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50.決死のおいかけっこ

 私は『剣』を右手に提げて、森の小道のど真ん中で仁王立ちしていた。少し離れたところには、王宮の裏口が見えている。


 少し離れたところでは、セレスタンの配下の騎士たちを連れたニコラが、なにやらごそごそと動き回っていた。


 彼らは城壁のすぐそばで小さなたき火をおこすと、その上に寄ってたかって針葉樹の枝をばさばさと積み上げていった。あっという間に、大量の煙が立ち上る。


 王宮の中から、大変、火事よという女性たちの叫び声が聞こえた。じきに、たくさんの足音がぱたぱたと王宮の奥へと走り去っていく。侍女に化けたガブリエルが、他の侍女たちを誘導しているのだ。彼女たちがこの後の騒動に巻き込まれることのないように。


「ジェレミーならば、きっと出てくる……」


 できる限り偉そうに立ったまま、そんなことをつぶやく。今、王宮の中はどこもかしこもてんてこまいになっている。誰もかれもが騒ぎに振り回されているはずだ。


 そこへもってきて火事の知らせだ。責任感の強いジェレミーならば、自ら前に出てきてもおかしくない。


 今の彼は『珠』を有していて、精霊の力を振るうことができる。水を呼び出して火事を消そうと、そう判断する可能性もあるように思われた。というより、その可能性に賭けた。


 祈るように待ち続けることしばし、裏口から一人の人影が出てきた。赤みのある栗色の髪、急ぎつつもゆったりとした足取り、深い赤の瞳。ジェレミーだ。


 ニコラたちは首尾良く姿を隠すことに成功していた。あとにぽつんと残されたたき火を見て、ジェレミーは安堵のため息をつく。


「火事だと聞いて駆けつけましたが……誰かのいたずらのようですね」


 彼は右手を宙に差し出す。光がふわりと浮かび出て、次の瞬間その手の中に赤い宝玉が生じていた。あれが『珠』だろう。


 彼が『珠』を掲げると、そこから一筋の水がほとばしった。水がたき火を濡らしていき、やがて炎も煙も消え去った。


 頃合いを見計らって裏口に近づき、ジェレミーに声をかける。


「あなたが出てきてくれたのね、手間が省けてちょうど良かったわ」


 彼ははじかれたように、こちらを向いた。


「……陛下」


 ジェレミーは苦いものでも飲みこんだような、それでいてどことなく切なげな顔をしていた。ちょっと見ない間に、なんだかずいぶんと老け込んだような気がする。


 彼と最後に会ったのは、ほんの数日前のことだ。それなのに、まるで数年ぶりに顔を合わせたような気分になっていた。


 ついしんみりしそうになる心を奮い立たせて、『剣』を両手でしっかりと握り直す。


「私、宣言しにきたのよ。この王宮は、私のもの。あなたにあげたつもりはないわ。返してくれないのなら、いっそ壊してしまおうと思うの」


 そう言いながら、『剣』を高々と振り上げる。望むもの全てを切り裂くこの『剣』であれば、王宮を破壊することも可能だろう。


 もちろん、そんなことをするつもりはない。これはあくまでも、挑発だ。ジェレミーを焦らせて、判断力を鈍らせる。それこそが真の狙いだった。


 手始めとばかりに、すぐ近くの塀を切りつける。まるで温めたバターを切っているかのように、『剣』が塀をやすやすと裂いた。


 内心の罪悪感をひた隠しにしながら、平然とした笑顔を無理やり作る。


「やっぱり、『剣』ならたやすいわね。次はどこを切ってみましょうか」


 そんな私に、ジェレミーが呼びかけてくる。焦りと戸惑いと、ほんの少しの怒りがないまぜになった、なんとも言えない声だった。


「……おやめください、陛下。あなたらしくもない」


「だったら、王宮を返してちょうだい。あなたこそ、ずいぶんとらしくないことをしているじゃないの」


 できるだけ悪役らしく聞こえるように、居丈高に答える。そのまま、もう一度塀に切りつけた。ジェレミーの赤い目が、戸惑いに大きく揺れる。


「……それ以上暴れられるというのであれば、私も覚悟を決めましょう」


 ジェレミーが低い声で宣告し、ゆっくりと、『珠』を掲げた。そこから手のひらほどの大きさの炎がふわりと舞い上がり、こちらに向かって飛んでくる。


 余裕の表情でかわすと、そのまま炎は地面にぶつかっていった。次の瞬間、そのままかき消える。


「あなたの覚悟って、こんなちっぽけなものだったの? 脅しにすらならないわね」


 偉そうに鼻で笑い飛ばし、思いっきりあおり立てる。ジェレミーはいつになく冷静さを欠いた表情で、ぎりりと奥歯をかみしめた。


 彼はまっすぐに私を見つめ、右手を前に伸ばす。先ほどのものと同じ炎の塊が、一気に十以上も現れた。それらが一斉に、私に向かって飛んでくる。


