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(……どうして、こうなったのかしらね?)


「ユーリット、今日こそは私と結婚してもらうよ」


 王子の部屋を訪れると、待っていましたとばかりに王子がチェス盤を両手に持って立ちふさがっている。


 衝撃の婚約破棄騒動から十二年の月日が経ち、愛らしかった幼い王子は十五歳の立派な青年に育った。

 国内の有力貴族家にも待望の女児が続々と生まれ、パーティーでは王子の周りには常にご令嬢達が集まるほどだ。


 だというのに、なぜかわたしはいまだに王子の婚約者のままでいる。

 二十五歳だ。

 よもやまさかこの歳まで仮初の婚約が続くとは思っていなかった。


「まぁ、バスチアン殿下。それはわたしにゲームで三連勝出来たら、ですよ?」

「あぁ、わかっている。チェスの得意なアステルガ侯爵子息に特訓してもらったからな。今日という今日こそ、私は貴方に認められるんだ」


 うきうきと嬉しそうに盤をテーブルに置くけれど、きっと今日もわたしの圧勝だろう。


(アステルガ侯爵家には、バスチアン殿下と丁度良い年回りのご令嬢がいますからね)


 王子はわたしに三連勝したら結婚できると思っているのだ。

 その王子に特訓を頼まれたのがアステルガ侯爵子息なら、妹の為にも王子の特訓はほどほどにしているだろう。

 本気で特訓して、王子とアステルガ侯爵令嬢との婚約の目が無くなるのは避けたいはずだ。


 わたしの予想通り、良いところまではいくものの、決め手に欠ける手を打ち続けて、王子は三連勝ならぬ三連敗をしてしまった。


「……少しは、手加減してくれても良いのだぞ」


 少し拗ねた姿は十五歳の男の子に対して思う気持ちとしては不適切かもしれないが、可愛らしい。

 ふわふわの綿毛のようなプラチナブロンドの癖っ毛は、大きくなっても変わらなかった。

 だからだろうか?

 わたしにとって王子はいつまでも可愛い男の子だ。


「手加減などしたら、王子を子ども扱いしていることになりますわ。そうして欲しいのですか?」


 最近、特に子ども扱いされることを嫌がる王子は、その瞬間「嫌だ!」と否定した。


「そうでしょう? なら、これからも手加減せずに対戦させて頂きますわね」

「うっ……それだと、私はまだまだあなたと結婚できぬではないか」

「何度も説明いたしましたが、わたしは幼かった王子を守るためだけの仮初の婚約者です。結婚することはまずありえないのですよ?」


 婚約者になった当初は王子は幼い男の子だった。

 仮初の婚約者がなぜ必要かなど説明しても理解できなかっただろう。

 だから伏せられていた。


 王子が三歳の頃は丁度良い年回りのご令嬢がおらず、急遽十歳も年の離れたわたしが婚約者になった。

 それから七年経って王子が十歳になる頃には国内外に女児が多く生まれ、三歳から五歳年下のご令嬢が多くいたのだ。

 王子の正式な婚約者を決めるためのお茶会も数度開かれ、王子と相性の良いご令嬢も何名か見つかっていた。

 本来なら、そのまま自然にわたしと王子の仮初の婚約は解消され、王子と仲の良いご令嬢に婚約者が代わるはずだった。

 それなのに、バスチアン王子と個人的に何度も会うようになると、決まってご令嬢側からお断りの手紙が届くようになってしまったのだ。


 理由はいつも同じ。


『ユーリット様の話しかしてもらえません!』


 手紙なので、もう少しオブラートに包んだ表現ではあったが、ほぼほぼすべてのご令嬢から同じ内容のお断りの手紙が届いた。


 見かねた陛下がバスチアン王子にわたしとの婚約が結ばれた経緯を説明して下さったのだ。

 だというのに、王子はそれからさらに五年経ち十五歳になったいまでもわたしから離れる様子が無く、他のご令嬢達に見向きもしない。


(わたしでは、絶対に王子と結婚などできないのだけれど……)


 バスチアン王子と結婚できるのなら、そもそも幼いころからの婚約者だったアーデルト・フレイル公爵子息にも嫁げたのだ。

 陛下も公爵家とわたしの婚約解消理由はご存じだから、王子に見合う令嬢が現れれば、すぐに婚約解消が成立する。

 そのためにも、バスチアン王子には早くわたしを諦めて、お似合いのご令嬢と結ばれてほしいのだけれど。


 次こそは絶対に勝って見せる、と悔し気にする王子との勝負にわたしはいつまで勝ち続けられるだろう?

