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6.仏頂面の理由は

 ようやく姿を現したセレスタンの顔からは、それはもう見事に表情が消えさっていた。あいさつの言葉も、こっけいなほどの棒読みだ。彼がまとっている略装の飾りだけが、やけに華やかにきらめいている。


 彼は以前から、私を避けるようなそぶりを見せていた。とはいえ、こうも露骨に敵意をむき出しにしてくるとは思いもしなかった。私が即位してからの短い間に、何かあったのだろうか。


 ニコラも異変を感じたようで、セレスタンに向ける目が鋭くなっている。彼は眉間にうっすらとしわを刻むと、こちらにちらりと視線を送ってきた。油断するな、ということだろう。


 次々と浮かんでくる疑問を押し隠しながら、あえていつも通りにセレスタンに答える。


「あなたも忙しいでしょうし、すぐに出てこられなくても仕方がないわ。ひとまず、出迎えありがとう」


 その言葉に、彼の眉がぴくりと動いた。何か不快なことを聞いたかのような、そんな様子だ。


 尋ねたいことは山ほどあったが、ひとまずそれは後回しだ。まずは、内乱のほうをさっさと片付けてしまわなくては。


「それで、私がここに来た理由なのだけれど、きちんと伝わっているのかしら」


「はい。我が領地で起こりつつある内乱の平定のため、わざわざお越しくださったと、そううかがっております」


 間髪入れずに、セレスタンが答える。その口調は、鳥肌が立つほど丁寧なものだった。明らかに、普段の彼の口調とは違っている。普段は女性たちをとりこにする麗しい声も、すっかり台無しになっていた。


 何とも言えない薄気味悪さに、思わず身震いする。そんな私に構うことなく、彼は淡々と述べる。


「そちらにつきましては、私が責任もって速やかに処理いたします。陛下のお手をわずらわせるまでもございません」


 私は女王になったのだから、彼のこの態度は当然ではある。しかし普段の彼のそれとはあまりにもかけ離れた口調が、どうにも肌に合わない。というか少々、いやかなり気持ち悪い。


 口調通りに敬意がこもっていれば、そんな風に感じることはなかっただろう。しかし彼は相変わらずの仏頂面と棒読みだ。口調と態度がちぐはぐなこと、この上ない。


 違和感を振り払いながら、無理やり笑顔を作る。アネットは目を丸くして、そんな私たちのやりとりを見守っていた。


「いいえ、私も手を貸すわ。盾の家の領地は、そのまま私が治める国でもあるのだから」


 セレスタンの顔に、困惑と嫌悪感のようなものがうっすらと浮かぶ。無表情の壁に、ひびが入った。彼の内心がかいま見えたことに、ほんの少しだけほっとする。どんな表情であっても、先ほどの無表情よりはよっぽどましだ。


 そう感じた拍子に、ふと思いつく。どうせならアネットのように、彼の口調も元に戻してはもらえないだろうか、と。


「それと、その呼び方と口調を変えてはもらえると嬉しいのだけれど」


 真正面からそう切り出すと、彼ははっきりと目を見張った。もとから無表情のニコラとは違い、やはり彼は意図してこの仏頂面を作っているらしい。


「確かに私は女王として即位したけれど、まだ自分の立場に慣れていないのよ。今まで通りに接してもらえると嬉しいわ」


「……ああ、分かった。それでは状況を説明するからこちらへ来てくれるか、陛下」


 綺麗な紫の目を細めて、うなるような低い声でセレスタンが答える。彼は返事を待たずにきびすを返し、城の奥に向かって歩き始めた。彼のそばに付き従っていた騎士たちがこちらに歩み寄り、手綱を受け取る。


 さすがに呼び捨てには抵抗があったらしいが、それでも律義に口調を戻しているのがなんともおかしい。彼は依然として、私に対して敵意のようなものをむき出しにしている。だというのに、どうにも憎めなかった。なんと言うか、微笑ましかったのだ。


