48.反撃開始
宣言通り、セレスタンは次の日の夕方には戻ってきた。それもたいそう得意げな顔で。
そして彼は帰ってくるなり、聞き出せた内容を洗いざらいぶちまけたのだ。珠の家が取り潰しになった三十年前の騒動と、『珠』の性質について。それを聞いた私たちは、みな一様に難しい顔をすることになった。
「珠の家が滅びた背景に、そんなことがあったんですね……」
「なるほど、そういうことでしたか。おそらく彼の狙いは『珠』、そして珠の家の復興だったのでしょうね」
ガブリエルとニコラは二人そろって、納得したような顔でうなずいている。
「でもそれなら、姉様に直接頼めば良かったのではないでしょうか。こんな大騒ぎを起こさなくても……」
「ええ、同感です。そのことを考えないほど、彼は浅慮な人間ではないはずですが」
眉間にくっきりとしわを寄せているニコラたちとは裏腹に、アネットとエルデはいつも通りにのんびりと話し合っていた。
「ジェレミーさんって、苦労してたのね。『珠』って、どんな見た目なのかなあ」
「ぼくたちと同じ力を使えるって、どんな感じなのか気になるね」
一方のミロシュは、いつになく剣呑な雰囲気だ。彼は私に危機が迫るとすぐに殺気を放ちがちなのだが、今は段違いに危険な感じがする。
「何であれ、我が君を王宮から追い立てた報いは受けてもらう」
「ミロシュ、ジェレミーにも事情があったのだから、そんな怖い顔をするものではないわ」
今にもうなり声を上げそうになっているミロシュをそっとたしなめると、彼はくるりと表情を変えた。一見すると穏やかに微笑んでいるように見えるが、目が全く笑っていない。
「これなら怖くないだろうか」
「……やっぱり怖いわよ」
「そうか。難しいな」
生真面目に悩むミロシュに小さく苦笑してから、みなを見渡す。全員が話をやめて、こちらに注目した。
「ひとまず、これで大体の疑問は片付いたわね。『珠』の性質がはっきりしたのは大きいわ」
「状況から見て、一刻も早く動いた方がいいだろうな。ジェレミーにこれ以上時間を与えるのは悪手だ」
セレスタンが重々しく付け加える。彼の言う通り、のんびりしていたら王宮の奪還はどんどん難しくなってしまうだろう。
聖具の力を引き出すには、それなりに慣れや練習が必要なのだ。今ならまだ、ジェレミーの『珠』の力も大したことはない。
「私たちは王宮に戻る。そのためには、ジェレミーを説得するか、捕縛するかしなくてはならない」
暗殺すればいいだけだ、とミロシュが小声でつぶやいたが、そちらは無視しておく。
「ここまで思い切ったことをするからには、彼も相応の覚悟をしていると思うの。おそらく、正面から説得しに行くことはできない」
そう言うと、全員がうなずいた。私の次の言葉を、じっと待っている顔だった。
「だから、どうにかしていったんジェレミーを捕らえる。それも、無傷で。そうして王宮をこちらの手に取り戻してから、改めて彼と話す。それでどうかしら」
「大筋はそれで問題ないかと。ですが、一つだけ。どうやってジェレミーを捕らえるのか、そちらについては考えがおありでしょうか」
ニコラがすぐ肯定してきた。ジェレミーの行いに腹を立てているのか、様付けではなくなっている。
「実は、さっぱり何にも思いついていないの。だから、みんなで考えましょう。……頼りにしているわ」
肩をすくめて、もう一度全員を見渡す。返ってきたのは、いくつもの笑顔だった。
それからはみなで知恵をしぼって、一生懸命に作戦を練り上げていった。それぞれができること、それぞれの立場、そういったものを考えながら。
途中夕食を挟み、結局作戦の案が出来上がったのはもう真夜中近くなった頃だった。
「……これで、だいたいまとまったかしら」
目頭を押さえながら、大きく息を吐く。居間の大机の上には、地図やら書類やらが乱雑に散らばっていた。
アネットとガブリエルはうとうとしているし、エルデは座ったままとっくに寝ていた。この作戦における彼の役割がさっさと決まってしまったということもあって、暇だったのだろう。
「……正直、不確定要素が多すぎます。できることなら、一度手勢を集め、じっくりと準備をしたいところですが」
昼間と全く変わらない様子のニコラが、かすかに眉をひそめた。すぐさま、ミロシュが口を挟む。こちらも、やはりこれっぽっちも眠気を感じさせない顔だ。
「悠長にしている時間はない」
「私にもそれくらいのことは分かっています。ただ、言わずにはいられなかったのですよ。リーズ様のために、失敗する訳にはいかないのですから」
「みな、思いは同じだ。リーズは何としても、王宮に戻るべきなのだ。彼女は我らの女王なのだから」