 ウィンライト王国では、十六歳から結婚できる。

 だから万が一わたしが王子に負けてしまっても、まだ一年の猶予はある。

 その間に上手く王子をかわして別のご令嬢との縁を結ばせることが出来ればいいのだが、騙すような形になるのは避けたい。


「結婚はまずありえないというが、仮初でもなんでも、正当な婚約者はユーリットだけだ。つまり、婚約が無くならない限りは結婚できる」

「えぇ、婚約が無くならない限りは。ですがわたしは、わたしよりも弱い殿方に嫁ぐつもりはありませんよ?」

「チェスでなければだめなのか?」

「魔法や剣技での勝負は危険ですからね」


 本当は、チェス以外でわたしが勝てるものが無いからなのだけれど。

 バスチアン王子は本当に優秀な方で、魔法も剣技も語学もすべてにおいて優れている。

 身内の贔屓目に見ても、大人顔負けの実力を備えていると思う。

 その王子が唯一苦手なのがチェスで、わたしが唯一得意なものだ。

 伯爵令嬢でしかないわたしの魔力は人並みで、いくら王子がまだ十五歳とはいえ王族の魔力に敵うものではない。

 剣技は論外だ。護身術程度は習っているが、王子のような騎士としても通用するものは習うこともない。

 語学はわたしも公爵家に嫁ぐ予定であったから、五か国語程度は履修しているが、十五歳ですでに七か国語を履修している王子には劣るのだ。

 

 今年に入り、わたしよりも背が少し伸びた王子は、なぜか急にわたしとの結婚を迫りだした。

 ことあるごとにされる求婚をかわす為に、わたしが出した条件がチェスでの三連勝。

 以来ほぼ毎日のようにチェスでの勝負を挑まれている。

 

 これでチェスにかまけて勉学や公務をおろそかにするようなことがあれば、わたしはすぐにでもそれを指摘して勝負を中止にしようと思っていたのだけれど、そこは賢く優秀なバスチアン王子、抜かりなかった。

 以前よりもより一層勉学に剣技にと励み、公務もきちんとこなしていらっしゃる。

 これでは、勝負を中止にすることも、求婚をうやむやにすることも難しい。


「そうだ、ユーリット、壁際に立ってもらえないか?」

「壁際……こうですか?」


 席を立ち、言われたとおりに壁の側に立ってみる。

 急に何だろう?


(護衛騎士が何やら口元が笑っていますわね?)


 王子からは見えないが、王子の後ろに立つ護衛騎士が必死に口元に力を込めて無表情を保っている。

 頑張っているが、あれはどう見ても笑いをこらえている。

 

 気が付かない王子は、真剣な顔でわたしの正面に立ち、おもむろに片手を壁に押し当てた。

 そのままわたしを見つめて動かない。

 どのくらいそうしていただろう。


「王子?」  

「……その」

「はい?」

「どきどきしないか?」

「えっ?」


 どきどき?

 どういうことだろう。


「女性は、こういったことをされるとどきどきするのだろう?! 壁に手をついて、真正面に立つのが良いはずだ!」


 王子はとても真面目だ。

 真面目に言っている。

 けれどわけがわからない。

 

「……おそらくどきどきする方と、しない方がいるのではないでしょうか」

「そう、なのか?」


 くるりと王子が振り返り、護衛騎士に助けを求める。


「ジェロニモ様は大人の男性ですから、王子に対する助言に少々無理があったのやもしれません」

「そうか……」


 護衛騎士の言葉に目に見えてしょんぼりするバスチアン王子に、わたしは困惑してしまう。


(まさかと思うのだけれど、ジェロニモ様にわたしの口説き方を教わってきた、とか?)


 護衛騎士をちらりと見ると、こくりと頷かれた。

 ジェロニモ様はジェロニモ・デーラル侯爵子息で、ウィンライト王国一の色男ともてはやされている人物だ。

 パーティーでは常にご令嬢達に囲まれているし、恋のお相手には事欠かない。

 人当たりは良いし、仕事も出来る人物だが、十五歳の王子の恋愛指南は困難だったようだ。

 彼はモテるのが当たり前で、女性の方から彼に寄ってくるのだから。

 

 おそらく先ほどの王子の行動は、ジェロニモ様に教わった通りなのだろうけれど、王子が本当は何をしたかったのかよくわからなかった。

 わたしをどきどきさせたい、ということなのはわかったけれど。


(ジェロニモ様にされたら、どきどきするのかしらね?)


 想像してみる。

 彼を愛するご令嬢達なら、至近距離に彼の美麗な顔があったらそれだけで喜びそうな気はする。

 けれどわたしは特に何も感じなさそうだ。

 

「王子、それよりも、チョコレートを頂きませんか? 王都に新しく洋菓子店が開きましたの。見た目がとても可愛らしいんですよ」

 

 気を取り直して、わたしは手土産を披露する。

 包装も可愛らしい箱の中に入っていたチョコレートは、色も形も凝っていて、王子も目を輝かせた。


「可愛いうえに、とても美味しいな」

「えぇ、そうでしょう? お気に入りのお店になりましたわ」


 翡翠色の瞳を輝かせてチョコレートを味わう王子は、やはり可愛らしい。

 わたしは王子の様子に満足しながら、さて、どうやって王子にわたしを諦めて頂こうかと考えを巡らせていた。


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