51.和解へ向けて
そうして私たちは、きっちりと縛り上げたジェレミーを担いで王宮へと帰還した。アネットが動物たちをおとなしくさせたので、もう混乱も収まっていた。だいたいのところは。
私が堂々と歩いているのを見た人たちは驚きに目を見張り、それから担がれているジェレミーを見て絶句する。いちいち説明して回るのも面倒だったので、ひとまず玉座の間に急ぐことにした。あそこなら広いし、邪魔も入りにくい。
玉座の間に全員で入ってすぐに、ガブリエルもやってきた。まだ侍女のなりをしたまま、意外としとやかな仕草で。その肩には、ここまで彼を案内してきたらしい小鳥がちょこんと止まっている。
騎士たちが、ぐるぐる巻きのジェレミーを注意深く床に下ろす。ミロシュがそのそばにかがみ込み、気つけ薬の瓶をその鼻先に突きつけた。やがてジェレミーが身じろぎし、薄く目を開けた。
今回ミロシュが使った眠り薬は、いつぞや私が食らったものとは別のものだ。何せ、私たちは大急ぎでジェレミーと話をしなくてはならない。彼が目覚めるのを悠長に待っていたら、王宮がさらに混乱しかねないからだ。
そうして目を覚ましたジェレミーは、ぼんやりした目でぎこちなく周囲を見渡し、やがて状況を理解したようだった。
「……陛下。これは、貴女のしわざでしたか」
「あなたが策略を用いて私を追い出したようだったから、逆に仕掛けることにしたの」
ジェレミーは全身をぎっちりと縛られているせいで、ろくに身動きができない。それでも万が一に備えて、ニコラたちがジェレミーを取り囲み、油断なく見張っていた。
「できればこんな手荒な真似をしたくはなかったのだけど、あなたは『珠』を継いだようだし、私のことを悪の女王だとやけに強固に主張していた。正面から話し合いを申し出ても、まずうまくいかないだろうと思ったのよ」
一応警戒しながら、ジェレミーの正面に膝をつく。床のところにある彼の顔に近づいて、そっと語り掛けた。
「私は、あなたがこんなことをした理由が知りたいのよ。こんな無茶をする前に、どうして一言話してくれなかったのか、その理由を」
その言葉に、ジェレミーはぎこちなく顔をそらした。怒りやいきどおりではなく、後悔のようなものがその顔に浮かんでいる。
「……貴女は、女王であると同時に剣の家の当主です。珠の家の取りつぶしを最も強固に主張したのは、剣の家の先代当主でした」
「剣の家に対しては、大いに思うところがあったということね」
「それに、貴女自身も、人を人とも思わない悪辣な手を使う方だと、ずっとそう聞いておりました」
思わず天を仰いだ拍子に、こちらを見ていたニコラと目が合う。彼もほんの少しだけ、気まずそうな顔をしていた。その隣のセレスタンは、あきれたような同情するような奇妙な顔で小さくうなずいていた。
「……でもそれは過去のことよ。今の私は、もうそんな手を使いはしない」
「はい。女王となった貴女を近くで見ていて、私もそう思いました。ですがもう、私は止まれなかったのです」
こちらを見ないまま、彼はぽつぽつと語り始めた。私が即位するより前から彼が温めていた、この計画の全てについて。その裏にひそんでいた、彼の本当の目的について。
「やはり珠の家の復興が、あなたの目的だったのね……」
「確かにそれだけの事情があれば、リーズ様に素直に打ち明けられなかったのも無理はないかもしれません」
ため息をついた私に、ニコラがそう声をかけてくる。
珠の家が取り潰された後、その領地は剣と冠の家に分けられていた。もし珠の家を復興させるのであれば、それらの領地を引き上げる必要がある。
そんなことをすれば、当然ながら他の家から反対の声が上がるだろう。特に冠の家の反発は、考えるだけでうんざりしそうだった。
