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8.無垢な民の歓声

 馬車に揺られながら、ぼんやりと向かいを見る。目線を動かした拍子に、アネットと目が合った。彼女は無言のまま、笑みを返してくる。


 今、私たちはならず者たちを討伐するために、彼らの拠点を目指している。途中の町に泊まりながら数日かけて進む、ちょっとした旅だ。


 セレスタンは馬に乗り、盾の家の精鋭たちと共に、私とアネットが乗る馬車を先導している。私が連れてきた騎士たちとニコラは、騎乗して馬車の後に続いていた。


 私たちだけ楽をしていることが少し後ろめたくはあったが、こればっかりはどうしようもない。私やアネットは見た目よりは体力があるが、屈強な騎士たちやセレスタンと同じように行動し続けるのは、さすがに難しいのだ。


 規則正しい馬車の揺れに身を任せながら、今回の件についてセレスタンから聞いたことを頭の中でおさらいする。


 盾の家の領地、王都から数日の森の中で暴れているならず者は、数にして数十から百。


 かなりの辺境であればともかく、王都の近くにこれだけのならず者がたむろするのは、とても珍しいことだ。私とニコラの策略の結果とはいえ、また微妙なところに集まってしまったものだと思う。


 彼らは打ち捨てられた古い砦に居を構え、周囲の村から略奪を行っているのだそうだ。奇妙なくらい計画的に、組織立った動きで。近隣の小領主の誰かが裏で糸を引いている可能性があると、セレスタンはそう推測していた。


 向かいのアネットに気づかれないよう、そっとため息をつく。ならず者を率いて悪さをする、そんな不届き者が出たのも、元はといえば私のせいなのだった。


 かつて私は、次の王の候補者であるアネットとセレスタンの足を引っ張ってきた。そのせいで、盾と冠の領地は不安定になってしまっている。


 国が安定していれば、ならず者はすぐに捕らえられていたに違いない。私とニコラがどれだけたくさんのならず者を解き放ったとしても、あれだけの数が一か所に集まってしまうことなどなかっただろう。


 膝の上の手を、ぎゅっと握りしめる。窓の外を見てはしゃいでいるアネットの明るい声が、私の耳を素通りしていった。




 日が傾いてきた頃、街道の先に町の姿が見えてきた。今夜はあの町に泊まるのだと、そうセレスタンから聞かされている。


「何事もなくて良かったわ。……って、あれはいったい……」


「わあ、人がいっぱいね」


 私とアネットは、馬車の小さな窓から外を見て、同時に声を上げた。


 町の中にはたくさんの人が集まっていて、まるでお祭りのような騒ぎになっていたのだ。居並ぶ群衆の中に一筋、ぽっかりと道が空いている。ちょうど、馬車一台分が通れるくらいの幅だ。どうやら、町民たちが出迎えのために顔を出しているらしい。


 先頭のセレスタンたちが町に入ったとたん、ものすごい歓声がわき起こった。アネットと二人、馬車の小窓に張りついて外の様子をうかがう。セレスタンはこれっぽっちも動揺することなく、堂々と民に手を振っていた。


「セレスタン、落ち着いているのね。すごいなあ。さすが貴族ね」


「あなたも一応は貴族じゃない。冠の家の当主なのだから」


「わたしは平民よ。生まれも育ちも田舎の村だもの。それに冠の家の人たちにも、歓迎されなかったし」


 そんなことをささやき合っている間にも、私たちが乗った馬車は民たちの近くに迫っていく。


 陛下だ、陛下のお出ましだ。ようこそいらっしゃいました、俺たちの町へ。そんな声があちこちから聞こえてくる。


 その反応に、ちくりと胸が痛む。この民たちは、まだ私の行いを知らない。彼らはただ純粋に、女王の来訪を喜んでいるのだ。そんな彼らも真実を知れば、悪の女王を倒すべく立ち上がるのだろうか。あの、破滅の未来と同じように。


 深呼吸して、穏やかな笑顔を作る。立ち上がり、馬車の扉を開けた。民に私の姿が見えるように、身を乗り出す。


 周囲の歓声が、ひときわ大きくなった。優雅に微笑み、彼らに手を振る。裏にどんな事情があろうと、今は彼らの思いに答えることこそが、私の責務だ。


 セレスタンたちに先導されて宿に入るまで、その歓声は止むことがなかった。




「はあ、すごい人出だったね」


 宿の一室、中庭の花壇が見える長椅子に座って、アネットが目を丸くしながらため息をつく。


 セレスタンは、この町でも一番高級な宿をまるごと借り切っていた。警備のことを考えればそれが一番手っ取り早いし、民の目を気にせずにくつろげるのはありがたい。


 この部屋も、本来なら宿泊客が交流するための談話室だ。今は私とアネットとセレスタン、それに壁際に控えているニコラの四人しかいないけれど。


「それだけ、民は新しい女王に期待しているということだ」


 セレスタンが渋い顔でつぶやく。その澄んだ紫色の目は、静かにこちらに向けられていた。


「……何か、言いたそうな顔ね」


「当たり前だろう。陛下のかつての行いを彼らが知ったら、どんな顔をするだろうな」


「……そうね」


 私はその答えを知っている。私を玉座から引きずり降ろそうと叫ぶ民の声は、まだ耳の奥に残っているから。


「……過去は変えられない。せめて、これからの行いを変えていくわ。だから、あなたも見ていて」


「期待せずに待っている」


 すっかり重苦しくなってしまった部屋の中で、アネットが居心地悪そうに身じろぎしていた。ニコラは話の間、ずっと微動だにせずに立っていた。




 次の町でも、その次の町でも、私たちは民たちから手厚い歓待を受けた。そのたびに胸がずんと重くなるのを感じながら、何事もないふりをし続けた。


 そうしているうちに、目的地に一番近い町にたどり着いた。


 ここからは、私とアネットも馬で移動する。この町と目的地である砦との間には、馬車が通れるような道がない。砦が打ち捨てられるのと同時に、町と砦をつなぐ道もまた打ち捨てられ、朽ちていったのだ。


「アネット、あなた馬には乗れるの?」


「大丈夫よ。ちょっと待っててね」


 彼女は馬の前に立ち、すっと水色の目を細める。と、彼女の頭をぐるりと取り巻くように光がわき上がった。


 次の瞬間、彼女の頭には金色の輪がはまっていた。額のところに湖のような水色をした宝石が輝く、とても優美な作りのものだ。


 これが彼女の聖具、『冠』だ。アネットはにこりと笑うと、目の前の馬に話しかける。


「ここから砦まで、あなたの背に乗せて欲しいの。私、乗馬はあまり得意じゃないから、優しくしてくれると嬉しいな」


 その言葉に答えるように、馬が一声いななく。そうして馬はアネットの手に、長い鼻面をすりつけた。


「ふふ、よろしくね」


 アネットは気軽な動きで馬の横に回り、背に上がろうとしている。馬は身をかがめて、彼女が鞍に収まるのを助けていた。


 聖具の一つ『冠』は、持つ者に動物と話す能力を与える。無邪気なアネットには、似合いの聖具だと思う。


 そうしてアネットが無事に馬上の人となったのを見届けてから、私たちはゆっくりと進み始めた。ならず者たちが巣くう、古い砦を目指して。

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