ぐため、アイドルになる。
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第十話 こんな奴に案件を出す方が悪い

「待たせたな、社会の役立たずども! 茜宮涼香、初の単独配信だ!」


 涼香が一人勝手に動画撮影を始める。

 座り心地の良いゲーミングチェアに座り、タバコを吹かしていた。


「今の時代で、タバコ吸いながら仕事できるって最高!!」


 涼香のテンションは高い。

 彼女は、基本吸えるときはタバコを吸い続けてきたヘビースモーカーだ。アイドルの仕事中はそれを禁じられてしまうため、ストレスに感じることがあったが、それから解放された彼女の気分が浮いてるのは、当然と言えるだろう。


「さて、お前らのために今日は案件動画だ! 初手で案件をやるアイドルなんて、前代未聞だろ? 案件と聞いて溜息をついたそこの君は安心してほしい。私は正直な感想を皆にお届けするぞ!」


(それ、嘘の感想いう奴が視聴者を騙すためにいう言葉じゃねぇか……まぁ、涼香の場合はガチの感想しか述べなそうだが)


 和人はカメラに写らない場所で涼香を見守る。ちゃっかりタバコを吸いながら。


「肝心の案件は……おっ、それっぽいのがあった」


 涼香は机の下に、『案件商品』と書かれたダンボールを見つける。

 彼女が自分勝手に撮影を始めること、プロデューサーの蓮次郎が先読みして置いておいたのだ。


「どうやら商品レビューをすればいいみたいだな! ん、思ったより種類が多いな」


 ダンボールの中には、四種類の商品が入っていた。

 涼香はその中から、一つの商品を取り出す。


「これは……エナジードリンクか。『ミーマー』? 聞いたことない奴だな。飲むとミーム化しそうな名前だな」


 缶に入ったエナジードリンクを取り出した涼香は、早速開封して飲み出した。


「…………意外と悪くない。悪くはないが――」


 涼香は缶を逆さにし、中のドリンクを床に零し始め、カメラに向けて中指を立てる。


「何でもかんでもジンジャー味にすればいいってもんじゃないぞ!! 他者はちゃんと味を差別化して販売してるだろうが!! 出直してこい!!」

「おいおいおい何やってんだお前!?」


 これには思わず和人も声を出してしまい、空かさず近くのロッカーからモップを取り出し、床の掃除を始める。


(反射的に動いちまったが、動画撮影だからカットできるよな? してくれるよな?)


 そう思いながら掃除を続ける和人を他所に、涼香は動画を撮り続ける。


「んじゃ次……ん、なんだこれ? USBメモリか?」


 涼香が取り出したのは、USB端子が付いた長方形の物体が描かれた箱。その箱の商品名を読んでみることに。


「えっと……AIXコンバ――って、コンバーターじゃねぇか!!」


 涼香は激昂し、ゲーム機用コンバーターが入った箱を叩き潰す。


「おい蓮次郎! 商品がどういうものなのか理解してから案件を受けろ!!」

「す、すみません! 涼香さんがFPS好きと知ったので……」

「阿呆! FPSゲーマーが一番触れちゃいけない代物だ!! 私のゲームじゃ、チートを使うのと同義だぞ!!」


 変換機器であるコンバーターは正しい用法で使えば便利なアイテムで済むのだが、ゲーム機でのコンバーターは基本悪として見られている。人様に迷惑をかけない一人用ゲームで使う分にはグレーだが、オンラインゲーム――特にシューティングゲームではそれを使用することで犯罪となってしまうケースが多いのだ。


