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54.これからも、みんなで


 勝手に『剣』が現れ、私はあの破滅の未来、燃える王宮に立っていた。それからこれでもかというくらいに不思議なことが起こり続け、気づけば私は大通りの石畳に寝かされていた。


 結局何があったのが分からないながらも、ひとまず馬車に乗り込む。大騒ぎしている民たちに囲まれたこの状況では、内緒話などできはしない。


 そうして私は、再び大通りを行進し始めた。私を取り囲んでいたみんなも、馬車のそばを一緒になって歩いている。一人きりになっていた時に感じた不安のかけらはまだ心の中に残っていたが、みんなの姿を近くで見ていると、そんな思いも少しずつ溶けていくように思えた。


 内心の戸惑いを見事に隠したまま、私無事に王宮に戻ってきた。そうしてようやっと、何が起こったのか聞くことができた。


 大通りを行進している途中、私はまばゆい光と共に突然姿を消したらしい。そして騒ぎを聞いて駆けつけたセレスタンたちは、それぞれの聖具を通して大まかな事情を知った。私の願いをかなえ終わった『剣』が、私を破滅の未来、本来あるべきだった場所へと連れ戻してしまったのだということを。


 そして彼らは私を取り戻すべく、一斉に聖具に願ったのだ。きっと聖具はあなたたちの願いを聞いてくれるよ、という、エルデの後押しを受けて。


 彼が言った通り、『盾』、『冠』、そして『珠』は持ち主の願いを聞き届けた。別の未来にいる私へとつながる、この世のものならぬ不可思議な道を、三つの聖具は開いたのだ。


 まずはジェレミーが『珠』で風を起こし、みんなの声を私に届けた。その声に導かれるようにしてあの世界を斬り、虚空に放り出された私を、セレスタンの『盾』が受け止めた。最後に、『冠』の力によってアネットが大きな鳥を生み出し、私をつかんで舞い上がった。二つの世界をつなぐ道を、こちらの世界に向かって。


「私の『盾』は床でも壁でもないんだがな。ほかならぬ君のためだから、仕方がない」


 不満げにそう言うセレスタンは、同時にとても得意げな顔をしていた。やっぱり、彼の感情表現は少しややこしい。照れ隠しというのは不思議なものだ。


「……でも、そんなことに願いを使ってしまって良かったの?」


 聖具が願いをかなえてくれるのは一度きりだと、そう『剣』は言っていた。眉をひそめる私に、アネットが明るく笑いかける。


「わたしは、最高の使い方だったと思うな。大切な友達を救えたんだし」


「少しでも罪滅ぼしになったかと、そう思います」


 こちらは恐縮した様子で、ジェレミーがそっとつぶやいた。


「……僕はまた、何もできませんでした。姉様の危機だったのに」


「俺もだ。悔しいが、まだまだ未熟だ」


「まさか、聖具相手に策略の類を使う訳にもいきませんしね」


 ガブリエルとミロシュ、それにニコラは、三人そろってすっかりしおれている。がっくりとうなだれて、深々とため息をついていた。彼らに近づいて、にっこりと笑いかけた。


「あなたたちの声は、ちゃんと聞こえていたわ。嬉しかった。一人じゃないって、信じられたから」


 その言葉に、三人はそろそろと顔を上げた。面白いくらい息の合った動きで、同時に微笑む。ニコラは目元だけで、ミロシュはとても穏やかに、ガブリエルは泣きそうな顔で。


「彼らの声があなたに届いているって、ぼくには分かっていたよ」


 そんな私たちを見て、エルデが声をかけてくる。


「その聖具は、人よりもぼくたち精霊に近いものだけれど、ぼくたちよりずっと力が強い。でもね、人の思いはそれよりももっと強いんだ。『剣』の意志に、みんなの意志が勝ったんだね」


 彼の言葉に、その場の全員がはっとした顔になる。それは私も同じだった。みなが私を呼び戻したいと思ってくれたから、私はここに戻ってくることができた。


「そうね。……みんな、本当にありがとう」


 ぐるりと全員の顔を見渡して、深々と頭を下げる。ゆっくりと顔を上げると、満面の笑みがいくつも並んでいた。


 本当に、帰ってきたのだ。私の、大切な場所に。そのことを改めて実感したとたん、視界がぼやけていく。


 あごを上げて目をしばたき、うっかり涙がこぼれないようにぐっとこらえる。今日の式典はまだ終わっていないのだ。涙目の女王なんて、格好が悪いにもほどがある。


 ちょうどその時、救いの手が現れた。儀式用の豪華な鎧をまとったサラが、きびきびと姿を現した。半泣きの私と笑顔のみんなを見渡して少し戸惑ったようだったが、すぐに気を取り直したように告げてくる。


「陛下、準備が整いました」


「ええ、今行くわ」


 涙を引っ込めて、サラに歩み寄る。私はこれから、王宮正面の大きなテラスに出て、民たちに声をかける。今日の式典の、しめくくりとして。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね。全部終わったら、みんなで盛大に騒ぎましょう」


 ひらひらと手を振って歩み去る私に、みなはひときわ鮮やかな笑顔で答えてくれた。





 その日私が自室に戻ったのは、すっかり夜もふけてからだった。式典が終わりテラスから戻ってきた後、私とみんなはずっと一緒にいた。目を離したら私がどこかにいってしまうとでも考えているのか、常に誰かしらが私のそばにくっついていた。


 今日は執務もお休みにして、みんなでたくさん話をした。それから一緒に食事を取って、お茶をゆっくりと飲んで。


 さすがにもう寝ないと、明日に響くから。私がそう言い出すまで、誰一人部屋に戻ろうとしなかった。そこまで心配されていることに、申し訳なさと、嬉しさを覚えた。


 そうして私は、自室の窓辺で夜空を見上げていた。ああは言ったものの、どうにも寝付けなかったのだ。今日はあまりにも、色々なことがあったから。


 かつて私がたどり着いた、破滅の未来。そこはとても、悲しい場所だった。


 私は忘れない。別の未来で、私が一つの国を滅ぼしてしまったこと。たくさんの命が奪われたこと。誰も彼もが険しい顔をしていたこと。誰も、笑っていなかったこと。


 あんな未来を、決して生み出さない。夜空の星に、そう誓う。


 そっと胸を押さえて、ひとり微笑んだ。今度こそかなえてみせる。子供の頃の、純粋なあの思いを。やっと思い出せた、大切な願いを。みんなと一緒なら、きっとできる。


 まだまだこれからも気は抜けない。またどこかで内乱が起こってしまう、その可能性は完全に消えてはいない。


 でも、私は一人ではない。私がつまずいても、立ち止まっても、みんなが支えてくれる。一緒に走ってくれる仲間がいる。


 ゆっくりと息を吐きだし、大きく伸びをした。いつの間にか、月がずいぶんと動いている。


「ああ、もう真夜中を過ぎたのね」


 私が即位して半年の、あの節目の日はもう終わっていた。






 そうして、私の新しい一日がまた始まる。いつものように自分一人で身づくろいを済ませ、鏡に映る自分に笑いかける。今日も今日とて書類の山との戦いだろうけれど、そんな仕事に追い回されているということが、とても平和で、幸せなことのように思えた。


 鏡の中の自分と見つめ合ったその時、部屋の扉が叩かれた。


「ええ、どうぞ」


 扉が開いて、人影が入ってきた。私はそちらに、ひときわ大きな笑顔を向けた。愛おしさを込めた、心からの笑みを。

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