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「サミンサ王国の王女がいらっしゃるのですか?」


 バスチアン王子と共に陛下に呼び出され、わたしは思わず眉間にしわが寄りそうになる。

 淑女教育のたまもので、何とか平静を保てたけれど。


(なぜ、いまの時期に?)


 王子はあと一年で十六歳になる。

 結婚できる歳だ。

 どうしても警戒してしまう。

 

「サミンサ王国の末の王女マーヴェラス姫が来国するそうでな。すでに向こうの国を発っているとの事だ」

「それは……」

「うむ……」


 陛下の顔が苦虫を噛み潰したようになってしまった。

 温和な方なのに、珍しい、というよりも初めて見てしまった。


「それで、マーヴェラス姫は、この国での付き添いには貴方を指名してきたの」


 王妃様が青ざめた声で、言い辛そうにわたしに伝える。

 もともとバスチアン王子の婚約者の座を狙っていたサミンサ王国から来る姫が、王子の婚約者であるわたしを指名。

 これは、なにかあると陛下も王妃様も思っていらっしゃるのだろう。


「なぜ、ユーリットが? 本来であれば、お姉様達がする役割でしょう」

「バスチアン、聞いていただろう? マーヴェラス姫からの指名なのだ」


 バスチアン王子が言うように、王女の対応なら王子の婚約者とはいえ伯爵令嬢という低い身分のわたしではなく、王家の姫君、もしくはせめて公爵家の令嬢が付く方がいいだろう。


 けれど断る事ができない。

 国力の差が大きすぎるのと、この国の食料はほぼすべてサミンサ王国からの輸入に頼っている。

 ならばわたしにできる事は、謹んでお受けすることだけだろう。

 マーヴェラス王女がどんな思惑をもって来国されるのかは定かではないが、十分に気を引き締めて対応したい。


「ならばせめて私も同行させてください。ユーリットは私の婚約者です。身分的にも私が王女の対応をすることは何ら問題ないはずです」

「……打診してみよう」


 頷く陛下に、バスチアン王子も引き下がる。

 マーヴェラス王女はバスチアン王子の三歳年下の姫君だったはずだ。

 赤い髪と緑の瞳がサミンサ女王によく似ているのだとか。

 バスチアン王子が三歳の時に婚約の打診があった王女でもある。


(何事も無く済めばよいのだけれど……)


 ――そんなわたしの希望は、王女が来国した瞬間、打ち砕かれることになった。



◇◇◇◇◇◇



「こんな紅茶をよく出せたわね!」


 パシャリと紅茶をドレスに被せられた。

 周囲の侍女たちが息を飲む。

 わたしはなんということも無いように頭を下げた。


「……大変申し訳ありません」

 

 満足げにふふんと大きな緑の瞳を意地悪くゆがめて笑うマーヴェラス王女の目的は、どうやらわたしをいびり倒すことのようだ。

 赤い癖っ毛を二つに分けて結び、結び目の部分には細い三つ編みでくるくると飾っている。

 さらに二つに分けた髪の毛にはところどころ細い三つ編みを入れ、小花を散らして愛らしく仕立ててある。

 とても凝ったこの髪型は、今日の朝わたしが彼女の髪を結わされたものだ。

 その際も今のように何度もやり直しをさせられた。

 もともと手先が器用だったから王女の望む髪型を結う事ができたが、普通のご令嬢は自分で自分の髪を結うこともなければ、人の髪を結う経験もないだろう。

 わたしは王女の侍女ではないのだが、マーヴェラス王女には関係ないらしい。


「淹れ直してきなさい、今すぐ!」

「はい、仰せの通りに」


 王女の命令通り、わたしはすぐに部屋の外に待機させていた侍女たちを中に呼び入れる。

 

「な、何よこの人たち! わたくしは入室の許可をしていないわよっ」

「マーヴェラス様のご希望通り『美しく明るく楽しい紅茶』の為の人員でございます」

「あら、淹れる事が出来るというの? なら、やって頂こうじゃない」


 マーヴェラス王女が挑戦的に睨み付けてくる。

 わたしはそれに微笑み、侍女たちに合図する。

 二人の侍女たちは心得ましたとばかりに王女の前に立ち、魔法を唱える。

 もちろん、王女の護衛騎士達に事前の許可を得ている。


 呪文が終わると、ぱあっと花輪が王女の正面に現れる。

 パラパラと花びらが舞い、王女は瞳を輝かす。

 次にもう一人の侍女が虹を出した。

 ティーカップの上には花輪と虹がキラキラと輝いている。

 そこへわたしが紅茶を注ぐ。

 花びらがティーポットから注がれる紅茶の周囲を舞い、ティーカップに注がれる。

 王女の目はもう紅茶に釘付けだ。


「ま、まぁ及第点よ。これなら飲んであげなくもないわ」


 周囲の目線に気づいた王女は、コホンと咳払いをしてごまかした。

 王女が来国する数日間の猶予で事前に色々と用意しておいてよかった。


「マーヴェラス王女、遅れて大変申し訳ありません」


 バスチアン王子が息を整えながら入室してくる。

 汗もかいているようだ。

 ここまで走ってきたのだろう。 

 王子がちらりとわたしを見て一瞬唇をかみしめた。


(着替える時間はありませんでしたからね)


 わたしのドレスには、先ほど王女にかけられた紅茶の染みが残っている。

 王子に心配はかけたくないが、こればかりはどうしようもない。

 せめてなんともないと伝わるように、王子に微笑む。

 それなのに、バスチアン王子はわかったと言わんばかりに頷いて、王女に向き直る。


「……マーヴェラス王女。ユーリットのドレスが汚れているようですが彼女に何をされたのですか?」


(王子は何を?!)


 その場に緊張が走る。

 わたしは本当になんともないのだ。

 ここでマーヴェラス王女の機嫌を損ねるわけにはいかないのに。


「なに、って何かしら。彼女が至らないから躾けただけよ。紅茶も満足に淹れられないのだもの」

「彼女は私の婚約者です。侍女ではないのです」

「わかっているわ。貴方が三歳の時に無理やり結ばされた婚約でしょう? ……わたくし、とても後悔しているの」

「後悔?」


 王女は本当に困ったような笑みを浮かべている。

 後悔とは何だろう。


「えぇ、だってそうでしょう? お母様がわたくしが生まれた時に気が逸って貴方に婚約を申し込んでしまったせいで、貴方はこんな年上の身分の低い女を婚約者として急ぎ迎えなければならなかった。そうしなければ、我が国との婚約を断れなかったからよね」

「違います、私は、彼女を本当に愛して……っ」

「バスチアン様。もういいのですよ? ご自分に正直になられて。ユーリットは婚約者ではありえないわ。仮初なのでしょう? ……だって彼女は、子が産めないのですもの」


 どくりと心臓が跳ねた。

 バスチアン王子が驚愕に目を見開いている。


(……ついに、王子にも知られてしまいましたか)


 わたしは務めて笑顔を保ちながらも、王子の目を見る事が出来ない。

 幼いころよりの公爵家との婚姻が解消された事情。

 それは、十一歳の時にわたしが生まれつき子が産めない身体である事が判明したからだ。 

 貴族の妻に求められる最低限の義務は、子をなす事。

 それができないわたしは、最初から、婚約者の資格を持たないのだ。


「そんな……」


 絶望を感じさせる王子の声音が耐えられない。

 すべての音が遠く感じる。

 

「ユーリット……っ!」


 目の前が暗くなり、わたしはその場で意識を失った。

 

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