 どうやら、彼はいつもの思慮深さをいい感じに失いつつあるらしい。内心小躍りしたいのを隠しつつ、冷静に『剣』で炎を切り捨てた。


 それから困ったように肩をすくめ、ちっと舌打ちをしてみせる。もちろん、これは演技だ。


「さすがにこれは、厳しいわね……別の入口に回るしかないかしら」


 彼に聞こえるように大き目の声でそう言って、くるりときびすを返して走り出す。そのまま、王宮の別の裏口に向かう小道に駆け込んだ。


「逃がしません、陛下!」


 そんな叫びと共に、後ろから足音が追いかけてきた。足止めしようとしているのか、時折目の前の地面がぼこりと膨らむ。それは大地の精霊の力だったが、エルデが見せていたあの力とは比べ物にならないほど可愛らしいものだった。


 やはりジェレミーは、まだ『珠』を使いこなせていないのだ。そのことにほっとしながら、転ばないように膨らみを飛び越える。王宮のすぐ外に広がる森の小道をひた走り続けた。彼がきちんとついてきているか注意しながら、あくまでも逃げているふりを貫き通す。


 あと少しで、目的の地点だ。少し先に見えている曲がり角、一番道が細くなっているところ。彼をそこに誘導するまでが、私の担当だ。


 全速力で、その場所を駆け抜ける。さらにもう少し走ってから、ちらりと後ろをうかがった。


 ちょうどジェレミーが、曲がり角に差し掛かったところだった。彼の足が地面を踏みしめる。


 次の瞬間、突然彼の姿が消えていた。一呼吸おいて、森の中からわらわらと人がわいて出る。


「我が君、無事か」


 木の上から降りてきたのはミロシュだ。その手には、吹き矢の筒が握られている。大きくうなずくと、彼はほっとした様子で下を見た。


 彼の目線の先には、地面に空いた大きな穴があった。その中にたっぷりと敷かれたわらの上では、ジェレミーが静かに眠っている。


 ジェレミーが落とし穴に引っかかって完全に無防備になった一瞬をついて、ミロシュが毒の吹き矢で眠らせたのだ。


 万が一にも『珠』で反撃されることのないように、そして他の人間に邪魔されないように、私たちは全員で力を合わせてこんな回りくどいことをしたのだ。


「ぼくの落とし穴、役に立って良かった」


 エルデがくすくすと笑っている。この落とし穴は、彼が精霊の力を駆使して掘った特別製だ。十分な広さがあり、しかも内壁は磨き上げたようにつややかだ。ジェレミーが穴に落ちた拍子に怪我をしないように、色々と配慮してある。


「……聖具をこんなことに使うのは、やはり納得がいかないのだが」


 セレスタンは久しぶりの仏頂面だ。無理もない、つい先ほど、私は彼の『盾』の上を走り抜けていたのだから。


 エルデが掘った落とし穴に、セレスタンの『盾』で蓋をする。さらにその上からエルデが土をかけて固め、周囲の地面とそっくりに偽装した。


 セレスタンは近くの森に身を隠し、私が通り抜けたのを見届けてから『盾』を引っ込める。後に残った薄い土の塊は、ジェレミーの体重に耐え切れず崩れ落ちた。そういう仕掛けだった。


「この世で一番贅沢な落とし穴かもしれませんね。リーズ様、彼が目を覚ます前に拘束してしまいましょう」


 ジェレミーに見つからないように追いかけてきていたニコラが、連れの騎士たちにてきぱきと指示を出している。


 騎士たちはジェレミーを落とし穴から引っ張り出すと、手に布の塊を握らせてその上からきっちりと縛り上げた。それからさらに後ろ手に縛り、とどめに足首も縛る。


「破格の性能を誇る聖具にこんな弱点があるなんて、当主たち以外気づいていないでしょうね……」


 全身ぐるぐる巻きにされたジェレミーを見ながら、ため息交じりにそうつぶやく。


 私たちが有する聖具は、よほどのことがなければ壊れないし、壊れたとしてもじきに再生する。いつでも自分の意志で引っ込めることができるから、誰かに盗まれる心配もない。


 そんな素晴らしい聖具には、ひとつだけ弱点があった。意外と根本的な、ちょっと間抜けな弱点が。


 私の『剣』とセレスタンの『盾』は手の中に出現する。アネットの『冠』は額の上だ。この出現場所に障害物があると、そもそも聖具を呼び出すことができないのだ。


 そして先ほど見た感じでは、ジェレミーの『珠』も出現位置は手の中だ。だからこうしておけば、もう彼は『珠』を使うことはできない。


「なんとかなって、良かったね。みんな、お疲れ様」


 のんびりとしたアネットの声に、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。

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