9.ならず者たちの拠点
町から砦までの細道を、私たちは一列になって進み続けた。ずっと昔に打ち捨てられた道だというだけあって、生い茂った草に半ば埋もれてしまっていた。
偵察のために騎士を先行させながら、慎重に進む。いつどこで奇襲があるか分からないし、罠などがあってもおかしくない。敵をただのならず者の集まりと、あなどってはいけない。彼らの裏に、何がひそんでいるか分からないのだ。
私たちはみな、今までにないほど緊張していた。けれど予想に反して、あまりにもあっさりと、目的の砦の前までたどり着いてしまった。
「砦の中で戦うことになれば、賊の側が有利になりかねない。できればここに来るまでに、多少なりとも数を減らしておきたかったが」
セレスタンが砦の中を見つめながら、奥歯をかみしめている。悔しそうな表情だ。
私もその点については同感だ。ここは古いとはいえ砦なので、守る側に大いに地の利がある。私たちはアネットを除き精鋭ぞろいだし、単純な武力では劣りようもなかったが、砦にこもって迎え撃たれると少々面倒かもしれない。
「こうしていても仕方ないわ。のんびりしていたらそれこそ、連中に先手を打たれてしまうかもしれない。すぐに突入しましょう」
そう言い切って、馬を進める。ニコラと私の配下の騎士たちが寄ってきて、私を先頭に陣形を組んだ。
「私が先行する。あなたはアネットを守りながらついてきて」
「いや、待ってくれ」
一団になって進む私たちを、セレスタンが制止する。
「思うところがあるとはいえ、あなたは一応女王だ。先陣を切るのは危険だろう」
「危険だからこそ、私が行くのよ。女王じきじきに、この地を制圧しに来たのだと思い知らせるために。私の本気を、示すために」
過去の悪行の報いで、私は破滅した。もう、あんな未来は欲しくない。
破滅の未来を防ぐ。それには、こうして内乱の芽をつぶして回るだけでは足りない。これから先、新たに内乱の芽が生じるのを阻止していく必要がある。
そのために私は、変わらなくてはならない。変わったことを、みなに示さなくてはならない。これはきっと、その第一歩になるはずだ。
にっこりと笑って、右手を空中に差し伸べる。手のひらから光が宙に伸びていき、無数の光の粒になって消えていく。
その後には、金色に輝く剣が姿を現していた。優美な曲線を描く両刃の剣で、柄までがひとつながりの金属でできている。刃の根元には、新緑を思わせる緑色の宝石がはめこまれていた。
これが私の聖具、『剣』だ。何であれ、持ち主が望むものを切ることができる。扱いに習熟すれば、鎧に傷一つつけずに肉だけを切ることも、城を瞬時に粉々にすることだってできるらしい。
もっとも、私はまだそこまでこの『剣』の扱いには慣れていない。今のところは、異様に切れ味のいい剣、といったところだ。
「……分かった。それでは私は、すぐ後に控えている。危なくなったら、下がってくれ」
セレスタンはまだ不服そうな顔でそう答えると、左手を空中に突き出した。
またもや光が生じ、今度は金色のどっしりとした盾が現れる。肩から腰くらいまでを覆うくらいの大きさの、細かな彫刻がされた品だ。『冠』や『剣』と同様に、この『盾』にも、夜明けの空のような紫色の宝石が真ん中にはまっている。
この『盾』は、見かけよりずっと広い範囲を守ることができる。それこそどんな攻撃からも。
セレスタンは自分の配下の騎士とアネットを集め、全員を守れるように『盾』を構える。それを見届けてから、改めてニコラたちを見渡した。
「それでは、突入するわ。全員、身の安全を第一に考えるように」
できることなら誰一人傷つくことなく、この戦いを乗り切りたい。そう思わずにはいられなかった。それがとても難しいことだと、分かっていたけれど。
砦の入口をくぐって広場に出た私たちを出迎えたのは、ありきたりな罠だった。上から人の気配がしたかと思ったら、一抱えもある大きな岩が落ちてきたのだ。
冷静に手綱を取ってかわしながら、『剣』でみじん切りにする。あっという間に、そこには一塊の砂利の山だけが残された。
「ちっ、かわされたぞ! なんだ、あの剣は!?」
「なあ、あれって……もしかして、女王じゃないか? まさか女王がじきじきに、俺たちを倒しにきた、のか……」
「なんだそりゃ、あいつは剣の家の当主だろ!? 約束が違うじゃねえか!」
「くそっ、だったら返り討ちにするまでだ!」
そんなことを言いながら、ならず者たちが一斉に襲い掛かってくる。ニコラと騎士たちが四方に散った。ある者は騎乗したまま、ある者は地面に降り立って、めいめい剣を抜いている。