それらの不満をなだめつつもう一度家をおこしていくのは、大変面倒な、そして厄介な仕事になるに違いない。ジェレミーが言い出せなかったのも、無理はなかった。
ゆっくりと立ち上がり、みなをぐるりと見渡す。私の、頼れる仲間たちの姿を。そうして静かに口を開いた。
「『珠』はこうして当主を選び出した。三十年前とは、もう事情が違う。ならば、私が動くべきなのでしょう。女王として、臣下である珠の家のために」
私のそんな宣言に、みなは戸惑い顔を見合わせていた。
「リーズ様、しかし彼はこうして貴女に反旗をひるがえしました。反逆者に情けをかけるおつもりですか」
いつになくあわてた様子で、ニコラが反論する。そこに、ミロシュも加勢してきた。その眉間には、くっきりとしわが寄っている。
「俺も、反対だ。盾の領地の内乱も、我が君に毒を盛ったのも、あの憂国軍の騒動も、全てその男が黒幕だった」
「けれど彼は決して根っからの悪人ではない。それに彼の目的は、十分理解できる。そのことは、あなたたちにも分かるでしょう」
そう返すと、二人とも不服そうな顔のまま口を閉ざした。
「もちろん、これらの騒動について、きっちりと責任は取ってもらうつもりよ。でも私は、彼にやり直す機会を与えたいの」
悪辣な手段で女王になり、そして無気力のうちに国を滅ぼした、そんな私ですらこうして人生をやり直せている。私だけが許されてジェレミーが許されないなんて、不公平だ。
離れたところで控えていた騎士たちに合図して、ジェレミーを助け起こさせる。ちょうどひざまずいたような姿勢になった彼に、ゆっくりと言い放った。
「ジェレミー、私は珠の家を復興させようと思う。当主となるあなたには、想像もつかないほどの苦難が待ち受けることになるわ。あなたには、その覚悟はある?」
そのまま、ジェレミーの深い赤の目をじっと見つめる。彼はかすかに唇を震わせていたが、そろそろと目を伏せて、大きく息を吐いた。
「はい。陛下のご慈悲に、感謝いたします」
そのまま、彼は深々と頭を下げて口を閉ざした。背中がむずむずするような沈黙が、辺りに満ちる。
「……我が盾の家は、珠の家の復興に助力する」
どことなく居心地の悪い空気を追い払うように、セレスタンがぽつりとつぶやいた。彼はそのまま、アネットに目をやる。
「アネット。君は当主の座を退いているとはいえ、今もなお『冠』を継ぐ者であることに変わりはない。君の言葉は、それ相応の重みを持つ」
私たちの目が自然と、アネットの上に集まる。彼女は少しの間きょとんとしていたが、やがて何かに気づいたように手をぱんと打ち合わせた。
「あっ、ええと、わたしも珠の家には復興して欲しいなって思う。……冠の家の人たちは、きっと反対すると思うけど」
「その時は、また私が乗り込んでいって黙らせるわ。面倒だけれど、それも女王の仕事だもの」
笑いながら答え、また騎士たちに合図する。ぐるぐる巻きになっていたジェレミーが、ようやく解放された。体がこわばってしまっていたらしく動きはぎこちなかったが、それでも彼はひざまずき、深々と頭を下げる。
「こたびの騒動、誠に申し訳ありませんでした。許されるのであれば、今後も陛下の臣としてありたいと、そう思っております」
「ええ、期待しているわ。きっと今後もあなたに留守を任せることがあるかもしれないけれど、その時は反乱なんてなしにしてもらえるわね?」
冗談めかして、そう返す。彼は恐縮しながら、大きくうなずいた。
「ともかく、これで一件落着かしら。……後始末のことを考えると、今から頭が痛いけれど」
「お疲れ様でした、姉様。無事に戻ることができて、本当に良かったです」
侍女姿のガブリエルが、輝くような笑顔を見せた。つられるようにして、アネットとエルデも笑い出す。張りつめていた空気が、ようやくやわらいだ。
ちらりと玉座に目をやる。誰も座っていないそこは、いつも通りの姿を見せていた。




