55.*男たちの戦いは終わらない
「結局リーズって、誰のことが一番好きなんだろうね?」
ある日の午後、平穏をぶちこわしたのは、エルデのそんな一言だった。
ここは王宮の一室、リーズとその近しい者たちがよくくつろいでいる部屋だった。リーズはアネットとサラの三人で遊びに行っていて、今ここにいるのは男たちだけだった。
書類を手に考え込んでいたニコラ、護衛を断られてふてくされているミロシュ、何事かを親しげに話していたガブリエルとセレスタン、その四人が同時にエルデの方を見た。
自分に向けられた鋭い視線にたじろぐことなく、エルデはさらに言葉を続けている。
「ここにいるみんな、リーズのことが好きだよね。でも、リーズと結婚できるのはひとりだけ。人間の決まりでは、そうなっていたと思うんだけど」
「き、聞き捨てならないな、エルデ! わ、私はそのようなっ」
大変分かりやすく動揺しながら、セレスタンが鋭く反論する。
「私は決して、彼女に対してそのようなやましい思いは抱いていないぞ。彼女はあくまでも女王で、私の主君だ」
「じゃあ、セレスタン様はこの話から外してしまっていいんですね。競争相手が減るのはいいことです」
顔を赤らめているセレスタンを、ガブリエルがさらりと受け流す。澄ました顔で、彼は言い放った。いつもの気弱な雰囲気は、どこかに消し飛んでしまっている。
「僕は、姉様のことをずっとお慕いしています。この思いは、誰にも負けませんから」
「だが、お前は義弟だ」
なおも胸を張っているガブリエルに、まだすねた顔のミロシュがすかさずぴしゃりと言う。ガブリエルは頬を膨らませて、すぐに反論した。
「血はつながっていません。ですからこの国の法律では、何も問題ありません」
「お前が一人前の男として見てもらえるまでは、しばらくかかりそうだがな」
「最近背が伸び始めました。そんなにかかりません」
「……どうあれ、我が君を守るのは俺だ。命じられたからではなく、俺自身の意思で我が君を守る。とこしえに」
「姉様を守るのはいいんですけど、こそこそと付け回すのはどうかと思います。姉様が呼ぶと、いつもすぐにどこからともなく出てきますよね、ミロシュさんって」
「……変質者と同列に扱われている気がするのだが」
「さあ、どうでしょう」
ガブリエルとミロシュは、どちらもやけに必死にそんなことを言い合っている。
「まったく、寄ってたかって子供のように騒がないでください。私はリーズ様が少しでも楽をできるよう、法の整備を考えている途中なのです。邪魔をしないでいただけますか」
ニコラが冷たい目で、そんな二人を見すえた。するとセレスタンが、不思議そうに小首をかしげる。
「そういった作業であれば、執務室で行えばいいのではないか?」
「……リーズ様がおっしゃったのです。『たまにはニコラも、他のみんなと親睦を深めてきたほうがいいんじゃないかしら』と」
「君はリーズの右腕だとは聞いているが、だからといって彼女の言葉に全て従う必要はないと思うぞ」
「いえ、私が好きでしていることです。どうぞ、おかまいなく」
「ニコラは本当に、リーズのことが好きなんだね」
ようやく落ち着きかけた彼らに、エルデがまた爆弾を投げこむ。そのおっとりとした笑顔からすると、どうやらエルデは無自覚にそんなことを言っているらしい。
「……ですから、そういったものではないのです」
「あっ、ニコラさんが照れてます。珍しいですね」
「確かに。あいつにも表情があったのか」
かすかに頬を赤らめて視線をそらすニコラを見て、まだ何事か言い合っていたガブリエルとミロシュが同時につぶやいた。
「失礼ですね、お二人とも。私にだって表情はあります。リーズ様は、その辺りをきちんと見分けてくださいますよ」
どことなく得意げに言ったニコラに、またガブリエルがかみついた。
「僕だって、姉様の好きな味付けはよく知ってます!」
「俺は、我が君のちょっとした癖を知っている。お前たちには教えないが」
ミロシュまで加わって、三人は元気良く言い合い始めた。リーズについてこんなことを知っているだの、リーズにこんなことをしてもらっただの。
「愛されてるね、リーズは。本人は気づいているのかな?」
そんな三人を微笑みながら見守っていたエルデが、ふと小首をかしげた。やや疲れた様子のセレスタンが、苦笑交じりに言葉を返す。
「気づいていないだろう。彼女は賢く、他者の気持ちを思いやれる立派な女王だが、妙なところで抜けているからな。そんなところも、彼女の魅力なのだが」
「セレスタンも、彼女のことが大切なんだね」
「ああ。かつて『剣』が彼女を別の未来に連れて行ってしまった時、私は『盾』の力で彼女をつかまえることができた。そのことは、私の一生の誇りになるだろう」
穏やかな笑みを浮かべてそう言い切ったセレスタンが、不意にエルデをぎろりとにらみつける。
「だからといって、私は彼女のことを、その、女性としては見ていないからな!」
「……素直に認めてしまえばいいのに」
耳を赤くして言い切るセレスタンに、エルデはくすりと笑ってつぶやく。
「だから、姉様のことを一番大切に思ってるのは僕です! 別の未来では、僕は姉様を命に代えて守ったんですから!」
