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52.女王の帰還

 ジェレミーとの話し合いが終わった後、私は騎士たちに命じ、女王の帰還を知らせて回った。女王代理であったジェレミーが、女王リーズをつつがなく迎え入れたという、ちょっとした嘘を交えた情報と共に。


「お帰りなさいませ、陛下。ずっと心配しておりました」


 自警団を引きつけるという任を無事に果たし、王宮にすっとんできたサラは涙目でそう言った。


 どうやらジェレミーが流していた『私が悪の女王である』という噂に疑問を抱いていた者は、思っていたよりもずっと多かったらしい。王宮の者たちは戸惑いつつも、私の帰還を好意的に受け入れてくれていた。これまで頑張ってきた甲斐があったと、今度は私が涙ぐみそうになる番だった。


「リーズ様、手が止まっていますよ」


 そして今、私はニコラと共に、山のような書類の整理にはげんでいたのだった。背後にはいつものようにミロシュが控えている。他のみんなは、王宮のあちこちを駆けずり回って混乱を収めにかかっている。


「戻ってきたらきたで、また書類仕事なのね……」


 ジェレミーは有能だが、さすがに王宮を乗っ取りながら通常の業務をこなしきることはできなかったらしい。積み残された様々な執務が、私たちを待ち構えていた。


「二人がかりであれば、そうかかりません。早く終わらせて、みなに合流しましょう」


 そんなことを言いながらも、ニコラはずっと書類を片付け続けている。ため息をついて手元の書類に目を落とした時、ふと頭に浮かんだことがあった。


「そういえば、どうして『珠』は、今頃になってジェレミーを選んだのかしら。三十年前、彼も『珠』に触れていたのだから、その時に選ばれていてもおかしくはないのに」


 誰にともなくつぶやいたそんな言葉に、すぐさま返事が飛んできた。


「三十年前、当主を選ぶ儀式の際に、『珠』がすりかえられていたのです」


「はあ!?」


 思わず立ち上がっていた。とんでもないことをさらりと言ってのけたニコラは、涼しい顔をしている。


「冠の家は、長年珠の家の領地を狙っていました。そんな折、珠の家の当主が亡くなり、彼女たちは長年の計画を実行に移したようです」


「ちょっと待って、今『彼女たち』って言わなかった!?」


「ええ。犯人は、あの冠の家の双子です。それに、我が剣の家の先代も協力していたようですね」


「どうして見てきたように話せるの、あなたが生まれる前の話でしょう?」


「見たのは俺だ」


 今度は背後からミロシュの声がした。しかし事件は三十年前のことで、ミロシュは今二十二歳だ。彼が見ているはずもない。


「我が君が冠の城を訪れている間に、俺はあの城の中を探っていた。そうして、双子の日記を見つけた」


「交渉の助けになるような情報でも見つけられれば、と思ってミロシュに協力を頼んでいたのです」


 ミロシュとニコラは二人して、どことなく得意げにそう語る。彼らの忠誠心と行動力には一目置いていたけれど、まさかこっそりそんなことをしていただなんて。


「その時は、私たちも何のことか正確には理解できていませんでした。ただ、三十年前に彼女たちが何かをすり替え、その結果邪魔者が消え、冠の家は豊かになった。そんな記載があったというだけで」


 ニコラが一つ咳払いをする。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。


「ですが今回の騒動と、ジェレミーの告白で、ようやく全ての線がつながりました」


「それはいいとして、どうして今まで黙っていたの?」


「この後片付けが終わってから、それとなく申し出ようとは思っていました。それでなくても忙しいこの時に、余計な仕事を増やしたくはありませんから」


「余計じゃないわ、大切な仕事よ! つまりあの双子は、ジェレミーにとってある意味一族のかたきのようなものなのでしょう。珠の家を復興させるよりも先に、そちらを解決しておくべきだわ」