セレスタンがいつになく熱心に、そんなことを言っている。いつもの照れ隠しはなりをひそめていた。彼の紫色の目はどことなくとろんとしているし、彼もまた眠いのだろう。眠気のせいで、恥じらいがどこかにいってしまったに違いない。
あくびをかみ殺しながら、彼らに笑いかける。
「大丈夫よ。私たちは成功する。王宮への帰還も、ジェレミーとの和解も、必ずうまくいく」
自信たっぷりに、そう言い切った。彼らは私のために、こうも心を砕き、知恵を絞ってくれている。ならば彼らを鼓舞するのは、私の役目だ。
まだ起きていた三人の目が、一斉に私に向けられた。まるで示し合わせていたように、三人は同時に胸に手を当て、頭を下げた。座ったままの、女王に対する敬礼だ。
まるでここが玉座の間であるかのような、心地良い緊張感のある空気が辺りを満たしていた。
「……困ったわ、眠れない」
作戦会議はいったんお開きになり、みなあてがわれた客室に戻っていった。私も部屋に戻り眠ろうとしたのだが、どうにも目がさえてしまって寝付けなかった。どうやら、作戦を考え続けていたせいで、気持ちが張り詰めてしまったのだろう。
いい加減眠りにつかないと、明日に響く。明日は改めて作戦を検討し直して、そうして明後日にはもう作戦を開始する予定なのだ。そこから先は何があるのか分からないのだから、今のうちに休んでおかないといけないのに。
ため息をつきながら、テラスに出る。ここは二階だし、一人で外に出ても問題ないだろう。そもそもこの建物は、街道からも人里からも離れた隠れ家なのだし。
下には影絵のような森が広がり、上には一面の星空。その中に、猫の爪のような細い三日月が浮かんでいる。
前に、ミロシュと見た星空を思い出した。憂国軍の事件が片付いた後、自室を抜け出して見たあの星空を。
そして同時に、あの時あったことも思い出してしまった。いつになく熱を帯びた、あの満月色のまなざし。
普通の男女であれば、それは恋慕の情を表すものととらえられるだろう。しかしミロシュが私に向けている思いは、そう単純なものでもなさそうだった。
「この騒動が片付いたら、また改めて彼とも話すべきかしらね」
ニコラは寂しさを訴えていた。ガブリエルは、強くなりたいのだと言っていた。セレスタンは照れ隠しのせいで分かりづらいものの、それでも私のことを認めてくれているようだった。
ならばミロシュは、今度はどんな思いを見せてくれるのだろうか。それが楽しみであり、同時に少し怖くもあった。彼の内面にうかつに踏み込んでいったら、戻れなくなる気がして。
そんなことを考えていたら、いきなり夜空に人影が割り込んできた。テラスの手すりの向こう側、何もない宙に、その人物はにょっきりと生えてきたのだ。
「寝ないと明日大変だよ、リーズ」
「エルデ、どうしてあなたがこんなところにいるの? そもそもどうやって? ここは二階だし、そちらに足場はないじゃない」
「足場ならあるよ」
砂色の髪を夜風になびかせながら、彼は自分の足元を指さす。手すりにつかまりながら身を乗り出して、注意深く下を見る。そうして、思わず目を見開いた。
一階の地面から彼の足元まで、岩の柱のようなものが伸びている。エルデはその上に、器用に立っているのだった。
「それが、大地の精霊が持つ力なのね。地面、岩、土、そういったものを自在に操るという」
納得しながらうなずくと、エルデはにっこりと笑った。
「今回の作戦には、ぼくも加わるからね。一度力をきちんと見せておいた方がいいかと思ったんだ」
「わざわざありがとう。あなたにも、期待しているから」
「これはぼくたち精霊の恩返しのようなものだから、あなたは気にしなくていい」
どことなくアネットのそれを思わせる、ほんわかとした笑顔がこちらに向けられる。と、彼は金色を帯びた茶色の目をすっと細めて、まっすぐにこちらを見つめてきた。
彼の雰囲気が、突然変わる。そびえたつ山のような荘厳さと、澄み渡る湖のような静けさをまとった彼に、思わず息を呑んだ。目の前の彼は人の姿をしているけれど、確かに人ならぬものだった。この一瞬の間に、そう確信できた。
「ぼくは、人間の権力争いに興味はない。けれどあなたがどうなるのかは、気になる。……あなたに、幸せな未来が訪れますように」
春風のような声でそう言い放つと、エルデはまた穏やかに笑った。
「それじゃあ、ぼくはそろそろ戻るよ。おやすみなさい、優しい女王様」
そう言った彼の顔は、もういつもののんびりとしたものだった。固まっている私を置いて、彼はさっさと一階に戻っていく。岩の柱が音もなく縮んでいき、消える。その後には何一つ変わったところのない地面が残されていた。
しばらくして、ゆっくりと息を吐きだす。不思議なことに、緊張はすっかりほぐれていた。
くすりと笑って、部屋に戻る。なんだか、いい夢が見られそうな気がした。




