女体化男子の蒼い夏
「海だぁーーー!!」
太陽が燦々と煌めく白い砂浜を駆ける黒髪の可憐な少女が1人。
「おいっ……ちょっ待てって!あっ服脱ぎ捨てるな!浮き輪は?!要らねぇの?!ちょっと待てって……待てってよぉぉぉぉ!!」
走って行ってしまった少女の腕をなんとか掴んで引っ張る青年。
「おいーどうして手掴むんだよー」
「そりゃ服脱ぎ捨てて走ってく奴がいたら引き留めるだろうがよ」
「ん……確かに」
少女は少し考えて頷く。
時は夏、少女が少女となってもうそろそろ1年の時間が経つ。
彼、もとい元彼女である山科 葵はある日突然魔法少女となり、103体の妖怪と戦う使命を無理矢理押し付けられ、女から男へと戻れなくなってしまったのだ。
当然どうしようもないのでそのままなぁなぁと生活していたのだが、時間というのは怖いもので彼……彼女はすっかりと女性になってしまったと言えるだろう。
心はともかく、身体にはしっかりと女性らしい動作が身に付いて来ていて、先程砂浜を走っていた動作なんかは腕を横に可愛らしく振っていた。
それをしっかりと横で見ている金髪の青年、川崎光一君はなんとも言えない顔ですっかり可愛くなってしまった親友を見つめている。
「なぁ光一」
「なんだ葵」
光一の名前を呼んだ葵は上目遣いで彼を見てその後少し彼から離れる。
「今日の服、どうかな?」
くるっと回ってその艶髪と白に黒いラインの入った水着をふわっとさせながら彼に自分の今日の容姿の好悪を問う。
そう質問する彼女の顔が光一にニコニコ、キラキラしていて眩しく見えてしかたなかった。
「可愛いと思うよ」
「でしょ?姉ちゃんと美晴に選んでもらった甲斐があった♪」
可愛いと言われて大満足である葵さん。
本当に時間というのは恐ろしいもので、男であったはずの人間がその身体に慣れてしまうことで本当にその心まで女性に変わってきているのかもしれないと、そう思わされてしまう。
いや、もう既にそうなのかもしれないと、光一は自分の葵が好きだという気持ちとその歪な関係、感情になんとも言えないものがあった。
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今度こそ、ロッカーに荷物を入れたりタオルを準備したり浮き輪に空気を入れてから海で遊ぶ2人。
「きゃっ!やったなおいっ!お返し……だっ!」
「うわっ!?おいおい浮き輪投げるのは反則……うわ!水を連続でかけてくるんじゃねぇって!」
浜辺近くで水を掛け合って遊ぶのに現在は落ち着いていた。
何故か高校生にもなってくると海に入っている時間もどんどん短くなり、水着を着ていても浜辺で遊ぶのがデフォルトとなってくる。
2人とも1時間くらい浮き輪でぷかぷかとしていたが、結局は飽きてきてしまい、浜辺で色々な遊びをし始めている。
「次は何しようか……葵はなにかやりたい事あるか?」
「私は……そうだ!あれやりたい!」
思案しようとした葵は沖の近くにバナナボートを見つけて、それを指刺す。
「じゃ、行くか!」
「おー!」
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「バナナボート、2人分お願いします」
「1人800円です!次が10分後の回ですねー」
海の家で支払いをして、沖のインストラクターが居る場所に向かう。
2人の他に先に先客が6人いた。
どうやら2人は最後の客だったようで、2人が揃ったところでインストラクターがボートの準備を始めた。
「これからボートを動かしますので、皆さんどんどん乗っちゃって下さいー」
2人の他にお客さんは、4人家族が1組、老夫婦が1組であった。
2組とも見合って、先頭を葵と光一にどうやら譲ってくれるようであった。
その顔はなにやら暖かいものを見るような目であった。
「1番前?!いいの?」
「皆さんが譲ってくれた見たいだから、甘えておくか」