私も『剣』を振りながら、目の前のならず者たちをじっと観察する。服装も武器も、さらに年齢も体格もばらばらな彼らは、そのくせ妙に統率が取れていた。
よく見ると、奥の方で指揮を執っている者がいる。他の者よりずっと身なりが良く、高い知性も感じられる。どうみてもあれは、ならず者ではない。この件、やはり何か裏がありそうだ。
そこまで確認したところで馬を飛び降り、『剣』を大きく横になぎ払った。ならず者たちが数人、叫び声を上げながらまとめて吹っ飛んでいく。その様を見た残りのならず者たちが、おびえたように叫んで砦の中に逃げ込んでいった。
先ほどの一撃を受けたならず者たちは小さくうめきながら、地面に伸びている。どうやら、手加減はうまくいったようだ。そのせいか、思ったよりも多くのならず者を取り逃がしてしまったけれど。
砦の中に続く入口を見すえながら立っている私に、ニコラが歩み寄ってきた。多少息をはずませてはいるが、全くの無傷だ。
「最初の襲撃はやり過ごせたようですね。ですが、これ以上突出するのは危険です。ひとまず、セレスタン様と合流いたしましょう」
「そうね。ここから先はセレスタンに先行してもらったほうがいいかもしれない。守りにかけては、彼のほうが上だから」
「はい、私もそう思います。リーズ様の意志は、既に十分に示せたかと。これ以上の無茶は、思いとどまっていただけると嬉しいのですが」
「この程度、無茶のうちに入らないわ」
そんなことを話しながら、周囲の様子をうかがう。他の騎士たちは、倒したならず者たちを次々縛り上げていた。ニコラだけでなく、騎士たちもみな無傷でこの場を乗り切ることができたようだった。
ならず者たちは苦しそうにうめいているが、死んでいる者はいない。あらかじめ彼らには、敵を全て生け捕りにするように命じてあったのだ。
ほっと安堵のため息をついて、ニコラに笑いかける。
「見事な腕前ね、ニコラ。あなたがいてくれて助かったわ。他のみなも、いい働きをしてくれているわね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
ニコラは相変わらずの無表情に見えたが、目元がほんの少しほころんでいた。
ちょうどそこに、セレスタンとアネット、それに盾の家の精鋭たちが追いついてきた。みな、周囲の状況を見て目を丸くしている。
「……あれだけのならず者を、生かしたまま捕らえた、だと……」
「すごーい、みんな強いのね。手加減するのって、難しいんでしょう?」
セレスタンはやけに難しい顔をしていて、アネットは少しおびえてはいたが、それでも私たちの腕前に感心しているようだった。
「ええ、私は飛び切りの腕利きたちを連れてきたから。たとえならず者であっても、むやみに命を奪ってはならないと思うのよ」
前の人生で、死体は嫌というほど見てきた。内乱に巻き込まれた民や、王宮を守ろうとした兵士たち、そして、ガブリエル。もうこれ以上、誰かが死ぬところを見たくない。実のところ、そちらのほうこそが私の本音だった。
だから、『剣』の威力も思い切り絞った。致命傷を与えることなく戦意を削ぎ、捕らえる。それはとても神経を使う戦い方ではあったけれど、どうにかやり遂げた。
「リーズ様、この広場にいる賊の捕縛は完了いたしました」
ほっと胸をなでおろしている私に、ニコラがまた声をかけてくる。彼にうなずきかけて、それからこの場の全員を見渡した。
「それでは、先に向かいましょうか。セレスタン、今度はあなたに先頭を頼めるかしら」
「……無論だ」
そう答える彼の顔には、緊張以外の何かがにじんでいるように思えた。その表情は気になるが、今はとにかく砦の制圧が最優先だ。
陣形を組み直し、砦の中に続く入口に向き直った。号令をかけるために、セレスタンがゆっくりと息を吸う。
まさにその瞬間、奥から複数の物音が聞こえてきた。やがて、数人の人影がこちらに近づいてくる。アネット以外の全員が、武器を手に身構える。
おそらく、いや間違いなくあれはならず者だ。ただ、万が一ということもある。まずはきちんと、相手を確認しなくては。
その判断が賢明だったと、すぐに私は思い知ることになる。
「……ガブリエル!?」
何がどうなっているのか、私たちの前に姿を現したのは、後ろ手に縛られたガブリエルだったのだ。しかもその後ろにはならず者がぴったりと張りついていて、彼の喉元に刃物を突きつけている。
「姉様、ごめんなさい……」
数日ぶりに見る彼は、大きな目に涙を浮かべ、弱々しい声で謝罪の言葉を述べていた。




