序話 その少女はアイドルか否か?
※この作品は喫煙シーンを多く含んでおり、未成年者の喫煙シーンも出てきますが、それを容認・推奨するものではありません※
大きな球型ドームの会場。
真っ暗な会場の中には、大勢の観客が何かを待っていた。
観客の両手にはペンライト。このドーム会場で、ライブが行われようとしているのだ。
「…………」
すると、会場のステージにスポットライトが照らされ、その中心には一人の少女が立っていた。
黒の短髪に細い赤色のメッシュが多く入った少女。クールな髪色をしているが、百五十センチの小柄な慎重と幼い顔立ちの方が目立つため、格好良さよりも可愛らしさが出ている。
さらに、白と青が基調のフリフリの服がより彼女をキュートに仕上げていた。
少女の名は茜宮涼香。一定の人気はあるアイドルであるため、可愛さが前面に出ているのは、良いことだろう。
涼香は無言で姿を現したのだが、それでも彼女を待ちかねていた、彼女のファンである観客が一斉に歓声を上げる。
男女比は七:三。男の野太い声が会場内を圧倒していた。
「涼香たぁん! 今日もかわいいよぉ!!」「俺と結婚してくれぇ――!!」
「…………」
涼香は手にしていたマイクをゆっくりと口元に近づけ、ステージに立って初めて言葉を吐く。
「――――五月蠅い」
…………
彼女の言葉と同時に、会場全体が一気に静まる。
普通のアイドルなら、ここでファンに向けて感謝の言葉を告げるのだが、彼女は違った。
ファンの歓声を耳障りに思い、それを直球で伝えたのだ。
「私が喋るんだから静かにするのがマナーでしょ……」
涼香が気だるそうに話している。
ひねくれた態度を見せるが、声が異様に透き通っているため圧がない。まだ反抗期を迎えた女学生の方が怖いくらいだ。
彼女の態度に慣れているのか、ファンは嫌な顔を見せるどころか、彼女の様子にニヤニヤしている。
「えー……この度は……歌なんて音楽プレイヤーで聞けばいいのに、わざわざライブに足を運んでくれてありがとう。チケット代は私のヤニ代になるのでよろしく!」
涼香は到底アイドルとは思えない発言をした後、顔の横にダブルピースを作る。
挑発しているような動きにも関わらず、ファンは喜びの歓声を上げた。
「涼香たん最高!!」「もっと体に気を遣ってぇ!!」「飯代にもしてくれぇ!!」
アイドルをしないアイドル。
「やだね! 私にとってタバコは飯よりも大事なんだよ!」
可愛さで繕わず、ありのままをファンに向けるスタイルが、彼女のやり方だ。
「?」
すると、フードを深く被った一人の男が、突如観客席からステージ上に乗る。
「どした? 私とMCバトルしたいのか? 生憎私はラップが苦手で――」
「お前の……せいで……!」
男が服のポケットから、包丁を取り出す。
それを見た涼香は「ワーオ……」と驚いたような声を出した。
「お前のせいで!! 俺の香澄ちゃんがアイドルを辞めることになったんだぁ!!」
男が包丁を涼香に向け、そのまま突進する。
彼女はかわすことが出来ないのか、その場でただ立ち尽くすだけだった――
「危ねぇ!!」
包丁が涼香の体を貫く寸前、一人の青年が男の手を蹴り、包丁を横に弾いた。
青年の足には紫色の炎が纏われており、その炎が男の手に燃え移る。
「あぁ!! 熱いっ!!」
蹴られた衝撃で倒れた男は、ステージ上でのたうち回り始める。
涼香を刺そうとした男が現れたにも関わらず、ファンは少しざわつくだけで、パニックになる者はいなかった。まるで、その光景に慣れてしまったかのように。
「おい涼香! せめて避けろ! お前なら避けれるだろ!」
「護衛係の和人がいるから、避けようが避けまいが、結果は変わらないだろ」
涼香は殺されそうになったにも関わらず淡々と話し、暴れる男を抑える。
懐に隠し持っていたタバコを取り出し、男に纏わり付く紫の炎からタバコに火を点けようとした。
「……俺の炎は物体を燃やさない。タバコに火を点けれないことは、お前もよく知ってるだろ」
和人と呼ばれた青年が指を鳴らすと、男の手から炎が消える。
不思議なことに、男の手に火傷の跡はなかった。
和人は男が動く前に手足を縄で縛る。
「あぁごめん。火を見ると本能的にヤニを摂取したくなるんだ」
「仕事中は我慢しろ」
「嫌だね! 高い金払ってこのドームを喫煙可にしたんだ。事前告知でも受動喫煙が生じる注意書きをしてある。つまり、ここにいる皆は私の副流煙を吸いに来てるのだ!」
涼香が自分勝手な事を言うと、彼女に賛同するように歓声が上がった。
「金づる――じゃなかった、ファンの皆ありがとう! 皆のおかげで私、高騰するタバコの値段を気にせずカートン買いできてるよ!」
涼香の言葉に合わせて、彼女のデビュー曲のイントロが流れ始める。
男の乱入があったにも関わらず、このままライブを続けようというのだ。
「マジかよ……涼香もファンも狂ってるな……」
和人は男を担ぎ、舞台裏へ退いた。
これは、本能に忠実なアイドルと超能力を持った護衛の物語。
アイドルの存在をかけた戦いに巻き込まれることを、この時の二人は知らなかった。