 こっそりと笑いをかみ殺しながら、アネットとニコラを連れてセレスタンの後を追いかけていった。




 セレスタンに案内されてたどり着いたのは、彼の執務室らしき部屋だった。時代を感じさせる重厚な家具が並ぶ、落ち着いた品の良い部屋だ。


「……これが、内乱に関する資料だ」


 言葉少なに、セレスタンが数枚の書類を机の上に広げる。その顔には少しずつ表情が戻りつつあったが、今度は露骨に私を警戒しているようなそぶりを見せている。


 一方のアネットは、なぜか私にべったりと張りついている。セレスタンはそんな彼女に困ったような視線を送ると、固い声で説明を始めた。


「内乱といっても、ここ二月ほどの間に集まったならず者が暴れているだけだ。兵を送り込んで叩いてやれば、それで片付くだろう。陛下が出てくる必要はない」


 書類にさっと目を通す。今まで私のところに届けられていたものよりもずっと詳しく、ならず者たちの動きが記されていた。


 それはどことなく、違和感のある動きだった。ならず者の烏合の衆にしては、やけに統率が取れているように思えるのだ。変に知的というか、指揮官がいるように思えるというか。


 隣のニコラと目を見かわす。ニコラは一つうなずくと、口を開いた。


「恐れながらセレスタン様、そう判断されるのは早計かと存じます。……この件、組織的な反乱の可能性もあるのでは」


 セレスタンはわずかに顔をしかめ、絞り出すような声で答える。


「……それは否定できない。何者かが、裏で糸を引いている可能性はある。だがそれでも、陛下がじきじきに手を下すような案件ではないと、私はそう思う」


「いいえ、私が行くわ。腕利きの騎士たちも連れて来ているし、ならず者くらいなら問題なく片付けられる。それにニコラがいれば、現地での調査も容易に進められるから」


「女王である君が、じきじきに出向くほどの相手ではないだろう。私が行けば済む話だ」


「それはそうだけれど、私はあなたの力になりたいの。せっかくここまで来たのだし、手伝いくらいさせてもらえないかしら」


 しつこく食い下がると、セレスタンが不意にため息をついた。まるでこちらを品定めしているような目つきで、ゆっくりと私とニコラを順に見る。


 セレスタンの雰囲気が、突然変わった。彼ははっきりとした嫌悪の色を顔に浮かべて、大きく息を吸った。


「……あなたがそうも粘るのは、連中の口を自分の手で封じるためか?」


 一言一言を区切るようにして、セレスタンは厳しく言い放つ。


「ならず者のうち数名を、既に捕らえている。彼らは口をそろえてこう言った。『俺たちがここにいるのは、剣の家の連中がお目こぼしをしてくれたおかげだ。当主さまさまだ』と」


 部屋の中に、沈黙が満ちた。アネットですら身動きせず、じっと立ちすくんでいる。セレスタンはゆっくりと私たちに背を向け、大きなため息をついた。


「……王を選ぶ競争において、私は幾度となく何者かの妨害を受けていた。アネットにそんなことができるはずもないし、仕掛けているのは陛下、あなただろうと疑っていた。そこへもってきて、この証言だ」


 まさか、こうも早くばれてしまうとは。セレスタンがこちらを見ていないのをいいことに、ニコラがちらちらと目くばせをしてくる。しらを切り通せと、そう言いたいのだろう。


 けれど、そういつまでも隠し通せるものでもないだろうし、どう言いつくろったところで、セレスタンの疑惑が消えることはないように思える。


 だから、ニコラの提案に逆らうことにした。


「ええ、確かに私はあなたたちをずっと妨害してきたわ」


 あっさりと肯定したのが予想外だったのか、セレスタンが勢い良く振り返った。その顔には、驚きが張りついている。


「私はどうしても、女王になりたかった。そのために後ろ暗い手を使ったことについては、謝罪するわ」


 そう答えながら、ゆっくりと頭を下げ、膝を曲げる。頭上から、セレスタンの小さなうめき声が聞こえた。


「今回の騒動も、元はと言えば私の行いが招いたもの。だから、せめて自分の手でけりをつけたいの」


 顔を上げて、きっぱりと言い放つ。セレスタンの顔が、驚きから困惑へと変わる。形のいい眉が、苦しげにひそめられた。


「……分かった。あなたにも来てもらおう」


「ありがとう、セレスタン。恩に着るわ」


「……少しでも恩を感じているというのなら、せめて良い女王になってくれ」


「もちろん、努力するわ」


 皮肉っぽく言い放った彼に、にっこりと笑って答える。返ってきたのは、苦々しいため息だけだった。

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