「体を張るだけなら誰でもできる。俺はこの一生を、我が君に捧げた」
「命を捧げるだけなら簡単ですよ。私はリーズ様の治世が穏やかであるよう、あの方が幸せになれるよう、全力を尽くします。この知略をもって」
いつの間にやら残りの三人は、声高にそんなことを主張し合っていた。
「こっちはこっちで、論点がずれてしまったね。彼ら『が』リーズ『を』どれだけ思っているか、じゃなくて、リーズ『が』彼ら『のことを』どれだけ思っているのか、そこを知りたかったんだけどな」
なんとも騒がしくなってしまった部屋の中で、エルデはのほほんと笑う。
「でもこればっかりは、リーズに直接聞くしかないのかな……彼女は自覚、なさそうだけどね」
ちょうどその時、エルデが面白そうに金にふちどられた茶の目を丸くした。やいやいとやり合っていたミロシュが口をつぐみ、部屋の入口の方に向き直る。
つられたように、全員が入口の扉を見た。廊下の向こうから、軽やかな笑い声が近づいてくる。
「ただいま、みんな!」
楽しげな声と共に、リーズが部屋に入ってきた。お忍びの地味な服をまとっていても、彼女の輝きはちっとも損なわれることがなかった。
「……みんなして立ち上がって、どうしたのかしら」
「いえ、少々話に熱が入ってしまいまして」
首をかしげるリーズに、ニコラがすかさず言葉を返す。ガブリエルやミロシュも、こくこくとうなずいていた。
「そうなの? 仲良くなったみたいで、良かったわ」
そう言って、リーズは晴れやかに笑う。その笑顔に、男たちはしばし見とれていた。そんな彼らを見て、エルデがこっそりと笑いをかみ殺している。
「だったらちょうどいいわ、みんなでお茶にしましょう。城下町で、色々買ってきたのよ」
「ちゃんとみんなの分もあるのよ」
リーズの後ろから、アネットがひょっこりと顔を出す。二人の手には、何やら細々としたものが詰まった袋が握られていた。その中に手を突っ込み、リーズはまた嬉しそうに笑う。
「はいこれ、レモンの砂糖漬け。セレスタン、これ気に入ったって言ってたでしょう」
「こっちは、桃の砂糖煮。前にガブリエルが作ってくれたものと味付けが違うみたいだから、参考になるんじゃないかしら」
「ミロシュには、こっちのハムね。香辛料が多めだし、きっと気に入るんじゃないかって思ったの」
「この甘くない焼き菓子、覚えている? 前に外でお茶会にした時、ニコラがたくさん食べてた、あのお菓子なんだけど」
そんなことを言いながら、リーズは袋の中身を次々と男たちに渡していく。男たちはそれぞれへの贈り物を両手でしっかりと抱えながら、感激に震えていた。
「ほんと、嬉しそうだね。……どうしてリーズは、気づかないのかな」
リーズたちに聞こえないよう小声でつぶやくエルデの隣に、アネットがそっと近づいて茶葉の入った袋を渡した。
「うん。わたしにもはっきりと分かるのにね。なぜかリーズは、全然気づいていないの」
「ねえアネット、リーズが誰を選ぶのか、あなたには分かるかな」
「分からないわ。まだ、今は」
「そうだね。いずれ、はっきりするのかな」
「はっきりしたほうがいいのか、しないほうがいいのか、それも分からないけどね」
こっそりと顔を寄せ合って、エルデとアネットはそんなことをささやき合っている。とても親密な雰囲気だ。
「アネット、エルデ、内緒話は終わったかしら」
リーズがそう言って、アネットたちの方を向く。おみやげを手にしたセレスタンたちも、緩んだ顔で彼女たちを見ていた。
「うん。終わったわ」
「じゃあ、お茶の準備を始めましょう。ガブリエル、手伝ってくれるかしら」
「はい、姉様!」
「……私も手伝います、リーズ様。そういう気分ですので」
「我が君が王宮に戻られたのだから、護衛の任を再開する」
「私も手を貸そう。ただじっとしているのは性に合わないのだ」
呼びかけられたガブリエルだけでなく、ニコラにミロシュ、それにセレスタンまでもがリーズに歩み寄った。アネットとエルデも、微笑みながら彼女のもとに向かう。
「あら、みんな手伝ってくれるの?」
その問いに、全員が同時にうなずく。リーズはきょとんとしていたが、すぐに大きく笑った。
「そうね、じゃあみんなで準備しましょう。厨房の者たちが驚きそうね」
そうして彼女たちは、ぞろぞろと部屋を後にした。リーズは先頭に立って廊下を進みながら、ぽつりと口の中だけでつぶやいた。
「……みんながいてくれて、幸せよ。ありがとう」
彼女は知らない。彼女の背後で、男たちが無言のままけん制し合っていることを。誰が彼女の心を射止めるか、そんなことにやっきになっているということを。
内乱は防がれた。この国には、もう戦いは起こらないだろう。しかしリーズのすぐ近くでは、思いもかけない別の戦いが激しさを増していた。
彼女がそのことに気づいた時、きっと事態は大きく動き始めるに違いない。そう思いながら、アネットは隣のリーズに無邪気に笑いかけていた。
ここで完結です。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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