「まあ、そうとも言えますが」


「だが、俺たちにとってはどうでもいい。俺には、我が君が何より大切だ」


「そうですね。複雑な気分ではありますが君に同意しますよ、ミロシュ。そのためにも、一刻も早く王宮を落ち着かせたいものです」


 うなずき合う二人に、頭を抱える。普段はあまり仲の良くない二人だが、こういう時だけ一致団結するとは。


「……ひとまず、同時進行でそちらも片付けてしまいましょう。きっとあの双子のことだから、のらりくらりと逃げ回るでしょうけど」


「日記を突きつけてしまえば、逃げようもないでしょう。ミロシュ」


「分かった。盗ってくればいいんだな」


「ちょっとだけ待って、それは最後の手段に取っておきましょう。他に手がないか、考えてみるから」


「……最終的に、ミロシュに頼むことになるとは思いますが」


「私もそんな気がするけれど、一応あがきたいの。できるかぎり、後ろ暗い手は使いたくないから」


「ええ、どうぞ。存分にお考え下さい」


「俺たちは我が君に従う」


 そんなことをにぎやかに話し合いながら、私はほっと安堵のため息をついていた。やっと、帰ってきた。ようやく、そう思えたのだ。






 どうにかこうにか王宮の混乱も落ち着いて、珠の家を復興させる準備も整った。冠の家の双子についても、無事に罪を暴くことができた。


 当然ながらあの双子は、冠の家の当主としての地位をはく奪された。そして雪深い山奥の小さな屋敷に幽閉されて、その生涯を終えることになった。あそこなら、もうこれ以上出しゃばって政治にかかわることもできないだろう。


 そうしてようやっと一息ついたのもつかの間、私は休む間もなく次の仕事に駆り出されていた。


 混乱は終わったのだということを民に知らしめて、今後も安定した治世が続くのだと安心させる。そのために、区切りとなる式典を行うというのはどうだろうか。ニコラとセレスタン、それにジェレミーまでが口をそろえてそう進言してきたのだ。


 もとより私に異論はない。そうして今日、その式典がとり行われることとなったのだ。


 くしくも今日は、私が女王となってちょうど半年。私があの最期を迎えたのと、ちょうど同じ日だった。


 私は今、特別仕立ての馬車に乗っている。とても大きく、屋根も壁もない、馬で引く玉座のようなものだ。戴冠式の時のものと同じ、ひときわ豪華なドレスに身を包み、民たちにゆるゆると手を振る。このまま王宮まで、馬車で行進していくのだ。


 いつか、盾の家の領地でも同じようなことがあった。道を埋め尽くす群衆と、その中にぽっかりと空いた道。その道の中を、私を乗せた馬車がゆっくりと進む。


 けれど、私の心境はあの時とはまるで違っていた。もう私は、悪の女王ではない。かつての行いは消せないけれど、それでも胸を張って言える。私はこれからも、まっすぐに、懸命に民を導いていくのだと。


 周囲からは、熱狂的な民の歓声が聞こえてくる。馬車の周囲を守る騎士たちは、誇らしげに歩みを進めている。あの騒動を経て騎士に昇格したサラも、その中にいた。


 顔を上げると、大通りの向こうに小さく王宮が見えた。そこには、みんなが待っている。今までの難局を一緒に乗り越えてきた、大切な仲間が。


 ああ、幸せだ。


 胸の内からわき起こる思いに、静かに微笑む。その時、不意によみがえってきた記憶があった。


 あれは私がまだ小さかった頃、剣の家の当主になるよりも前、ミロシュと出会うよりもさらに前のこと。


 あの時もこんな風に、たくさんの民が集まり歓声を上げていた。たぶん、いずれかの当主か、王を出迎えていたのだろう。


 民の顔はみな幸せそうで、馬車の中で手を振る誰かはとても堂々としていた。それを見た幼い私は、こう思ったのだ。


『私も、みんなを幸せにしたい。女王になって、国中のみんなを笑顔にするんだ』


 とても子供らしい、純粋な思いだった。まだ現実を少しも知らないからこそ抱けた、とても綺麗な思い。


 そして私は剣の家の当主となり、世の中の汚い部分を存分に見る羽目になった。そういったものと必死に立ち向かっているうちに、あの純粋な思いは心の奥に沈んで、忘れ去られてしまっていた。


 笑顔を浮かべたまま大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。前の人生で、最期に願ったこと。女王になってやりたかったことが何だったのか、それを思い出したい。その願いが、ようやくかなった。


 その時、右手が突然熱を帯びた。『剣』が、勝手に姿を現そうとしている。何か様子がおかしい。


 いきなりわき起こった光に、思わず目をかばう。周囲に満ちていた歓声が、どんどん遠くなっていった。

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