「わかったらヤニ買ってこい!」

「パン買わせに行かせるみたいに言うな。それと、パワハラになるからやめてくれ。炎上商法するにしても、線引きは大切にな」

「むぅ……」


 和人の説教に頬を膨らませる涼香であったが、それ以上文句を吐くこと無く次の商品紹介へ。


「次は……ん、電動マッサージ機か」


 涼香が取り出したのは、普通の電気マッサージ機器。

 ごく普通の、何の変哲もないマッサージ機だ。


「なんでそんなもん案件で送ってきてんだよ!?」


 和人は二つの意味でそう叫んだ。


「何を焦っているんだい? ただのマッサージ機じゃないか?」


 何もわかってないような言動をする涼香だが、ニヤケ面から演技であることが明確だ。


「そうだが……なんていうか……そう! そんなありきたりなもん、今更案件に出すのはどうかしてるっていう!」

「聞き苦しい言い訳だが、とりあえず使ってみるか」


 涼香は電源を入れ、マッサージ機を肩に当てる。


「……………………」


 数秒間、沈黙が周囲を支配した。


「おい、何か言わないとマズくないか?」

「……普通以外の感想が出てこん。これ、和人にあげるよ。使い方は任せる」

「おいおいおい! 案件で貰ったもんを譲渡するな!!」


 そう言った和人だが、涼香が投げ渡してくるため、受け取らざるを得なかった。


「さて、次で最後だな。最後くらい、ちゃんとしたものをレビューしたいんだが……」


 涼香が最後の商品をダンボールから取り出す。


「これは…………」


 彼女が取り出した物は、禁煙グッズだ。

 加熱式のタバコで、ニコチン、タールがゼロの健康被害がない(と明記されている)タバコだ。


「そうそう、こういうのを待っていたぞ! この最かわヘビースモーカーを禁煙へ導くことができるのかな!?」


 涼香はウキウキしながら箱から加熱機器とタバコのスティックを取り出し、取り付けて加熱させた。

 数秒後、加熱が完了したスティックを口に咥え、吸い始める。

 ちなみにスティックの味は、バニラ味――らしい。


「!? いいね! 結構美味しいじゃないか!」


 意外にも好印象な反応を示した涼香。


「――タバコのつまみにピッタリじゃないか!」


 案の定、禁煙の道には入らない。加熱式タバコを吸った後、普段のタバコを吹かしていた。


「案件でその行動はマズくないか!?」

「何をいう、私は喫煙系アイドルだ。禁煙なんてしたら、喫煙者のファンに失礼だ!」

「ん~ファンを気遣う心があったことに感動するべきか、自分の健康にも気を遣えと叱るべきか」

「私を禁煙へ導くには足りないが、禁煙したい人や本数を減らしたい人には合う商品だと、私は思うぞ!」


 涼香はカメラ目線でそう告げた。


(ここまでボロクソなことしか言ってこなかったから、妙に信憑性があるな……)


「よし、案件は全部消化したな。今日はここまでだ! 案件以外の配信もやっていきたいから、親の脛が主食の奴らは、自分の脛を洗って待っていろ! さらばだ!!」


 ――と言って、録画を終了する。


「ふぅ…………やりきった」

「散々やってくれたが、案件動画として大丈夫なのか?」


 和人が不安に思っていると、蓮次郎が口を開く。


「後は私が編集しておくから、今日はこのまま上がっていいよ」

「うぇーい!」


 まともな挨拶もせず帰ろうとする涼香を、和人が止める。


「おい涼香、掃除はやってけ。禁煙に戻っちまうぞ」


(滅茶苦茶やったが、蓮次郎さんが編集してくれるなら、大丈夫だよな)


 そう思った和人は、掃除に専念することに。



   ※



 動画が投稿されたのは当日の夜中。

 翌日、事務所の共有スペースに来た和人は蓮次郎に問い詰める。


「殆どカットなしじゃないですか!?」


 和人は、投稿された動画について不満があった。

 例の案件動画は殆どカットされておらず、和人の姿もガッツリ写っていた。


「しかも律儀に俺の声にも字幕つけてるってことは、わざとなんですよね!?」

「落ち着いてください! 事前に相談しなかった私も悪いと思ってますが、アイドルの護衛って意外と需要があるんですよ!」

「本気で言ってるんですか!? 早風さんとは話が違うんですよ、俺は!?」

「落ち着け、和人」


 今にも暴れ出しそうな和人を、隣にいた涼香が止めに入る。


「実際、お前を良く思う声が上がってるぞ」


 そう言って、涼香は動画のコメント欄を開く。


『案件でも暴走するとは、やっぱキャラ作ってないなこの新人』『案件でこれは流石に大丈夫? 事務所との契約切らされない?』『実際、エナドリの味に個性ないのはキツいよな……』『コンバーターの企業も案件出すんだな……ヤバすぎだろ』『その電マ、ナニに使うんですかね?』


 当然、コメントの多くは涼香の商品紹介についてのことであったが、


『めっちゃ写ってる男、誰?』『プロデューサーは見えない場所で怒られてたし、多分護衛だろ』『男のツッコミがあると妙な安心感がある。彼女だけだと、こっちの感性に疑問を抱いてしまう』『顔は悪くないな。もしかして、涼香たんの彼氏?』『このアイドルなら、普通に護衛と関係持ってても不思議じゃない』『彼氏いる前提なら、返って安心して見られる』


 和人についてのコメントも少なくはなく、意外にも批判的なコメントは目に留まらなかった。


「……まぁ、涼香にとってマイナスになってなきゃいいか…………」


 そのコメントを見た和人は、冷静さを取り戻す。


「私的にも、和人の存在を否定されないのは嬉しいことだ。お前がいないと、私がアイドルをやる意味がない」

「そ、そうか……」


 その言葉を聞いた和人は照れくさくなり、涼香から顔を背ける。


「とはいえ良かったな! ファンからも彼氏扱いされてるから、合法的に付き合えるぞ!」

「うるせぇ! アイドル続けるなら、その話題には触れない方がいいぞ、絶対!」

「何を言う? 今の私と付き合えば、ファンの脳味噌を破壊できる快感を得られるんだぞ!」

「邪悪な発想だな! とにかくその話はやめだ!」


 涼香は、照れている和人をからかい続ける。







「――――だから、何で付き合ってないのよ、あの二人」


 最初から共有スペースで待機していた夏実が、そう呟いた。

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