◆書籍発売リクエスト◆ユーリットと下町デート
「ユーリット、こっちこっち!」
バスチアン王子が、子犬のように元気に走りながら手招きする。
その髪色はいつもの白金とは違って蜂蜜色に染まっていて、瞳は赤みがかった茶色である。
見慣れない色彩は、王子の魔法が失敗したからだ。
『マーヴェラス王女に頼らずに、大人になりたいんだ』
そう言っていた王子は、本気で変身魔法を練習していたらしい。
マーヴェラス王女の魔法は神様からの贈り物で、通常の変身魔法とは異なる。
だから、王子が変身魔法を練習しても、同じには決してならない。
(年齢差が、気になってしまっているのですものね)
どうしても、わたしの方が年上なことに、バスチアン王子は焦ってしまうらしい。
そうして、周囲にもできるだけ内緒で行っていた変身魔法の練習中に、王子はウッカリわたしを思い浮かべてしまったそうで……。
いま目の前にいる彼の色彩が、わたしと同じ髪の色と瞳の色なのはそのせいだ。
大人になることには失敗したが、わたしとお揃いの色合いになれたことはご機嫌らしい。
そしてこの色彩であれば王子だと気づかれないのではということに気づいてしまい、下町を出かけることになったのだ。
ウィッグと違い、走りまわろうと、頭を振ろうとも、地毛は決してずれ落ちたりしない。
嬉しそうな王子を見ると、つい、頬が緩んでしまう。
今日はちょっとしたお祭りのような日でもあるから、余計に城下町はにぎやかだ。
毎月、一の日には、朝市が豪華になる。
王都の中央広場に、様々な露店が立ち並び、普段はあまり見慣れない東洋の果物などが並んだりする。
普段から多く並んでいる品々は、ここぞとばかりに値下げされ、賑わうのだ。
「おう……バスティ、そんなに走ると転びますよ」
王子、と言いかけて、言いなおす。
あらかじめ決めておいた偽名だ。
せっかくお忍びなのに、王子と呼んでしまったら台無しだから。
「ユーリット、私は子供ではないよ?」
ちょっとだけ不満そうに、頬を膨らます。
そんな表情が愛らしいのだと言ってしまったら、きっと王子は拗ねてしまうから、わたしは笑って曖昧に頷いておく。
ちなみに、わたしの名前はユーリットのままだ。
よくある名前だし、王子と違ってわたしは王家の公式行事に王家の人間として参列はしていないから、平民の間であまり知られていないのだ。
とはいえ、一応わたしも変装はしている。
いつものドレスではなく、コットン素材の翡翠色をしたワンピースを選び、装飾も控えめだ。
髪も高く結わずに、編み込んで横に流している。
「あっ!」
「あらっ」
王子が石畳に思いっきり躓いたので、すぐに手を掴んで支える。
けれど意外な重さに、わたしも転びかけて何とかおしとどまった。
「ごめん、ユーリット、いま足痛くなかった!?」
「大丈夫ですよ、バスティは軽いですからね」
怪我はしていないけれど、王子が軽いのは少しだけ嘘だ。
また背が伸びて、体重も少し増えていたようだ。
以前は抱きかかえることができていた王子だけれど、いまは身体強化魔法を使わなければ無理だろう。
「あー……」
王子が、わたしが掴んだ手を見て、少しばかり赤面している。
離そうとすると、ぎゅっと握り返された。
「手を繋いでいても?」
「子供ではないのに?」
「こ、子供ではないのは事実だが、その、ほら、これは、その……」
「どうしました?」
ひどく、言い辛そうだ。
わたしよりも背が高くなったせいか、少し俯き加減にされても表情がよく見える。
だからとても言いづらそうに、困っているのも、言おうとしてはくっと口を閉じて言いよどむのも、全部丸見えだ。
「バスティ?」
小声でも聞き取りやすいように、顔を寄せる。
「っ、ゆ、ゆーりっとっ」
余計王子の顔が真っ赤になってしまった。
おかしなことは何もしていないのだけれど。
ぎゅうっと、握られた手に力がこもった。
少し痛いぐらい握られて、そっと手を引こうとしても話してくれない。
「は、はやく、市場に行くよっ」
「え、えぇ」
ぷいっと、わたしから視線をそらして、真っ赤な顔のまま、王子はわたしの手を引いていく。
(あ、もしかして……)
ショーウィンドウに映るわたしたちと、周りの人たちを見て気がついた。
手をつなぐのは、子供と大人だけではない。
それどころか、大人同士で手をつなぐのは――――。
王子が前を見てくれていてよかった。
気付いてしまうと、つないだ手がとても恥ずかしく感じる。
(平常心、平常心……)
油断すると、わたしまで赤面してしまいそうだ。
王子の手が、意外と大きいのもいけない。
これでは、男性と手を繋いでいるかのようで、それはつまり、恋人のようで――――。
かくっと今度はわたしが躓いた。
「ユーリット!?」
王子がぐっとわたしの手を引いて支えてくれた。
わたしと同じ色になった紅茶色の瞳を大きく見開いて、心配げに見つめ返してくる。
「ごめん、歩くの早かったかもしれない」
「いえ、わたしのほうこそ、よそ見をしていましたから」
子犬のようにしょんぼりする可愛い王子のおかげで、一気に落ち着くことができた。
王子に気づかれなかったことにほっとする。
さっきよりも、ゆっくりになった王子の歩調に合わせて、市場を巡る。
朝市と名付けられているけれど、実際は夕方まで開催している。
ただ、良いものは早い時間に無くなりやすいのは事実だ。
「あっ、これ、夢繭布で作ったお守り袋じゃないかな」
バスチアン王子が目ざとく見つけたそれは、確かに夢繭布の光沢に似ている。
しかも、染色済みだ。
「おっ、にーさんいい目してるねぇ。そう、これはウィンライト王国特産夢繭布から作ったお守り袋だ。しかも、染色済み! 買うしかないだろう?」
店主が身を乗り出してお勧めしてくる。
染色済みということは、サミンサ国で染めた後、再びウィンライト王国に持ち込まれたということだ。
お守り袋の小ささからして、ドレスなどを作った時に出た端切れだろう。
染色済みの夢繭布はまだまだ出回りが少ないから、お買い得ではある。
(でも……)
わたしは王子をちらっと盗み見る。
真剣に王子は夢繭布のお守り袋を見つめている。
手に持っているのは紅茶を思わせる赤みのある茶色と、澄んだ翡翠色のものだ。
「どちらも、素敵な色合いですね」
「そうだろうそうだろう、あと白と金色もあったんだが、そっちは早々に売れ切れちまった。
なんでも、この国の王子とその婚約者の髪の色なんだとか。
俺はその辺ちっとも知らなかったから、みんな同数仕入れちまった。
そういや、あんたも綺麗な金髪だな」
「あ、ありがとうございます」
「それによくよく見ると、えらい別嬪さんじゃないか。にーさんが手にしているお守り袋は、丁度彼女さんがいま着ているワンピースにピッタリだ。どうだい、どっちかと言わず、両方買っていかねーか?
