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53.すべては夢

 目を開けていられないほどのまぶしい光に包まれながら、必死に周囲の様子を探る。


 何かがはぜるような音以外、何も聞こえない。吸い込む空気が、やけに熱い。身に覚えのあるその感覚に、背筋が寒くなった。


 じきに、光が薄れていった。いつの間にか、右手の中には『剣』の感触があった。


 周囲の状況を確かめるのが怖かった。しかし、いつまでも目をつぶっている訳にもいかない。


 意を決して、そろそろと目を開ける。そうして飛び込んできた光景にがくぜんとした。


 燃える王宮、その玉座に私は座っていた。たった一人で。


「どういう……ことなの……」


 これではまるで、あの前の人生の、最期の場面ではないか。さっきまで私は、民たちの歓声を浴びながら幸せをかみしめていたというのに。いったい、何が起こったのか。


 呆然としていると、右手の『剣』が淡く光った。それと同時に、頭の中に直接言葉が流れ込んでくる。言葉というよりも、何かの概念、だろうか。


 そうして私は知った。私たちの有する聖具には、隠された力があったことを。持ち主の心からの願いを一度だけかなえる、そんな力だ。


 私は最期に、心から願った。女王になって、何かなしとげたかったことがあった。どうしてもそれが思い出せなくて、思い出したくて。


 そんな私の願いを、『剣』はかなえた。私は人生をやり直し、そして無事に、子供の頃の記憶を思い出すことができた。


「……だからって、律義にこちらに戻さなくってもいいでしょう」


 奥歯をかみしめながら立ち上がり、辺りの状況をじっくりと確かめる。この分だと、天井が崩れてくるまでもう長くない。


 私は以前のふぬけた私とは違う。私には『剣』がある。これがあれば、逃げ口などいくらでも作れる。


 そう考えて、『剣』を握る右手に力を込める。その時、あることに気がついた。


「……ガブリエル……」


 この世界、国が滅びて私が一人きりになったこの世界に、もうガブリエルはいないのだ。ずっと心の奥底に押し込めていた彼の最期の顔が、いきなりよみがえってくる。


「あ……ああ……」


 こみ上げてくる後悔に、息ができない。ふらふらと数歩歩み出て、その場にうずくまった。自分を抱きしめるように腕を回す。『剣』が床に落ちて、からんと乾いた音を立てた。


 今ここから逃げたところで、どうなるというのか。この世界では、私はひとりぼっちだ。もう、どうやったって取り返しがつかない。


 結局私の人生は、ここまでだったということなのだろうか。前の時と同じこの日に、私はまた終わりを迎えるのだろうか。


 頭が混乱して、うまく考えがまとまらない。ぎゅっと目をつぶって、自分の腕の感触だけに意識を集中する。


『姉様』


 ふと、ガブリエルの声がしたような気がした。ひどく必死に、私を呼んでいる。


 そんなはずはないのに。背中を丸めてうつむく私の耳に、さらにたくさんの声が舞い込んできた。


『姉様』『リーズ様』『我が君』『リーズ』『陛下』


 ガブリエル。ニコラ。ミロシュ。アネット。セレスタン。エルデ。それに、サラとジェレミーの声まで。


 思わず顔を上げると、やけに清々しくて優しい風が私の頬をなでていった。また、声がする。わんわんと反響しながら、みな同じことをささやいていた。


『こっちよ』『ここです』『そこから出て』『斬るんだ』『世界を』


 その言葉に、はっとする。かたわらに転がった『剣』を見た。


 この『剣』は、望むものを全て切ることができる。私がこれを継いでから五年、まだこれを十分に使いこなせてはいない。


 けれど、やるしかない。この悲しい世界を飛び出して、みんなのいるところに戻る、その可能性がほんの少しでも残されているというのなら。


 両手でしっかりと『剣』を握りしめ、足を大きく開いて立つ。今頃気づいたが、私がまとっているのは最期の日に着ていたドレスではなく、ついさっきまで、城下町を行進していた時に着ていたドレスだった。


 ここは、あの最期の日そのものではない。そのことが、少しだけ私に勇気をくれた。


 ゆっくりと深呼吸して、『剣』を振りかぶる。斬るのは、この世界。


 まばゆい光が『剣』からほとばしり、そして真っ暗になった。




 何もない暗闇に、私はただ一人浮かんでいた。右手の『剣』が光っていなかったら、自分の指先さえ見えなかっただろう。


 上も下もない空間をふわふわと漂いながら、左手を伸ばす。何もつかめない。今自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか、そんなことすら分からない。


 と、背中が何かに当たった。なんだか懐かしさすら感じる、妙に弾力性のある感触に、そちらを振り返る。


 そこにはぼんやりとした紫色に光る大きな壁のようなものがあった。セレスタンの『盾』に似ているような気がする。


 ひとまずこれにつかまっていれば、どこかに流されていくこともないだろうか。そんなことを考えて壁に手を伸ばしたその時、また声がした。


『いたぞ、こっちだ!』


『わたしに任せて!』


 今のは、セレスタンとアネットの声だ。ぽかんとしていると、また風が吹いた。その風に乗って、驚くほど大きな鳥がやってくる。明るい水色の、きらきらと輝く鳥だ。


「リーズ、手をこちらに伸ばして!」


 アネットの声で、その鳥が喋った。訳が分からないながらも伸ばした私の手を、鳥がしっかりと足でつかむ。


 ものすごい勢いで、体が浮き上がる。どんどん強くなっていく風が、私と鳥を吹き上げていく。


 私たちの行く手に、小さな光が現れた。その光はどんどん大きく、強くなっていく。そうして私たちは、あっという間に光の中に飲み込まれていった。




 ぱっと目を開ける。そこに広がっていたのは、一面の青空だった。背中の下には、ひんやりとした石畳の感触。


「リーズ、おかえり!」


 泣きそうなアネットの声に驚いて身を起こすと、いきなりがばりとアネットが抱き着いてきた。その額には『冠』が輝いている。


「あなたがいきなり消えちゃって、みんな心配してたのよ」


 いまいち状況がつかめずに、目を白黒させながら周囲の様子をうかがう。すぐそばには『盾』を構えたセレスタンと、『珠』を手にしたジェレミーがひざまずいていた。


 さらにその後ろには、ニコラにガブリエルにミロシュ、それにエルデとサラもいた。みんな、泣き笑いに顔をゆがめている。


 彼らの後ろには騎士たちが整列し、民たちが固唾を呑んでこちらを見守っていた。よく見ると、さっきまで私が乗っていた馬車もすぐそこにあった。


「陛下は無事だ!」


 唐突に、セレスタンが叫ぶ。一呼吸おいて、割れんばかりの叫び声が一斉に上がった。


 すさまじい歓喜の声の渦の中、ガブリエルも私に抱き着いてきた。かすかに震えているその体に、そっと腕を回す。彼の存在を、確かめるように。


 私は夢を見ていたのだろうか。それとも、今いるここが夢なのだろうか。それを確かめるすべは、たぶんない。


 けれど私は、今ここにいる。大切な人たちと、守るべき民に囲まれて。私にとっては、それだけで十分だった。


 大通りの石畳に座り込んだまま、右手でアネットを、左手でガブリエルを抱きしめる。


 周囲からは、民たちの声がわき起こり続けていた。

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