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4.全ては自分がまいた種

 女王としての仕事が始まって二日目、私は昨日と同じようにニコラとガブリエルに手伝ってもらいながら、山積みになった書類と格闘していた。剣の家に関する執務も同時に行っているせいで、忙しさもひとしおだった。


 できることなら、こんなものは放り出してしまいたい。これから起こるであろう内乱の予兆を、一刻も早く見つけ出しにいきたい。


 しかし本当にそんなことをしたら、破滅の到来がより早くなってしまうかもしれない。だから私は女王として着実に国を治めつつ、内乱に備えなくてはならない。それはたいそう、頭の痛くなる事実だった。


 深々とため息をついていると、ガブリエルがくるりとこちらに向き直った。


「姉様、その……僕、もっと頑張ります。姉様の負担を、少しでも減らせるように」


「ありがとう、頼りにしているわ」


 実のところ、未だに彼とどう関わっていいか分からない。彼を死なせたくないとは思うものの、彼が向けてくるひたむきな思いに、まだ戸惑っているのだ。


 けれど、彼を悲しませたくもない。だから精いっぱい笑顔を作って、そう答えた。


 きっと私の笑みはぎこちないものだったろうが、ガブリエルは気にしていないらしく、それは嬉しそうに笑っていた。花がふわりとほころぶような、星がきらきらとまたたくような、そんな飛び切りの笑顔だった。


「リーズ様、少しよろしいでしょうか」


 別の机で書類を片付けていたニコラが立ち上がり、私とガブリエルの間に割り込んでくる。ガブリエルがちょっと不満げな顔で作業に戻ったのを見届けてから、ニコラは一枚の書面を差し出してきた。


「昨夜の件ですが、このように取り計らいました」


 そこには、各地の小領主に対しての通達が記されていた。どのようなものであれ、内乱の兆しらしきものを見かけたなら、速やかにその旨を直接女王に知らせること。速やかに知らせれば、管理者としての責任は問わない。そんな文面だった。


 この国の頂点は女王である私だが、実際に各地を管理しているのは地方の小領主たちだ。小領主たちは三つの大貴族、『剣の家』『盾の家』『冠の家』のいずれかに属し、大貴族たちを通して私は国を治めるのだ。


 そんな多層構造になっているせいで、小さなもめ事などの話はほとんどここまで上がってこない。だいたいは大貴族たちが適切に処理して、それで終わりだ。下手をすると、小領主たちがもみ消してしまう。


 しかし私たちは、内乱の芽がまだ小さいうちにつぶさなくてはならない。それも、確実に。さらに、どこでどんな芽が出ていたのか、それも把握しておきたい。ニコラはそう判断して、私がきちんと相談するよりも先に手を打ってくれたのだ。


「……ありがとう、助かるわ。やはりあなたは優秀ね」


「お褒めいただき、光栄です」


 ほとんど表情を変えずに、ニコラは一礼する。でもそのかすかに上がった口元と、わずかに浮き立った声を私は見逃していない。


 ついくすりと笑った私の目に、ガブリエルの姿がちらりと見えた。こちらはこちらで、たいそう不満げな顔をしていた。


 本格的に笑い出しそうになるのを必死にこらえながら、私はまた新しい書類に向かっていった。




 それから一週間ほどが経ったが、小領主たちからは何の知らせもなかった。毎日のように書類と格闘しながら、ひたすらに待つ。できることなら他にも手を打ちたいところだったが、いかんせん忙しすぎた。


 いい加減じれったくなってきていたある日、それは唐突にやってきた。


 あわてたような大きな足音が、廊下の向こうの方から聞こえてきた。ものすごい勢いでこちらに近づいてくる。


「……あのように足音を荒げるとは、行儀がなっていませんね」


 ニコラが書類から顔を上げ、入口の扉に目をやる。


 足音が止むと同時に、せわしなく扉が叩かれた。ぽかんとした顔で扉を見ていたガブリエルが立ち上がり、扉を開ける。


 その向こうには、すっかり息の上がった小姓が立っていた。彼はまっすぐに私のところにやってきて、うやうやしく一枚の紙を差し出してくる。


 そこには小領主の署名と共に、こんなことが書かれていた。


『盾の家の領地にて、内乱の兆しあり』


 驚きと恐怖に、ひゅっと息を吸う。それから恐る恐る息を吐いて、もう一度紙を見つめた。やはり、文面は何も変わらない。


 呼吸を整えて、今度はじっくりと読んでみる。


 どうやら、盾の家の領地の一角に怪しい風体の男たちが集まり、集団で悪さをしているらしい。しかも少しずつ規模が大きくなりつつあり、近隣の村にも被害が出始めているのだそうだ。


 内乱の兆しというよりも、ならず者が好き勝手やっているだけだろう。それなら対処も簡単だし、さほど危険もないように思える。そう考えて、ほっと安堵のため息をついた。


 しかし同時に、何か引っかかるものを感じていた。盾の領地で暴れているならず者。さて、何だったか。


 紙を手に考え込んでいると、いつの間にかニコラがそばに来ていた。私が差し出した紙を受け取り、さっと目を通している。その眉間に、かすかにしわが寄った。


「リーズ様」


 彼は私を窓辺まで連れていき、ガブリエルの方をはばかるようにしながら小声で話す。


「このならず者の件ですが、恐らくは私たちの策略の結果かと」


 そう言われて、あわてて記憶をたどる。たくさん心当たりがありすぎて、どれのことだか分からない。


「先だっての、王を選ぶ競争において……他の候補者を妨害するために行った工作です」


 私が混乱しているのに気づいたのか、すかさずニコラが説明する。それでやっと、あれのことだと理解できた。


 この国の王は、三つの大貴族の家の当主の中から選ばれる。当主たちは領地を統治する手腕を競い合い、最も優れた結果を出した者が次の王となるのだ。


 当時剣の家の当主だった私は、他の候補者、すなわち盾の家の当主と冠の家の当主の妨害をすべく、様々な工作を仕掛けた。


 その中の一つが、これだった。剣の家の領地に巣くうならず者を片っ端からとっ捕まえて、こっそりと他二つの領地に放った。もし剣の家の領地に戻ってきたら、そしてこのことを口外したら、その時は即処刑だと言い聞かせて。


 地理的にも、今回の件はその時の連中が一か所に集まってしまった結果だと考えるのが一番妥当だろう。つまり、私のまいた種だ。


「ありがとう、おかげで思い出せたわ」


「それで、どういたしましょう? 彼らが盾の家の兵に捕らわれてしまえば、少々まずいことになるかもしれません。命乞いのついでに、私たちがしたことを喋ってしまうかもしれません」


 おそらくニコラはこう言いたいのだろう。急ぎ彼らの口を封じますか、と。彼の琥珀色の目は、いつもよりずっと鋭く、とても剣呑に光っていた。


 少しだけ考えて、小さく首を横に振る。


「私が行くわ。口を封じるためではなく、しでかしたことを少しでも償うために」


 私の言葉が意外だったらしく、ニコラが目を見張った。


「私は、破滅を見てきた。そこで内乱が起こったのは、私たちの悪行のせいだった。今さら償いきれるとは思わないけれど、それでもやれることはやっていきたいの。……明るい未来のために、ね」


「御心のままに」


 そう答えたニコラの顔は、陰になっていて見えなかった。窓から差し込む明るい日の光が、彼の髪の黒さを引き立たせていた。

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