いまなら、袋の中に入れるお守り鉱石もまけちゃる」
ふっはっはと豪快に笑って、店主がお守り袋に鉱石をいれてくれた。
まだ買うとは王子もわたしも言っていないのだけれど、良い記念になるだろう。
しばらく見慣れない露店を二人で歩いていると、きゅううっと王子のお腹が鳴いた。
「朝早かったですからね」
陽は大分高くなったが、王子が起きる時間よりずっと早起きだった。
朝ご飯もそこそこに、わたしを出迎えたのだろう。
「バスティ、あの薄く焼いた生地で具材をはさんでいる露店はどうですか?」
ここから見る限り、様々な具材をこちらが選んで、それを薄く布のように焼いた生地で挟んで、食べやすいようにくるっと巻いている。
あれならば手も汚れないし、二つ買えば先にわたしが食べて毒見もできる。
「そうだね、見たことのない具も並んでるよね。果物まではさんで美味しそう」
すぐに二人で具を選んで巻いてもらうと、「おまけだよ」といって、さらに具材を増量してくれた。
生地から溢れそうになる具材に苦笑する。
「ユーリットだと食べきれないかもね」
「バスティも同じですよ」
「私は男性だから、この程度は一瞬だよ」
「あっ」
言いながら、ぱくりと王子は一口ほおばった。
店主から受け取った時点で毒の確認はしてあるから問題はないのだけれど、食べたのは自分のではなくて、わたしのだ。
「二人で交互にお互いのを食べようよ」
「どうしてそんなことを? 同じものですよ」
「ユーリットが持ってる方が魅力的だからかな」
「なんですかそれは」
どちらも本当に同じものなのに、王子はわたしが持っている方を食べ続ける。
あまりにもおいしそうに食べるから、わたしも真似て、すすめられるままに王子が持っている方を食べてみる。
(あら、本当に美味しい)
意外だった。
同じものなのに、本当に美味しく感じる。
至近距離で嬉しそうに食べているバスチアン王子の様子が、嬉しいからかもしれない。
食べ終わった後も、わたし達は市場をくるりと見て回った。
いつの間にか、両手にはお土産がいっぱいになっている。
けれどバスチアン王子は、わたしの手は離さない。
お土産は、わたしと彼が繋いだ手で、二人で持つように。
(みんなへのお土産なのだけれど、買い過ぎたかしら)
そんなことをぼんやりと思っていたら、不意に王子ががばっと振り返った。
「大変だ、髪の色が戻り始めてるっ」
こそっと呟かれた言葉に、慌てて王子の髪をじっと見る。
さっきまでわたしと同じ蜂蜜色をしていた髪が、毛先から本来の髪色である白金に戻り始めている。
(そういえば、魔法を失敗して、たまたまが髪が染まってしまっただけでしたね?)
つまり、いつ元の色に完全に戻ってしまうかわかっていなかった。
ここで王子と知られるのはまずい。
「バスティ、急ぎましょう!」
いざとなったら転移魔法石を使用すればいい。
ちらりと王子見せると、王子もこくりと頷いた。
ぱたぱたと急いで王城へ戻るわたし達の横に、馬車がそっと停止した。
「迎えに来ましたよ、バスティアン王子」
「えっ、ジェロニモ!?」
王家の紋章はついていない馬車の中に、なぜかジェロニモ様がいらしている。
わたしは内心の首を傾げつつ、手招きされるままに馬車に乗り込む。
「あらかじめ手配しておいたんですよ」
「まさか、一日も持たないなんて」
王子の髪色は、もうほぼ白金で、瞳の色は紅茶色と翡翠色のグラデーションに変わってきている。
「まぁ、俺に感謝してください。いち早く王子の髪色に気づいて、即座に馬車を手配しましたからね」
誇らしげなジェロニモ様に、ついつい笑ってしまう。
――こうして、わたし達のお忍びは、無事に幕を閉じたのだった。