光一が最初にボートに乗り、葵の手を引っ張って光一は自分の前に葵を乗せる。
そして葵のお腹の前に手をクロスさせて葵がボートから落ちないように支える体制を取った。
そんな光一の自然な行動に葵は少し頬を赤らめたが光一は気が付かなかった。
他のお客さんも乗ってボートは走り出した。
「きゃーーーーー!!」
「うおおおっ」
ボートの速さはかなり凄まじく、軽いジェットコースター位は余裕で出ていた。
その結果---
「うぇっ……」
グロッキー葵が完成していた。
光一の奮戦虚しく、頑張って支えてはいたが落ちる以前に葵の三半規管がボートの揺れに耐えきれずに破壊された。
「ちょっと休むか?」
「……ウン」
物凄く小さい声だった。
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「はい、スポドリ」
光一はペットボトルをパラソルの下にいる葵に投げ渡す。
「あっ……ありがと……」
そのペットボトルをしっかりと受け取るが、葵は少し苦しそうに頭にそれを当てる。
そんな葵の横に光一も座り、スポーツドリンクを少し飲む。
「ごめんね……付き合わせちゃって……」
葵は申し訳なさそうにそう言う。
「いいや、別に」
光一は素っ気なくそう返すが、実の所はと言うと葵と一緒にいれればそれでいいので、この時間も捨てたもんじゃないと思ってるだけに上手く返せていないのだ。
この時間も悪くないものだと黙って葵を見つめる光一である。
「そんなに私のこと見つめててもすぐに治るわけじゃないよ?」
葵は不思議そうに光一に尋ねる。
「知ってる」
「ふふっ……じゃあなんで見つめてるの」
ちょっと笑ってまた尋ねる葵。
「……なんでだろ」
「自分でも分からないんじゃ仕方ないね」
光一も葵も、本当は分かっている。
互いの事を異性として見ているからだと。
けれども気づかないフリをしている。
友達としての関係が壊れないように。
大切に大切に。何時までもこの心地が良くて、気持ちが悪い関係が壊れないように。
「「ふふっ……ハハハッ……」」
2人ともこの空気が少し可笑しくて思わず笑ってしまった。
ゆっくりと二人の時間が流れる。
同じ時間。同じ物を見て、同じように過ごす心地の良い時間を。
よくよく考えてみればもう時間が無いのだ。
一緒に過ごす時間、そのものが。
高校生というこの時間は残り半年。もう3年生となる2人は現在進路決めの真っ只中。
もうそろそろ答えを出さなきゃ行けない時が迫っている。進路も、この関係も。
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その後、葵はまた回復して海に来ていたカップルと一緒にビーチバレーや子供たちと一緒に砂浜で砂遊びなど海を存分に楽しんだ。
帰りの電車の中。夕日が差し込み、肩をピッタリと寄せ合い座る2人を照らす。
「1日遊んで、疲れちゃったんだな……」
光一の肩に頭を乗っけてぐっすりと眠る葵の姿がそこにはあった。
そんな葵の隙にぼそっと一言、光一は呟いた。
「好きだよ」
「うーん……」
葵はモゾモゾと動いて、起きた……かと思いきやまだ寝ているようだった。
危うく気持ち悪いと思われたかのように思えた光一だったが、寝返りのようなもので一安心だった。
「また今度、しっかり伝えるから……」
光一はもう一度静かに呟き、自分の心に答えを出す覚悟を決めたようだった。
「----!!」
光一の言葉は葵にしっかり、くっきり聞こえてしまっていて、反応したら起きてるとバレてしまうので悶えることしか出来なかった。
最後の一言は本当に脳天を殴られたかのような一撃だったが、最寄りに着くまでずっと狸寝入りをしているしかなかった葵であった。
だからこそ、今度こそ光一に先手を取られないよう自分から告白をしようと、そう葵は心に誓った。
高校卒業まで--あと半年。
2人の心が真に繋がり、恋人となれる日は来るのか、来ないのか……
それは……まだ誰にも分からない。